第56話 ベッド

文字数 921文字

「……葉菜ちゃん……葉菜ちゃん」

 名前を呼ばれて目を開けると、心配そうに見下ろす佑紀乃の顔が見えた。なんだ、やっぱりいたんじゃないの。
 
 そう思いながら、瞼が重くて目を開けていられず、再び意識が遠のく。
 
 
 
 誰かに抱え上げられるのがわかった。その誰かが動き出すと、葉菜の頭はガクガクと揺れ、足も膝から下がぶらぶらしているのがわかる。
 
 もっとそっと運んでほしい。一瞬、そう思ったものの、すぐにまた、何もわからなくなった。
 
 
 
 次に気がついたときには、葉菜は清潔なベッドに横になっていた。いつもの二段ベッドではない。
 
 ワンピースが汚れているのに。朦朧としながらも体に触れると、パジャマを着ているらしいことがわかった。
 
 よかった。ベッドを汚さなくて済む。ほっとして、葉菜はまた、眠りに落ちる。
 
 
 
 どのくらいの間、眠っていたのかはわからない。物音に、ふと目を開けると、佑紀乃が部屋に入って来たところだった。
 
「葉菜ちゃん、目が覚めたのね?」

 ベッドに近づいて来た佑紀乃が、葉菜の額に手のひらを当てる。
 
「よかった。熱は下がったみたい」

 そう言いながら、葉菜の髪をそっと撫でる佑紀乃に問いかける。
 
「あの、ここは?」

 佑紀乃が微笑む。
 
「私の家よ。ここはゲストルームなの」

「私、どうして……」

「葉菜ちゃん、ガゼボで倒れていたのよ。ひどい熱で」

「……ガゼボ?」

「ああ、庭のあずま屋のことよ」

 そういえば、もう一度玄関に向かおうとして、立ち上がったところで、何もわからなくなったのだった。
 
 
 だんだん記憶がよみがえって来る。葉菜は、小火の起きた寮から逃げ出してここに来たのだった。はっとして、飛び起きる。
 
 佑紀乃があわてたように言う。
 
「急に起きちゃ駄目よ」

 だが、今はそんなことにかまっていられない。
 
「今何時ですか? どうしよう、私……」

 今頃、寮では騒ぎになっていることだろう。それに、学校でも。
 
 すると、佑紀乃が言った。
 
「大丈夫よ。寮に電話して、葉菜ちゃんがここにいることは伝えてあるから」

「昨日、ここから帰ったら、寮に消防車が来ていて」

「ええ、聞いたわ。葉菜ちゃんたちの部屋で小火があったんですってね」

「私じゃないんです!」
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