第十八話 労基は労働者の味方じゃありません

文字数 1,319文字

 会社に一矢報いてやろう――そんな思いで税務署に行ったけれど、なんのお咎めもない。むしろ私のほうが悪かったという形で終わってしまったことに落胆しながらも、気を取り直して労基へ。
 前回は証拠になるようなものをいっさい持って行かなかった。しかし今回は違う。二枚の契約書に給与明細もある。ハロワでは『ずさんな管理』ということを証明してくれた書面たちがあれば、今度こそと思ったのに……

「残念だけど、違法性が認められないかぎりはなにもできないわねえ」

 前回対応してくれた女性職員さんは私の話を聞くなり、そう答えた。

「だって雇用保険料引かれているのに加入してなかったんですよっ。労務がずさんなのは明白じゃないですかっ」
「だけどハロワで『入るつもりだった』と言われたら終わりだって言われたんでしょう? うちも同じことよ。加入するつもりだった、手続きを忘れていただけって言われたら『じゃあ、早急にお願いしますね』でおしまいよ」
「でも税金だって間違えているし。雇用契約書だって印鑑押してないんですよ?」
「それが労働基準法や民法に違反しているならわかるけど、明確な違反ではないし」

 女性職員さんの答えはひどく事務的だった。結局彼女たち公務員さんからしたら、法律が判断の基準になるだけ。私の言っていることがどれほど倫理的には正しかろうと、法律的にアウトでないかぎりはセーフなのだ。
 女性職員さんはそれでも食い下がろうとする私を憐れむように見た。

「あなたの給与が最低賃金より下回っているというなら話は別なんだけどね。とりあえず計算してみましょうか」

 私の手元にある給与明細(正社員での賃金)を時給換算してみようと彼女は言った。

 介護福祉士は国家資格だ。3年の実務経験がないと受けられない資格だ。さらにそこから実務を2年以上経験していないとケアマネ(介護支援専門員)の資格は受験できない(最近は受験資格は国家資格を持っていないとダメになっている)。さらにケアマネの合格率は一割程度である。その難関を潜って資格を持ったというのにこの結果なのである。
 
 私の涙ながらの訴えにも、彼女は眉ひとつ動かさなかった。むしろ驚くほど冷静にティッシュ箱を差し出された。きっと私のような人たちがいくらも押し寄せてきていて慣れているのだろう。もしかしたら答え方すらも決まっているのかもしれない。
 彼女は前回同様、私の話をいくつかメモはしていたけれど、どれも決定打にはならないと答えた。私ひとりの証言では足りないらしい。そしてこれも前回と同じく「書面がないとね」と言うのだった。不当な労働をさせられているという証言と証拠がなければ、会社に直接出向いて調べることも、しっかりやりなさいと指導することもできない――そこも徹底して前回と同じ回答だった。
 
 つまるところ、労働基準監督署は『完全に法律違反である証拠ないし証言』が得られないかぎりはなんの権限も行使できないということだ。
 だけど私は会社にどうしても一矢報いたかった。そうしなければ私と同じ思いをする人が今後も現れる可能性があるからだ。

 結果、労基は労働者の味方でも何でもない――ということをいやというほど思い知らされただけだった。


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