第四話 ブラック企業はブラック企業を呼ぶものです

文字数 2,975文字

 ブラックな沼に見事にハマりこんでしまった話をする前に、私のこれまでをお話しておきたい。実は大学を卒業してからずっとブラック企業を渡り歩いてきた猛者である。そう、なにも直近二社だけではなかったのだ。 

 さて、地方の四年制大学を卒業した私。就職活動の時期は氷河期と呼ばれていて、それこそ求人も少なく、競争も激しかった。それでも知人のつてを使い、仲間内の中では一番はやく内定をもらっていて余裕しゃくしゃくだった。
 ところが不況のあおりは私に吹いていた追い風をみごとに追いやった。小さなIT企業だった。今後に不安を抱いた会社側に内定取り消しを言い渡されたのが秋の終わり。それまでのほほんとしていた私は急遽、就活を再開せねばならなくなった。
 アパレルメーカーなど数社受けた。すべて落ちる。卒業しても就職先が見つかっていない状況。どうにかしないといけない。求人情報誌で見つけた建設会社へ応募。幸いなことに合格し、実家から車で20分という会社に四月の中旬から正社員として働けることになった。
 だが、ここから私のブラック企業渡り歩きの人生は始まりを迎えたのである。
 
 一社目の建設会社はとにかく労働時間が長かった。出社時間は就労時間の一時間前にあたる朝の七時半。目的は掃除である。毎日、八時半の朝礼まで掃除をするところから始まって、退社が許されるのは最速午後七時。定時で帰ろうものなら社長以下管理職に睨まれる。それどころか、お呼び出しを食らって『他の人が困っているのになぜ助けずに帰るんだ』と叱られる。ゆえに自分の仕事が退社定時時間に終わっていようと他の人に声をかけて仕事を手伝わねばならない。下手をすれば10時半に退社もありうる話で、疲れすぎて頭がぼんやりしてしまい、ガードレールに車をぶつけてしまったこともあった。
 また、ボーナスは数字を出していないから評価できないということでもらえずに終わった。どんなに長時間働こうと残業代もでなかった。がんばろうと思ったがどうにもならず、12月いっぱいで退社した。

 二社目。ハローワークへ通うという考えがないまま、求人情報誌で受付事務の募集を見つけて応募した。みごと一社目で合格。1月から入社となった。就労時間は面接のときに確認をしていたし、残業もないので安心だと思っていたのに、入社後、大きな落とし穴にハマったことに気づく。しかしもはや、いかんともしがたく、私はその沼にズブズブ埋まることになってしまった。
 この会社。いや、私の上司となる人間が最悪だった。40代のパンチパーマの強面(こわもて)課長職の彼は大の女好きだった。

『自分の部下は容姿で選んだ』

と入社後に言われた。不幸なことに、どうやら私は彼のお眼鏡にかなってしまったらしい。
 彼の半端ない私への愛情表現(セクハラ)は以下に挙げるとおりである。

 ①暇さえあれば(彼の)夫婦の営みの話を聞かされる。
 ②「ちょっとこれを見てくれ」と言われてデスク近くに呼ばれると、無修正の外国人女性の裸体が足を広げている画面を満面の笑みで見せられた。
 ③(私の)恋人との性的な関係のあれこれを聞きたがる。
 ④「おまえは夢の中で俺に何回も犯されているんだぞ」と言われる。
 ⑤一緒に外回りしたとき、ホテルにつれこまれそうになる。
 ⑥車の中で腕を掴んで、(彼の)男性のシンボルを触らせようとする。
 ⑦「おいっ、紫藤」と名前を呼ばれて振り向いたら、やる気満々の(彼の)息子を見せられた。
 ⑧「きれいな足だなあ」と膝から下の部分をなでられる。
 ⑨「制服のスカートが短いのは俺の趣味だから」と膝上10㎝の制服を支給される。
 ⑩やたらと食事に誘われる。

と……今、労働基準監督所に駆け込んだら、即行で対応してくれるようなことのオンパレードである。よくも無事に逃げおおせたなと今振り返っても身震いがする。
 まあ、セクハラだけだったら裁判を起こしたかったのだが、問題なのはこの男がひどいモラハラ上司でもあったことだ。

「警察に捕まってもいい。ムショから出たら、おまえを刺しに行く。俺には怖いものはない。別に捕まってもかまやしない。それよりも絶対に許さないからな」

 こんな一言によって、私はお上に訴えられない状況に追い詰められてしまったのである。それだけでなく、彼のセクハラにつき合わねばパワハラとモラハラが待ち構えていた。
 どちらに逃げても地獄だった。なんとかかんとか彼をいなしながら毎日を過ごした。
 この会社から逃げるために早々に結婚を決めたのは、よかったのか悪かったのかわからない。ただ言えるのは『命あってよかったね』ということだ。もしかしたら本当に刺されていたかもしれないのだから――

 さて三社目。子供を産んだあとになる。当時結婚していた私。リーマンショックの影響もあって、旦那さんが無職になってしまった。少しでもお金を稼ごうと近所のイタ飯屋さんで働いたのだが、ここのオーナーもひどかった。
 資金繰りに苦労していたのもあるのだろうが、給料日にお金がもらえない。振り込みではなく現金での手渡しで一週間あまり遅れるのが常だった。
 そんなお金にルーズなところなのに仕事はマルチタスクを要求された。モタモタしようものなら怒鳴られる。結局、働きがよくないと解雇された。
 その後、この店には食べに行ったこともないが、オーナーの奥さんがマクドナルドでアルバイトをしているところに遭遇した。きっと資金繰りは苦しいのだろうな……と店の前を通過するたびに思っている。

 四社目。リーマンショックが続いている中、やっと旦那さんの仕事は見つかったのだが、給料が少なすぎて家計が火の海。ということで、ヘルパーの資格を取って介護業界へ飛び込む。大きな法人の訪問介護ステーションの常勤パートとして働くことになったのだが、女上司がひどく感情に波がある人だった。
 挨拶しても無視。まだ行ける現場が少なくて事務所で教本を読んでいると「あなたにできるのはそんなもんよね」と嫌味を言われる。彼女の落としたメガネケースを拾おうと腰を屈めたら「拾うな」と怒鳴られる。そうパワハラ、モラハラ上司だったのだ。
 理不尽な怒りは彼女の異動が決まる半年間ずっとあり続けた。私の前のパートさんは彼女の横暴な言動で体を壊してやめたくらいだった。
 その後、この会社に8年近くお世話になったが、定年退職してパートとして再就職したお局さんに5年間もいびり倒された。髪型や服装はいつもケチをつけられた。私が技術を身に着けて、周りに一目置かれるようになっても、彼女だけは私を認めようとはしなかった。
 結局、ケアマネの資格を取得して見返したけれど、最後まで嫌味を言われただけだった。
 
 ここまででもずいぶんとひどい目に遭っている。今思えば、ブラック企業がブラック企業を呼ぶ、まさに負の連鎖が続いてしまっているにすぎない。
 しかし当時の私はどうしてひどい会社にしか就職できないのかがわからないのである。

 そんな中、五社目で悲劇は起こる。
 入社して半年間は自分が会社の人たちすべてが敵になっていくなんて思いもしなかった。
 だがしかし、本当は最初から違和感を覚えていたのだ。
 その違和感を信じなかったゆえに、私は心身をぶっ壊すほどのパワハラに遭遇することになってしまうのであった。

【余談と補足】








 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み