第40話 冷めた紅茶

文字数 1,073文字

 今週は、見海も泊まりで家に帰るという。淳奈は今週も連日のデートだ。
 
 それで、葉菜はまた、佑紀乃を訪ねて洋館に行ってみることにした。ここのところ、次々にとんでもないことが起こって、思い出す暇もなかったのだが、彼女の顔を見れば、少しは気が晴れるかもしれない。
 
 
 とはいえ、前回、佑紀乃は「また遊びに来てくれたらうれしい」と言ってくれたけれど、もしやあれは、ただの社交辞令だったのではないか。それを真に受けて訪ねて行って、嫌な顔をされたらどうしよう。
 
 そう思いながらも、洋館に向かったのだったが。
 
 
 
 ドアを開けるなり、佑紀乃は、美しい顔をほころばせて言った。
 
「葉菜ちゃん、来てくれたのね」

「あの、佑紀乃さんに会いたくなって……」

「まあ、なんてうれしいことを言ってくれるんでしょう。今日は週末だから、もしかしたら来てくれるんじゃないかと思って、お菓子を作って待っていたのよ。

 さあ、どうぞ入って」
 
 社交辞令なんかじゃなかった。佑紀乃は、本当に葉菜のことを待っていてくれたのだ。うれしくなって、葉菜は促されるまま、ドアの奥へと進む。
 
 
 
 この前通された部屋で、椅子に掛けて待っていると、ワゴンを押して入って来た佑紀乃が、葉菜を見て言った。
 
「あら、葉菜ちゃん、少し痩せた?」

「えっ?」

 自分では、そんなふうには思っていなかったが、あのことがあってから、二、三日は食欲がなかった。思わず顔を見ると、佑紀乃が心配そうに言った。
 
「何かあったの?」

「あ……」

 たった今まで、そんなつもりはなかったのに、優しい言葉をかけられたとたんに涙がこみ上げる。口をへの字にして涙をこらえる葉菜に、佑紀乃が言った。
 
「もしよかったら、話してくれる?」

 何か言う前に、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
 
 
 
 結局、子供のようにしゃくり上げながら、葉菜は、佑紀乃にすべてを話した。そうしたことで、理不尽な扱いを受けて、自分がどんなに悔しく、傷ついているかを再認識した。
 
 話し終え、佑紀乃が目の前に置いてくれたティッシュボックスから、何度目かのティッシュを抜き取って涙を拭う。
 
「ひどいわね……」

 美しい眉をひそめてそう言ったまま、しばらくの間、佑紀乃は黙り込んだ。
 
 
 葉菜は、呆然としたままため息をつく。佑紀乃に聞いてもらって、少しだけ気が済んだ。
 
 やがて、佑紀乃が我に返ったように言った。
 
「すっかり紅茶が冷めちゃったわね。淹れ替えましょうか」

「ううん、これで大丈夫です」

 葉菜は、カップを手に取って口に運ぶ。冷たくなった紅茶は、話し疲れた喉に心地よかった。
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