第三話 悪いのは全部会社です
文字数 1,450文字
「前の会社が離職票を出してきた場合、そこに『自己都合による退社』と明記されていたとしても、あなたが持っている二枚の契約書。つまり、契約条件が異なったために契約更新ができなかったということを証明するものとして使用します。そうすれば契約満了による退社という理由になるので、自己都合にならずに済みます。正当な理由がある退社であるとみなされます。まったく、こういうことって本来はないんですけどね」
担当職員さんは途中不満を挟みながら説明する。
そもそも私が二カ月という短い期間で会社を辞めたのは『契約を更新できない』からだったのだ。
はじめは『正社員』として登用するという条件だった。けれど二カ月の試用期間を終えての面接結果は『非正規』としてしか雇えないというものだった。非正規の扱いになるのなら、正規と同じ条件は飲めないと言ったところ揉めた。会社は言うことを聞いて大人しく働けの一点張り。これに応じられない、自分の条件も多少飲んでくれと粘り強く交渉。しかし結果的に折衷案は通らなかった。ゆえの退社だったのだ。
「まあ、これでどちらに転んだとしてもすぐに受給できますから。いいですね?」
「はい、それはもう……」
血も涙もない冷血漢だと心の中で罵ったことを詫びたい。彼はとてつもなくいい人だった。おそらく、一番合理的にこういうレアケースを処理した結果だけなんだろうけれど。
そう思いながら、私は彼からもらった雇用保険申請の書類に関する説明書に目を通す。ふと見つけた疑問を彼に投げかけた。
「あの……失業中ってバイトできるんですか?」
失業中はバイトができないという話を聞いたことがあった。だが説明書を見る限り、バイトはできるようなのだ。
「できますよ。ただ稼いだ分は給付額から差し引きますけどね」
「え?」
「働いた分、給付額に上乗せできるなんてことはありません。そんな都合のいいことができるわけないでしょう? それにね、申告せずに黙って働いて稼いだら不正受給で受給額以上を返還することになるんですよ。月のうち20日もバイトするくらいなら、まじめに就活して、さっさと就職してください。そうすれば就職手当金とかもらえるんですから」
「はい……」
つまり、中途半端に小金を稼いだところで損しかない。それなら徹底して仕事をせずに受給して、早めに新しい場所を見つけたほうがおりこうさんというわけだ。
再就職を支援する目的なんだから当然ではあるのだが、世の中、そんなに甘くないなとあらためて思い知る。
「すみませんでした」
かなりイライラしながらも丁寧な対応をしつづけてくれ、なおかつ私が不利にならないように知恵をふり絞ってくれた職員さんへ『こんな面倒な会社に入っちゃってごめんなさい。さらに手間をかけさせちゃって申し訳ありません』の意を込めて頭を下げる。
すると彼は相変わらず不機嫌な顔のまま「あなたは悪くないです」ときっぱりとした口調で告げた。
「悪いのはやることやっていない会社です」
「はい。(今後こういう会社には入らないように)気をつけます」
「そこも違います。気をつけないといけないのは全部会社で、あなたじゃないです」
「そうですね……」
そういう意味ではなかったのだがと最後まで伝えることができずに私のほろ苦いハローワークデビューは成された。
しかし、ここがまだ『地獄のはじまり』であることに、このときの私は気づいていなかったのであった。
【今さらですが登場人物のご紹介】
※なお、これは2020年1月現在時点になります。
【補足】
担当職員さんは途中不満を挟みながら説明する。
そもそも私が二カ月という短い期間で会社を辞めたのは『契約を更新できない』からだったのだ。
はじめは『正社員』として登用するという条件だった。けれど二カ月の試用期間を終えての面接結果は『非正規』としてしか雇えないというものだった。非正規の扱いになるのなら、正規と同じ条件は飲めないと言ったところ揉めた。会社は言うことを聞いて大人しく働けの一点張り。これに応じられない、自分の条件も多少飲んでくれと粘り強く交渉。しかし結果的に折衷案は通らなかった。ゆえの退社だったのだ。
「まあ、これでどちらに転んだとしてもすぐに受給できますから。いいですね?」
「はい、それはもう……」
血も涙もない冷血漢だと心の中で罵ったことを詫びたい。彼はとてつもなくいい人だった。おそらく、一番合理的にこういうレアケースを処理した結果だけなんだろうけれど。
そう思いながら、私は彼からもらった雇用保険申請の書類に関する説明書に目を通す。ふと見つけた疑問を彼に投げかけた。
「あの……失業中ってバイトできるんですか?」
失業中はバイトができないという話を聞いたことがあった。だが説明書を見る限り、バイトはできるようなのだ。
「できますよ。ただ稼いだ分は給付額から差し引きますけどね」
「え?」
「働いた分、給付額に上乗せできるなんてことはありません。そんな都合のいいことができるわけないでしょう? それにね、申告せずに黙って働いて稼いだら不正受給で受給額以上を返還することになるんですよ。月のうち20日もバイトするくらいなら、まじめに就活して、さっさと就職してください。そうすれば就職手当金とかもらえるんですから」
「はい……」
つまり、中途半端に小金を稼いだところで損しかない。それなら徹底して仕事をせずに受給して、早めに新しい場所を見つけたほうがおりこうさんというわけだ。
再就職を支援する目的なんだから当然ではあるのだが、世の中、そんなに甘くないなとあらためて思い知る。
「すみませんでした」
かなりイライラしながらも丁寧な対応をしつづけてくれ、なおかつ私が不利にならないように知恵をふり絞ってくれた職員さんへ『こんな面倒な会社に入っちゃってごめんなさい。さらに手間をかけさせちゃって申し訳ありません』の意を込めて頭を下げる。
すると彼は相変わらず不機嫌な顔のまま「あなたは悪くないです」ときっぱりとした口調で告げた。
「悪いのはやることやっていない会社です」
「はい。(今後こういう会社には入らないように)気をつけます」
「そこも違います。気をつけないといけないのは全部会社で、あなたじゃないです」
「そうですね……」
そういう意味ではなかったのだがと最後まで伝えることができずに私のほろ苦いハローワークデビューは成された。
しかし、ここがまだ『地獄のはじまり』であることに、このときの私は気づいていなかったのであった。
【今さらですが登場人物のご紹介】
※なお、これは2020年1月現在時点になります。
【補足】