第83話 姉のような存在

文字数 932文字

 寮の前の坂道を下りながら、隣に並んで歩く郁美が言う。
 
「葉菜ちゃん、バスに乗るのは初めて?」

「うん」

「パスモは?」

 葉菜は、肩にかけたトートバッグをポンと叩く。
 
「バッチリ。スマホに入ってるよ」

 最近は、人並みにスマートフォンを持ち歩くようになった。みんなや姉にすすめられて、電子マネーデビューもした。

 
 今日、寮に入って以来、初めて実家に帰るのだ。家には、すでに洋館を引き払った佑紀乃が住み始めている。
 
 今日は姉も帰って来ることになっていて、ともに一泊することになっている。これから、どんな楽しい時間が待っているのかと思うと、わくわくが止まらない。
 
 
 
 駅に着き、バスを降りると、それぞれの方向の電車に乗るため、改札を入ったところで、手を振って別れた。葉菜は、途中まで、見海と二人で行くことになった。
 
 ホームに並んで電車を待ちながら、見海がしみじみと言った。
 
「葉菜ちゃんと一緒に電車に乗ることになるとはね」

「はい」

「葉菜ちゃんが寮に入って最初の週末、すごく心細そうで、一人にして出かけるのが心配だったけど」

「私、そんなに心細そうに見えましたか?」

「見えたよ。お姉さんと別れるときも、小さい子みたいに涙をぽろぽろこぼして泣いていたし」

「あ……恥ずかしい」


 見海が微笑んだ。
 
「でも、あの佑紀乃さんっていう人と過ごしていたんだね。一人でいるなら、かわいそうだと思っていたから、よかったよ」

「はあ、なんか、すいません」

 佑紀乃のことを見海たちに話していれば、あんなに心配をかけなくて済んだかもしれないと、今は反省している。佑紀乃のことを、もう一人の姉のように思っていたけれど、見海たちルームメイトもまた、葉菜にとっては姉のような存在だ。
 
 
 見海とは、乗換駅で別れた。
 
「また明日の午後にね。お姉さんたちと楽しく過ごしてね」

「ありがとうございます。見海さんも」

 大学受験に向けて勉強している見海は、予備校の講習会があるため、隔週で家に帰るのだ。家では、柴犬を飼っているそうだ。
 
 
 
 数ヶ月ぶりの駅から家までの道を、葉菜は感慨深い気持ちで歩いた。駅前の定食屋も、横断歩道の脇のクリーニング店も、小さい頃に、よくブランコに乗りに来た公園も、何もかもが懐かしい。
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