第31話 「ふやけたおじさん」

文字数 1,098文字

 部屋に入って行くと、見海と瑠衣が、隣同士の机の前に腰かけ、お菓子をつまみながら話しているところだった。こちらを振り返り、泣き顔の葉菜と、一緒に入って来た郁美を見て目を見張る。
 
「おかえり……」 
 
「おかえり。どうしたの?」

 葉菜の肩を抱くようにして、郁美が言った。
 
「ちょっとおじゃまします」

 葉菜は、通学カバンを放り出し、ぺたんと床に座り込む。見海が、郁美の顔を見て言った。
 
「何かあったの?」

「それが、私にもよくわからないんですけど」

「ああ……」

 悲しくなって、葉菜は再び嗚咽する。
 
「葉菜ちゃん……」

 郁美が、横にしゃがみ込んで、葉菜の背中をさすってくれる。
 
 
 
 ひとしきり泣いた後、ようやく涙が止まった葉菜は、途切れ途切れに、事のあらましを話した。
 
「私、絶対にそんなことしていないのに……」

「ひどい……。国語の教科書がなくなったのは本当です。私が一緒に探して、どこにもないから購買部に買いに行ったんです」

 郁美が、二人に向かって訴える。見海が言った。
 
「私たちだって、葉菜ちゃんがそんなことをする子じゃないってわかっているよ」

 瑠衣も同調する。
 
「そうだよ。毎日一緒に寝起きしていればわかるし、この部屋で物が失くなったことなんてないもん」

 二人はうなずき合っている。
 
「でも、いくら言っても、先生も信じてくれなくて。ロッカーの鍵は私しか開けられないって……」

 瑠衣が言う。
 
「やっぱり、その門田っていう子が怪しいね。親しげなふりをして暗証番号を盗み見るなんて、汚い手を使うもんだ」

「ようするに、河合っていう子が黒幕ね。でも、葉菜ちゃんが朽木先生に気に入られたくらいで、そこまでひどいことをするかなあ」

 そう言ったのは見海だ。すると、瑠衣がきっぱりと言った。
 
「女の嫉妬は怖いのよ。河合っていう子、そうとう気位が高そうだから、たとえふやけたおじさんでも、自分以外の子を選ぶのは許せないのよ」

 見海が、ぷっと噴き出す。
 
「ふやけたおじさんって、朽木先生のこと?」

「あんなイケメンの範疇に入るか入らないかわからないような、中途半端な三十代でも人気があるのは、女子高の中だけの話よ」

 辛辣な言葉を流れるように言う瑠衣に、郁美もにやにやしている。普段の葉菜ならば一緒になって笑ったことだろうが、今はそんな気持ちになれない。
 
 
 見海がぽつりと言った。
 
「でも、明日学校に行くの、しんどいね」

 郁美が言う。
 
「私が同じクラスだったらよかったのに」

 ああ、そうなのだ。明日、どんな顔をして教室に入って行けばいいのか。そして、どうやって一日を過ごせば……。
 
 一度は止まった涙が、またあふれ出れる。
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