第十六話 お金返してもらってよしじゃない

文字数 941文字

 善は急げということで、ハロワデビューの翌朝一番に向かう。昨日、窓口でさんざんやりとりした男性担当職員さんは私を怪訝そうに見た。『また面倒ごとですか』と言わんばかりの表情をされていても私は臆することなく、ずずいっと給与明細書と雇用契約書を差し出した。

「昨日あれから確認したんですけどね。どうやら雇用保険料が差し引かれているみたいなんですよ」

 そう伝えると、職員さんは給与明細書に目を走らせる。彼は「ああ」と無機質なつぶやきを漏らすと「これは離職票もらわないとダメですね」と答えた。

「国の強制加入制度って言ったでしょ? だからお金を返してもらってよしという問題じゃないんです。差し引かれている以上は加入する意思があるってことなんで、手続きしてもらわないと絶対にダメです」

 つまり、だ。昨日言っていた2パターンの解決方法のうち、プランA(『就労可能証明書』と『退職証明書』を使用して前の会社の離職票で申請するパターン)は使えないということだ。このときすでに会社側へは『離職票の手続きはいらないから、とりあえず早めに退職証明書ちょうだい』と言ったあとだった。退職証明書はもらってももはや意味がない。もう一度会社へ出向き『昨日の書類はいらないから、離職票手続きして』と言わねばならないと考えただけで気力が萎える思いがした。
 そんな私の気持ちを察したらしい職員さんは小さくため息を吐いた。彼の眉間には深いしわが寄っている。わずらわしさ全開というオーラを放出しながらも、彼は同情の言葉を口にした。

「あなたにもう一度もらえるようにお願いしに行けというのもねえ。あなたの会社、話聞くかぎり本当にひどいし。言ったところですぐにもらえるとは思えないからねえ」

 ちらりと彼は私を見る。私も彼を見つめ返す。

「どうします? こっちから書類送りますか?」
「え? そんなことできるんですか?」

 これで国の機関であるハローワークから『困ってるから早く離職票の手続きしてあげてね』という催促のお手紙が送られることになった。
 離職票さえ届けばすぐに申請できるように取り計らってももらえるし、これで雇用保険の申請の問題はほぼ解決と思っていたのだが、そうは問屋が卸さないということをこのあとたっぷりと経験していくのだった。
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