第十二話 強制労働かもしれません

文字数 1,063文字

 利用者さんのことを第一に考え、一緒に働く仲間たちの負担を第二に考え、そんな風に周りに気を遣って出勤しているにも関わらず、私の立場は相変わらず宙ぶらりんのままだった。
 1月6日の月曜日には社長も統括も出社してきたのに、新年のあいさつを済ませるだけ。肝心かなめの契約の話は、まるで最初からなかったみたいにスルーされ続けた。
 
 辞める方向で話は進んだ。労基への確認も了解をとった。
 
 しかし私は学んだ。社長がやってくれるのを待っていても仕方ないことを、だ。
 そこで私はすぐに労働基準監督署へ電話を掛けた。

 そう、私と社長の間には見解の違いという大きな川が横たわっていたのである。

 私の見解「わかった(辞めることを了承したから好きにしていいよ)」
 社長の見解「わかった(とりあえず辞める意思は了承したけど、辞める日取りはこっちが決める)」

 社長は相当イライラしていた。眉を吊り上げ、細い目を鋭くさせて私を見た。

「あなたと私とふたりで話をしても埒があかないでしょう? とりあえず管理者たちに話はしますから」

 なんて言い草だ。私のことを心底見下している。そこには歩み寄りの姿勢なんてものは微塵もない。雇われる側はだまっていろと言いたげに見えた。
 あまりにも頭に来た私はその夜、この理不尽な対応を誰かに話したくてしかたなかった。
 しかし、夜も八時を回れば労働基準監督署はやっていない。
 そこで『労働 相談』というように検索をしてみた。

『労働条件相談ほっとライン』のフリーダイヤルを見つける。
 この電話は、違法な時間外労働・過重労働による健康障害・賃金不払残業などのいろいろな問題を、専門知識を持つ相談員が対応してくれる厚生労働省委託事業である。ただし、あくまでも委託事業のため、話は聞いてもらえるが指導のようなことはできないのである。
 それでも社長に一泡ふかせてやるヒントがもらえるかもしれない――藁をもすがる思いで、私は急いで電話した。
 私の電話の担当になった男性相談員さんにこれまでの経緯を説明する。

『会社が困っているようでしたら、労基が言うように辞めるのは二週間後になりますねえ』
「でも、私は契約書をとりかわしていません。それなのにやめられないっておかしくないですか?」
『う~ん。それならあなたは今、強制労働をさせられていると言えるかもしれません』

 翌日、統括がこの間とは打って変わったやわらかな口調で私に尋ねてきたのである。

「ちょっと今から話せないかしら?」
「ええ。構いませんよ」
 
 私は微笑みさえも添えて、うなずいてみせた。

 
 




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