第65話 にやにや

文字数 1,011文字

 佑紀乃と姉に、両側から支えられるようにして廊下を進む。病院内の休憩所に向かうところだ。
 
 そこでならば、話をしても大丈夫らしい。
 
「ここかしら」

「そうですね」

 佑紀乃と姉がうなずき合っているのを見て、葉菜は不思議な気持ちになる。大好きな二人が、今こうして目の前で話していることが、まだ信じられない。
 
 熱のせいで、若干ぼーっとしているが、まさか夢ではないだろうなと思う。昨夜、寒いあずま屋で、うとうとしながら姉の夢を見て、目覚めたときには、本当にがっかりしたのだった。
 
 
 そこは廊下の突き当りの広いスペースで、いくつかのテーブルと椅子があり、テレビと、飲み物の自動販売機もある。今は、ほかに人はいない。
 
 葉菜と姉が並んで座り、テーブルの向かい側に佑紀乃が座る。だが、いったん腰掛けた佑紀乃は、すぐに立ち上がって、姉に向かって深々と頭を下げた。
 
「このたびは、私のせいで、葉菜ちゃんに怖い思いばかりか怪我までさせてしまい、本当に申し訳ありません」

 葉菜が傷の処置を受けている間に改めて電話で話をして、ある程度のことは説明してあるらしい。姉も立ち上がった。
 
「いえ、葉菜をかわいがっていただき、親切にしていただいてありがとうございます」

「そんな、私のほうが葉菜ちゃんに仲良くしてもらっているんです」

 頭を下げ合う二人を、葉菜は座ったまま交互に見つめる。すると、不意に姉がこちらを見て言った。
 
「やあね、何をにやにやしているの?」

 自分は今、にやにやしているのだろうかと思いながら、葉菜は答える。
 
「だって、なんだかうれしいんだもん」

 姉が苦笑しながら言った。
 
「お馬鹿さんね」

 佑紀乃も微笑んでいる。やっぱり、葉菜はうれしい。
 
 
 
 葉菜の怪我の具合や体調について、しばらく話をした後、姉が言った。
 
「今夜は佑紀乃さんのお宅に泊めていただくのよ」

「あんな場所で、ご気分が悪いでしょうけれど」

 佑紀乃が言うのは、つまり、今日の出来事のことだろうか。姉が、首を横に振る。
 
「とんでもない。急いでやって来て、宿泊場所を探さなくて済むのは本当に助かります」

 そして、こちらを見て言った。
 
「葉菜にも、ずっと付き添っていただいて」


 早くも夕食の時間が近づき、三人は病室に戻った。
 
 
 
 葉菜がベッドに落ち着くと、姉が、こちらを見ていた隣のベッドの中年女性に頭を下げた。
 
「お騒がせしてすみません」

「いえいえ」

 女性は微笑んでいる。
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