第十三話 ボイスレコーダーは使うべきです
文字数 1,810文字
いつもの尖った雰囲気が統括からげっそりこそげ落ちていたことには理由があった。
実は私の味方であるケアマネの管理者が昨日辞めると言ったからだ。私が辞めたところでたった二カ月やそこらであり、実績も大したことないから痛手はない。
しかし、10年もいるベテラン管理職となれば話は別だ。その人に「好きだけでやっていて、実績も作れなければクレームばかりの人材を抱えている自分からすれば、仕事が好きな人ほどできるものだと言ったことが到底納得できない。バカにするのもいいかげんにしてほしい」と反論されたこともひどくショックだったらしい彼女は、あらためて私との話し合いの場を持とうという気になった様子だった。
彼女はなるべく抑えたトーンで切り出した。
「この間の面接も本当はあなたがどうしてこの介護業界を選んだのかを聞きたかっただけなのよ。だけどお互いにヒートアップしてしまって、話し合いがうまくいかなくなってしまってごめんなさいね」
私はじっと彼女を見つめた。首をかしげる。
「あのとき、そんな話はまったくなかったですよね? そんな意図があるふうにも受け取れませんでした。ひとつ疑問なのですが、今回私がケアマネの仕事一本にしたいけど無理だという方針はヘルパー、ケアマネ双方の管理者と直接話し合って決められたことなんですよね?」
「もちろんよ。両方の管理者に聞いた上で、あなたにとって一番いい働き方を考えたのよ。私が間に入ってになるんだけど」
――ウソをつけ!
思わず口から飛び出そうとした言葉を飲み込んだ。
だってケアマネの管理者からはずっと前から「一言も相談されていないのよ。現場だけで決めていて、私のことを完全に無視してるのよ。失礼な話だわ」と聞いているのだ。
――このままじゃウソの上塗りをされ続けるな。
そう思った私はポケットからスマホを取り出した。統括から見える位置に静かに置く。
「すみません。ボイスレコーダーを使わせてもらいます」
統括の顔が一瞬ひるむ。ボイスメモ機能のアプリを起動させてから、再び彼女に同じ質問をした。
「もう一度聞きます。両方に聞いた結果だったんですね?」
「ええ。ヘルパーの管理者にも、ケアマネの管理者にも聞きました。両方の意見を聞いた上で調整したの」
そのときだった。
「ケアマネの管理者には聞いてませんよ」
不機嫌な大声が私たちの会話に割り込んできた。声のしたほうへ顔を向けると、社長が私を睨みつけていた。
「聞く必要もないことでしょう。調整が必要なのは現場だけなんだから」
彼は怒りに満ちた声でさらに続けた。
私はゆっくりとボイスレコーダーを停止させた。
このアイテムのおかげか、終始穏やかに(途中、社長の茶々はあったにしろ)統括との話し合いは終わった。
言質はとった。これがあればきっと労基も『労働問題』として取り上げてくれるだろう。なにせ統括本人が『前回の話し合いのときは暴言をした。申し訳ない』という謝罪も録音されているのだ。本人が認めた以上、それは覆ることのないパワハラである。
今後は必ずボイスレコーダーを使用しよう。むしろ、なぜ今までためらっていたのか。話し合いのたびにこの優秀なアイテムを使っていれば、相手だってもう少し歩み寄ってくれたかもしれないのに、後悔は先に立たないものである。
とはいえ、もはやそれも過去のこと。これから私が考えるべきは未来のことだ。
会社側に非を認めてもらい、今後こういったことをなくしていくべきだ。私が辞めたあと、会社に残って働く人のためにもやっぱり『労働基準監督署』の力が必要なのだ。
その日の午後、私は仕事を休んで労基へ向かった。
このときの私は自分が正義のヒーローになった気分だった。弱い立場の従業員を救うべく立ち上がった傷だらけのヒーロー。それゆえ、私の足取りは非常に軽かった。勝利さえも確信していたのだから、軽くなるのも当たり前の話だ。
相談カウンターへ座ると、すぐに女性担当者がやってきた。私はこれまでの経緯をなるべく丁寧に説明をした。彼女は私の話にときおり相槌を打ちながら聞いてくれた。話し終えると彼女は残念そうに私を見て告げた。
「残念だけど、あなたの場合は強制労働とは言えないわね」
相談を開始からたった5分足らずで、甘くない現実を突きつけらることになった私。このあと、もっと深い悲しみに叩き落されることになるとは、このときつゆとも思っていなかった。
