第三十四話 戦闘開始だけど、すぐにブチ切れた

文字数 982文字

 約束の時間にユニオンのお二人と一緒に会社へと赴いた私。そんな私たちを見ても社長は動じることもなく「どうも」と軽く返した。物々しい雰囲気に少しはたじろぐかと思いきや、彼はひるみもせずに私たちを「どうぞ」とテーブルへ案内した。
 しかし、そこで私は怒りを覚えた。案内されたテーブルというのが、玄関入り口の談話スペースだったからだ。小さなテーブルに四つの椅子。人数的に椅子は足りているとはいえ、これから個人的な交渉をするというのに、出入り口直近のスペース。パーテーションで入り口と社内フロアと仕切られてはいるが、壁ではないから話が奥へと筒抜けだ。さらに言えば、二階には応接フロアがあるのである。
 もう、この時点で完全に足元を見られているな――と感じた私は、さっそく社長に切り出した。

「勤務簿に押印してほしいと伺ってきましたけど」
「ええ、今用意します」

――用意していないんかいっ!

 ありえないことの連発だ。あらかじめ日時を設定しているのに、なぜすぐに出せないのか――こういうところだよとあらためて思う。
 2、3分だろうか。待っていると書類と手帳を抱えた社長が戻ってくる。

「お待たせしました」

と、申し訳ないそぶりもせず、普通に戻ってくる社長。怒りしかわかない。
 それでもなるべく落ち着いて話を始めた。


――なに言っとんじゃ、おまえ!

 着信があったなら掛けなおしているに決まっている。
 その場でスマホの着歴を確認しても社長の番号なんて残っていない。にもかかわらず、社長は譲らない。自分はちゃんとやったと言い張る。
 それどころか、彼はこう続けた。


――待てよ、おいっ!

 これまで己がどれほどやることやっていなかったのかなどということは棚上げで責められる。呆れて口が半開きになった。これを本気で言っているのかと胸の内がうすら寒くなった。
 私がどれほど悩んだか、苦しんだか。この男は知らないのだ。知らないどころか、自分たちのほうがよほど迷惑していると言いたいのだ。
 そして彼は決定的な一言を私に投げてよこした。

 そう、彼の口からはっきりと『給与明細を人質にしていました』という言葉が出た瞬間だった。私が得体の知れない人間だから。信用に足る人間でないから。
 こちらの要求をのまない可能性があるから、取引の材料にしたというのだ。

――ふざけるな!

 堪忍袋の緒が切れた音を私はたしかに聞いた。



 
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