第二十六話 五万円は大きいのです

文字数 1,173文字

 雇用保険給付額が決定しないということはすなわちお金が一銭も入らないということである。
 例えるなら、大鎌を手にした死神が私の背後で虎視眈々と首を狩る機会を待っている状況なのだ。
 無職の状態であるにもかかわらず、車の修理費、娘の中学受験、飼い猫たちの避妊手術ですでに50万円近くのお金を出している状況。四月からは私立中学と高校の支払いだけでもかなりの金額になる。これまで以上にお金が必要なのに絶望感が襲いまくる。
 しかしながら、こんなことでへこたれるわけにはいかなかった。
 うちにはたくさんの扶養家族がいる。彼らの生存権を脅かすものとは断固戦わねばなるまい。
 そう考えた私はついに司法の力を借りることにした。
 労働弁護士への相談だ。
 さっそく、以前教えてもらっていた労働弁護士の窓口に電話をかけてみる。これまでのいきさつを話し、自分たちがどれほどつらい思いをしているかを熱心に伝える。
 がしかし、答えは実にあっさり、きっぱりとしたものだった。

『慰謝料はまず無理ですね』


 労働弁護士に言わせるならば、国自体がもはや労働者の味方ではないということだった。パワハラやセクハラは証拠になるものがなければどうしようもない。裁判所は経営者側につくと聞いたらば、もはやこの国の制度に疑問しか感じなくなる。
 今までは国は弱いものの味方をしてくれる、労働者を守ってくれると思っていた。労基がダメでも司法ならばなんとかなると思っていた。
 しかし結局のところ、そんなものは幻だったのだ。

 5万円は途方もない金額だ。こんな金額があったらなにに使うか。娘の大好きなカニが山ほど食べられる。息子の国産和牛の霜降りステーキだってたらふく食べさせてやれる。効果があるかどうかもさだかではない紙っぺた一枚こっきりに諭吉先生を五枚も使う価値があるか――なのだ。
 お金があり余るほどあるのならば、迷うことなく内容証明を送り付けただろう。
 しかし、今後のことを考えたら、5万円はどうやっても出せないのだ。それですぐに問題が解決できるといろんな人に説得されたとしても、5万円を出さずに解決したいのだ。

 だがしかし、失業保険が貰えなければ5万円どころか生活ができなくなる。背に腹は代えられない。5万円払って13万円をもらうのだ――と考えてみたところで、やはり腹は決まらない。待てど暮らせど給与明細は届かない。
 そんな中、元旦那さんは言った。

「もうさ、給与明細は出す気がないんだよ。もう来ないものと思って、さっさと新しい就職口を見つけようぜ。そのほうが前向きだと思うよ」

 彼にはわからないのだ。このもやもやが解決されないかぎり、私はすっきりした気持ちで就職活動なんてできないということを。彼はさらに続けた。

 あまりにもひどい言い方にうちのめされた私は、その後しばらくいじけることになった。

 



 
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