第三十二話 団体交渉は狡猾であれ
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突然の電話でもあったし、なによりやることやっていないのに、自分たちの要求だけは押し通そうという姿勢に苛立ちを覚えた。
とはいえ、電話の向こうの正社員さんはとても事務的だった。言い方こそやわらかいのだが、自分は言われたから電話しているのであって、それ以上のことはわからないという姿勢だったのだ。
さっさと連絡して取りに来いということなのだろうか。
それにしたって『用意しましたよ』の一報をもらった覚えもない。
こうなってくると、団体交渉(労働者が集団として、使用者(企業側)と労働条件その他労使関係のあり方について交渉すること)が労働委員会に認められたのはよかったが、どうやるかが問題となる。
社長へ勤務簿の件の確認とともに話があるからと空いている日時を尋ねる。彼は驚くほど軽い口調で空いているスケジュールを私に伝えてきた。
その口調があまりにも普通過ぎて、私の中で沸々と怒りがこみ上げた。
いったいどれだけの労力を割いてきただろうか。
苦悩し、諍い、大泣きした日だってあった。
それなのに、相手ときたらまるで罪悪感などない状況。むしろ自分たちのほうが私のしたことで迷惑をこうむっているという被害者意識を持っているように感じられてしかたなかった。
私は労働組合による団体交渉であるということをチラッともにおわせることなく電話を切った。切った途端に、ぐっとがまんしていた怒りが爆発した。
――なんじゃ、あの態度は! これまでなんにもなかったみたいに軽く流しやがって!
しかしながら、私の質問に『はい、はい』と答えたあの社長は私がひとりで来ると思っている。まさか労働組合に入り、団体交渉をするなんて夢にも思っていまい。これでいい。舞台は整えたのだ。あとは当日、ぎゃふんっと言わせてやればいいだけだ。
――やってやる! 絶対に自分たちが悪かったと認めさせてやる!