第18話 週末

文字数 1,097文字

 朝食が終わって部屋に戻ると、みんな、いそいそと出かける準備を始める。何もすることがない葉菜は、ベッドに腰かけて、ぼんやりとその様子を眺める。
 
「それじゃ、また明日の夕方にね」

 そう言って、瑠衣はいち早く部屋を出て行った。大人っぽい服を着た淳奈が、化粧をしながら言う。
 
「葉菜ちゃんも、街にでも遊びに行ったら? 駅までバスで行けるよ」

 コットンのジャケットを羽織りながら、見海も言った。
 
「なんなら駅まで一緒に行かない?」

 本当に優しい先輩たちだと思う。でも、街に行って、何をすればいいのかわからない。
 
 特にやりたいことも買いたいものも思い浮かばないし、今は人混みの中をぶらぶらするような気分になれない。
 
「私は……」


 口ごもる葉菜に、二人とも深追いはしない。出かける準備や自分の予定のことで頭がいっぱいで、いつまでも葉菜のことを気にしていられないのだろう。
 
「私は夕方には帰って来るから、一緒に夕ご飯食べようね」

 そう言って微笑みかけてくれたのは見海だ。
 
「私は、多分遅くなる」

 淳奈の言葉に、見海が葉菜の顔を見ながらおどけて言う。
 
「そんなこと、わかってるわよねえ」


 バスの時間を気にしながら、二人は部屋を出て行った。
 
 
 
 あーあ。ベッドにあお向けに寝転がりながら、葉菜はこの数日のことを思い返す。
 
 ここに来る前の晩は、不安であまり眠れなかった。姉と別れるときは、寂しくて悲しくて涙が止まらなかった。
 
 寮の人たちは、思っていたよりずっと親切で、郁美とは一年生同士仲良くなった。それはよかったのだけれど……。
 
 
 学校のクラスには、今もまだ馴染めない。友達は出来なくてもかまわないけれど、結城が言っていたように、河合が陰で権力を握っているようで、教室には、どことなく緊張感が漂っている。
 
 みんな河合の顔色をうかがっているようなところがあるのだ。うかがっているどころか、人によっては媚びているようにさえ見える。
 
 朽木先生は、なぜか葉菜の名前がいたく気に入っているようで、下の名前で呼ばれるたび、気まずくてしかたがない。それで誰かに嫉妬されるなんて思わないけれど、先生を慕っている人は、葉菜だけが特別扱いされているようで面白くないかもしれない。
 
 もしも河合にそう思われているのだとしたら、少し怖い気もする。
 
 初日に教科書を失くして以来、郁美の忠告に従って、持ち物はこまめにロッカーにしまうようにしている。また何か失くしたら嫌だから。
 
 学校では、気を遣ってばかりで疲れる。唯一ほっと出来るのは、郁美たちとお昼ご飯を食べるときだけだ。
 
 あーつまらない。お姉ちゃんに会いたいな……。
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