第十話 パワハラ面接

文字数 2,168文字

 統括と呼ばれるその人は会社の№2で、社長とは友人関係にある。50歳半ばという彼女はヘルパー事業と障碍者支援相談事業の両方を監督する立場にあった。
 その彼女との面接である。
 
 非常に硬い表情の彼女の手にはバインダー。どうやら本格的にチェックをするつもりらしい。普段とは違うよそ行きの物言いにも内心イラっとしながら、私は彼女の対面に座った。
 彼女はバインダーと私を交互に見ながら言った。

「試験期間も終わりになるので、今後の働き方に関していくつか質問させてもらいます」

――ああ、ガチの面接じゃんか。

 私は内心嘆息した。この二カ月間で彼女の性格はある程度把握もしていた。
 彼女はいわゆる会社の「裏ボス」だった。機嫌を損なうようなことを言えば死ぬほど攻撃される。それは他の社員がいようといまいと関係ない。彼女に歯向かえば、退社へと追い込まれる。口答えはしない――それが社内の暗黙のルールにもなっていたのである。

「まず、なんでケアマネ一本でやりたいんですか?」
「調整がたいへんだからです」
「家から近くなって通勤時間が短くなったことを他の人に喜んで話しているみたいだけど?」
「朝、ゆっくり家事や子供のことができるのはありがたいです」

 とにかく素直に答える。しかし彼女の顔はどんどん厳しいものになっていく。

「あなたの長所はどこ?」
「人からは優しすぎるところは長所であり、短所であると言われます」
「ケアマネになったらいくら稼げるんですか?」
「まだ件数は少ないですが、積極的に受けていこうと思っています」
「もっと具体的に。この会社に入社して、あなたはいくら貢献できるというんですか?」
「具体的にはなんとも。ただ加算(条件を満たすことで一件あたりの基本料金に追加できるしくみ)をつけられるように申請しようという話をしているので、一件あたり二千円くらいは増えると思います」

 質問にはきちんと答えているつもりだった。一通り質問し終えた彼女は憎々し気に片方の口角を上げてこう言った。

「ねえ、さっきからどうして私に言葉を被せてくるのかしら?」
「そんなこと、ないと思いますけど」
「ほらっ、そういうところ!」
「はあ」
「さっきから感情的になって、私に被せてくるでしょう? 話を聞いていても、現場がたいへんだからケアマネをやりたい、楽したいっていうようにしか聞こえてこないのよ。長所は優しすぎるところって言ったけど、ぜんぜん違うわよ。それだけ言い返せるのにどこがという感じよ」

 彼女の言葉がとまらない。次から次にポンポンと投げつけられる。それでも私は黙って彼女を見返していた。

――いや、感情的になってるのはあなたでしょうに。

 私はガッカリしていた。仮にも管理職である。さらに言えば、障害で苦しむ人たちの相談を生業としている身でもある。にも拘わらず、コミュニケーションの取り方がすこぶる悪すぎる。
 さらに彼女は続けた。

「ハッキリ言ってこの二カ月間、あなたには(責任者としての仕事)何もさせませんでした。この会社にどう貢献するかをみさせてもらっていたのよ。でもぜんぜんね。あなたはなにもできないわ」

 そう。私はこの会社に現場責任者としての立場で採用されている。しかしこの二カ月間、そんな話はまったくなかった。ただただひたすら、現場へ行くだけであったのだ。そこにこんな意図が隠されていたなんて思いもしなかった。

「あなたは損得勘定で動く人みたいだから大事な仕事を今後任せることはできないわね。責任のある立場はむずかしいと思うの」

 実質的な戦力外通告であった。しかしそれよりなにより私の怒りを煽ったのは「損得勘定で動く人」という言葉だった。同じ職場の人たちが楽になるようにと時間ギリギリまでサービス残業をしたり、自分のできることを積極的にしていたりしたのに、そこはまるで評価されなかったのだ。

「だいたい、部下は上司の言うことを黙って一度は飲み込むものなのよ。それなのに、どうして口を挟むのかしら? おかしい話でしょう」

――あんたら会社側が社員をどれだけひどく扱ってるのか、この人はまったくわかってねえんだな。

 それに、だ。今の時代に『上からの命令には黙って従え』という考え方にそもそもついていけない。部下だからいうこと聞くのは当たり前という思考がもはや古すぎると思えてならなかったのだ。

「どうも前の会社のときの精神的なトラウマがあって、なかなかすべてを受け止めるのはむずかしくなっているのかもしれません」
「そのトラウマ、私には関係ないわよ」

 取り付く島もない。この言葉に私は彼女との関係を良好に保とうという気持ちが跡形もなく消え去っていった。
 はやく部署を変えてもらおう――そう考えが固まるばかりの面接はこうして終わる。
 それからほどなくである。

 正月三日くらい休みになって、交代制ででるとばかり思っていたはずの私は大ショックを受けた。
 交代制であったなら喜んで出ようと思っていた。しかし、休みたければ有休を使え。有給が使えないなら欠勤扱いとなる。子供がいて、シングル育児をしている人間への配慮など微塵もなかったのだ。

 欠勤届けを出して三日間の休みをもらう決意をする私。
 だがしかし、試用期間以降の働き方をどうするかという問題に対しての返事はもうすぐそこまで差し迫っていたのだった。

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