第三十五話 雇用主の責務を果たしていませんよね?
文字数 1,204文字
まったく悪びれることなく言い放った社長に苛立ちながらも、努めて冷静に私は話した。
「給与明細発行は勤務表うんぬんとは別問題ですよ? 勤務表に押印がほしいというのなら、原本押印後に返信くださいで済むじゃないですか」
「原本なんか渡せるわけないでしょう! 実地指導が入ったときに押印されてなければ、こっちは困るんですよ!」
自分たちが困ることについては言葉尻をあげて非難する。
二本目の堪忍袋の緒が切れそうになっていた。その気持ちを押し殺してもう一度問う。
「では失業保険を申請したら雇用保険未加入だったんですが、入る気はあったんですか?」
「もちろんですよ」
それまでは押さえていたのであろう社長の声は私の『正当な理由での退職』という言葉がトリガーとなって荒いものへと変わっていった。
そこで私はそうなったのが自分の判断ではないことを伝えることにした。
あくまでも自分は正当であるを主張するので質問を変える。
「ハロワから問い合わせがあったのに応えなかったですよね?」
「ハロワからの問い合わせなんてありませんよ」
「商工会議所を通じて連絡があったはずですよ? これはハロワにちゃんと確認をとってもらっていますから」
「無視はしていません。最近、連絡があったから回答はしましたよ」
社長はあくまでも『自分に非はない』と言い切る。さてどうしたものか――そう思ったとき、ずっと黙って話を聞いていたユニオンの書記長さんが「ちょっとすみません」と間に入った。
「あなたは紫藤さんの申請だけ滞らせましたよね?」
「そんなわけないでしょうが!」
社長は眉間にしわを寄せた顔できつく書記長さんをにらみつけた。
けれど、そんな怒声を流すように書記長さんは続けた。
なんでもないことだと信じ込んでいる顔だった。
「雇用主の責務を果たせていませんよね?」
書記長さんの鋭いツッコミに社長は苦虫をかみつぶした顔をした。
「雇用保険の手続きは商工会議所に委託しているので不備に気づきませんでした」
「不備の連絡をしない商工会議所にも問題がありますから、専門家に頼んだらどうですか?」
「以前は社労士に委託していました。でも結局二度手間なんですよ。こっちである程度そろえないといけないんですよ。お金は取られるのに手間は同じなら自分でやったって一緒だなと思って社労士に頼むのはやめたんです」
この発言に私も書記長さんも唖然とした。まさか以前は専門家に託していたことがあったなんていう事実が出てくると思っていなかったからだ。
しかし、だからといって手続きが遅れていい理由にはならない。
同じように思ったのだろう。書記長さんは社長にこう告げた。
「でも雇用保険の加入を後回しにしていたのならば、そこは謝罪すべきじゃないですか?」
どうしても確認すると譲らない社長にハロワの担当さんの名前を告げたけれど、彼の怒りはそれで収まることはなく、さらにヒートアップしていった。
「給与明細発行は勤務表うんぬんとは別問題ですよ? 勤務表に押印がほしいというのなら、原本押印後に返信くださいで済むじゃないですか」
「原本なんか渡せるわけないでしょう! 実地指導が入ったときに押印されてなければ、こっちは困るんですよ!」
自分たちが困ることについては言葉尻をあげて非難する。
二本目の堪忍袋の緒が切れそうになっていた。その気持ちを押し殺してもう一度問う。
「では失業保険を申請したら雇用保険未加入だったんですが、入る気はあったんですか?」
「もちろんですよ」
それまでは押さえていたのであろう社長の声は私の『正当な理由での退職』という言葉がトリガーとなって荒いものへと変わっていった。
そこで私はそうなったのが自分の判断ではないことを伝えることにした。
あくまでも自分は正当であるを主張するので質問を変える。
「ハロワから問い合わせがあったのに応えなかったですよね?」
「ハロワからの問い合わせなんてありませんよ」
「商工会議所を通じて連絡があったはずですよ? これはハロワにちゃんと確認をとってもらっていますから」
「無視はしていません。最近、連絡があったから回答はしましたよ」
社長はあくまでも『自分に非はない』と言い切る。さてどうしたものか――そう思ったとき、ずっと黙って話を聞いていたユニオンの書記長さんが「ちょっとすみません」と間に入った。
「あなたは紫藤さんの申請だけ滞らせましたよね?」
「そんなわけないでしょうが!」
社長は眉間にしわを寄せた顔できつく書記長さんをにらみつけた。
けれど、そんな怒声を流すように書記長さんは続けた。
なんでもないことだと信じ込んでいる顔だった。
「雇用主の責務を果たせていませんよね?」
書記長さんの鋭いツッコミに社長は苦虫をかみつぶした顔をした。
「雇用保険の手続きは商工会議所に委託しているので不備に気づきませんでした」
「不備の連絡をしない商工会議所にも問題がありますから、専門家に頼んだらどうですか?」
「以前は社労士に委託していました。でも結局二度手間なんですよ。こっちである程度そろえないといけないんですよ。お金は取られるのに手間は同じなら自分でやったって一緒だなと思って社労士に頼むのはやめたんです」
この発言に私も書記長さんも唖然とした。まさか以前は専門家に託していたことがあったなんていう事実が出てくると思っていなかったからだ。
しかし、だからといって手続きが遅れていい理由にはならない。
同じように思ったのだろう。書記長さんは社長にこう告げた。
「でも雇用保険の加入を後回しにしていたのならば、そこは謝罪すべきじゃないですか?」
どうしても確認すると譲らない社長にハロワの担当さんの名前を告げたけれど、彼の怒りはそれで収まることはなく、さらにヒートアップしていった。