第52話 「ちょっとトイレに」

文字数 923文字

 榎戸が言った。
 
「ベッド以外は、それほど被害はなさそうだけど、何しろ臭いがすごいわね。とりあえず、今夜あなたたちが寝る部屋を用意しないといけないわね。

 それに、小火があった事実を、すぐに学校に報告しないと。悪いけど、少しここで待っていてね」
 
 そう言って、榎戸は足早に部屋を出て行った。
 
 葉菜はぎくりとする。そうなれば、当然、葉菜と見海は話を聞かれるだろう。
 
 葉菜はともかく、見海は、さっきもそうだったように、今まで葉菜の身に起こったことを話すに違いない。その後の展開を考えるとぞっとする。
 
 葉菜にかけられた疑惑が明らかになれば、とんでもないことになるに違いない。そして、いずれは姉の姑から、姉の耳にも入り……。
 
 せめてその前に、姉に連絡しようにも、スマートフォンは壊れてしまった。見海に借してもらおうか。
 
 
 だが見海は、さっそくスマートフォンを取り出して、何か一心に打ち込んでいる。そうしながら、葉菜に向かって言った。
 
「瑠衣ちゃんや淳奈にも知らせないと。後から知って驚かないように」

 それを聞いて、葉菜は愕然とする。このことは、葉菜が泥棒に仕立てられたときのように、あっという間に学校中に広がるだろう。
 
 それだけではない。こうしている間にも、談話室に集められた寮生たちは、小火があったことを友達や家族に知らせたり、SNSに投稿しているかもしれない。
 
 姉に迷惑がかかってしまう。どうしよう……。
 
 思わず後ずさると、見海が顔を上げた。
 
「葉菜ちゃん?」

「あっ、ちょっとトイレに行って来ます」


 部屋を出ると、一気に階段を駆け下りる。談話室に公衆電話があるのだが、今はとても入る気になれないし、みんなに注目されながら電話をかけることなんて出来ない。
 
 一階まで下りると、談話室の前を通り過ぎ、玄関へと急ぐ。すでに外は、すっかり暗くなっているが、葉菜は佑紀乃の洋館を目指して走り出す。
 
 どうしていいかわからないけれど、とにかく一刻も早く姉に連絡しなくてはと思う。佑紀乃に電話を借りるのだ。
 
 後から考えれば、公衆電話ならばコンビニにもあった。だが、そのときは、電話をかけるためだけでなく、佑紀乃に助けを求めたい気持ちが強かったのだ。
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