実は私の味方であるケアマネの管理者が昨日辞めると言ったからだ。私が辞めたところでたった二カ月やそこらであり、実績も大したことないから痛手はない。
しかし、10年もいるベテラン管理職となれば話は別だ。その人に「好きだけでやっていて、実績も作れなければクレームばかりの人材を抱えている自分からすれば、仕事が好きな人ほどできるものだと言ったことが到底納得できない。バカにするのもいいかげんにしてほしい」と反論されたこともひどくショックだったらしい彼女は、あらためて私との話し合いの場を持とうという気になった様子だった。
彼女はなるべく抑えたトーンで切り出した。
「この間の面接も本当はあなたがどうしてこの介護業界を選んだのかを聞きたかっただけなのよ。だけどお互いにヒートアップしてしまって、話し合いがうまくいかなくなってしまってごめんなさいね」
私はじっと彼女を見つめた。首をかしげる。
「あのとき、そんな話はまったくなかったですよね? そんな意図があるふうにも受け取れませんでした。ひとつ疑問なのですが、今回私がケアマネの仕事一本にしたいけど無理だという方針はヘルパー、ケアマネ双方の管理者と直接話し合って決められたことなんですよね?」
「もちろんよ。両方の管理者に聞いた上で、あなたにとって一番いい働き方を考えたのよ。私が間に入ってになるんだけど」
――ウソをつけ!
思わず口から飛び出そうとした言葉を飲み込んだ。
だってケアマネの管理者からはずっと前から「一言も相談されていないのよ。現場だけで決めていて、私のことを完全に無視してるのよ。失礼な話だわ」と聞いているのだ。
――このままじゃウソの上塗りをされ続けるな。
そう思った私はポケットからスマホを取り出した。統括から見える位置に静かに置く。
「すみません。ボイスレコーダーを使わせてもらいます」
統括の顔が一瞬ひるむ。ボイスメモ機能のアプリを起動させてから、再び彼女に同じ質問をした。
「もう一度聞きます。両方に聞いた結果だったんですね?」
「ええ。ヘルパーの管理者にも、ケアマネの管理者にも聞きました。両方の意見を聞いた上で調整したの」
そのときだった。
「ケアマネの管理者には聞いてませんよ」
不機嫌な大声が私たちの会話に割り込んできた。声のしたほうへ顔を向けると、社長が私を睨みつけていた。
「聞く必要もないことでしょう。調整が必要なのは現場だけなんだから」
彼は怒りに満ちた声でさらに続けた。
私はゆっくりとボイスレコーダーを停止させた。
このアイテムのおかげか、終始穏やかに(途中、社長の茶々はあったにしろ)統括との話し合いは終わった。
言質はとった。これがあればきっと労基も『労働問題』として取り上げてくれるだろう。なにせ統括本人が『前回の話し合いのときは暴言をした。申し訳ない』という謝罪も録音されているのだ。本人が認めた以上、それは覆ることのないパワハラである。
今後は必ずボイスレコーダーを使用しよう。むしろ、なぜ今までためらっていたのか。話し合いのたびにこの優秀なアイテムを使っていれば、相手だってもう少し歩み寄ってくれたかもしれないのに、後悔は先に立たないものである。
とはいえ、もはやそれも過去のこと。これから私が考えるべきは未来のことだ。
会社側に非を認めてもらい、今後こういったことをなくしていくべきだ。私が辞めたあと、会社に残って働く人のためにもやっぱり『労働基準監督署』の力が必要なのだ。
その日の午後、私は仕事を休んで労基へ向かった。
このときの私は自分が正義のヒーローになった気分だった。弱い立場の従業員を救うべく立ち上がった傷だらけのヒーロー。それゆえ、私の足取りは非常に軽かった。勝利さえも確信していたのだから、軽くなるのも当たり前の話だ。
相談カウンターへ座ると、すぐに女性担当者がやってきた。私はこれまでの経緯をなるべく丁寧に説明をした。彼女は私の話にときおり相槌を打ちながら聞いてくれた。話し終えると彼女は残念そうに私を見て告げた。
「残念だけど、あなたの場合は強制労働とは言えないわね」
相談を開始からたった5分足らずで、甘くない現実を突きつけらることになった私。このあと、もっと深い悲しみに叩き落されることになるとは、このときつゆとも思っていなかった。