第34話 昨日のこと

文字数 1,081文字

「わかったよ」

 そう言って、葉菜は立ち上がった。
 
「私、これからは一人で食べるから」

 そして、昼食のトレイを持ち上げる。
 
「何言ってるの。そんなの駄目だよ!」

 郁美の言葉に、葉菜は首を横に振る。
 
「私のせいで、みんなまでひどい目に遭ったら嫌だもん。郁美ちゃんも、学校では私と離れていたほうがいいよ。

 大丈夫、一人には慣れているから」

「葉菜ちゃん待ってよ!」

 だが、葉菜は郁美にかまわず、トレイを持って別のテーブルに移った。
 
 
 まったく食べる気になれない料理を見つめながら、葉菜は涙ぐむ。ああ、なんでこんなことに……。
 
 だが、試練はまだ終わらなかった。
 
 
 
 放課後、郁美とともに寮に戻ると、玄関を入ったところで、見海と瑠衣が待ち構えていた。
 
「葉菜ちゃん。郁美ちゃんも、ちょっといい?」

「はい……」

 顔を見合わせた二人に、見海が言う。
 
「あのね、ほかの部屋の人たちが、昨日の葉菜ちゃんのことで、説明してほしいって言っているの」

「えっ……」

 絶句する葉菜の横で、郁美が言った。
 
「どういうことですか?」

 今度は瑠衣が話す。
 
「昨日のこと、学校中に知れわたっているみたいで、みんな、どういうことか知りたいって。だいたいのことは私と見海さんで話したんだけどね」

「どうしても、本人の口から聞きたいって言って、みんな談話室に集まっているの。淳奈はまだ帰っていないけど」

「食事のときじゃ、榎戸さんたちがいるからまずいでしょう? それなら食事の前に談話室でっていうことになって」


「わかりました」

 そう答えるしかなかった。
 
 葉菜が直接話をしない限り、納得してもらえないのだろう。もっとも、説明したからといって、納得してもらえるかどうかはわからないが。
 
 郁美が、拳を握りしめて言う。
 
「大丈夫。私たちが援護射撃するから」

 見海たちもうなずいている。葉菜は意を決して、彼女たちとともに談話室に向かった。
 
 
 
 談話室に一歩踏み込むなり、いくつかのテーブルに固まって座っている寮生たちが葉菜を見る。室内の空気は、ピンと張り詰めている。
 
 なんとか動揺を抑えつつ、見海たちとともに空いたテーブルに腰かける。彼女たちは、あくまで葉菜の味方をしてくれるつもりでいるようで、そのことが、ありがたく心強い。
 
 葉菜たちが落ち着くのを待って、寮のリーダー格の三年生、真鍋が言った。
 
「今日、学校では三丘さんの話でもちきりだったわ。でも、それは噂話でしかないから、本人の口から真実を聞きたいと思って。

 話を聞いて、私たちもショックを受けているし、同じ寮に住む者として知る権利があると思うの」
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