第60話 契約の内容

文字数 1,058文字

 佑紀乃は、河合の父親を「彼」と呼んだ。
 
「契約の内容は、こうよ。母の治療費を全額支払って、住まいも用意する代わりに、私は生涯、彼の愛人として尽くす。

 悩んだわ。彼に家庭があることはわかっていたし、生涯、つまり母が亡くなった後も、一生彼の愛人として生きることが私に出来るだろうかって。
 
 でも、今の生活を続けても、遅かれ早かれ破綻することは目に見えていた。治療費は、それほど高額だったの。
 
 とてもありがたい話だと思ったわ。彼にしても、軽い気持ちで提案出来るようなことではないでしょうし、そこまでしてもらうならば、一生尽くすのは当然だと思った。
 
 私は、彼と契約を交わしたの」
 
 
 圧倒されている葉菜を見て、佑紀乃が言った。
 
「私のこと、軽蔑する?」

 葉菜は、首を横に振る。
 
「そんなこと……」

 ただ、想像もしていなかった話の内容に驚いているだけだ。視線を落として、佑紀乃は続ける。
 
「治療の甲斐なく、母は去年亡くなったの。でも、出来る限りの治療を受けさせてもらうことが出来て、本当によかったと思っているわ。

 後悔もしていない。それに、彼は今も、私のことをとても大切にしてくれるわ」
 
 
「ふざけないで!」

 河合が叫んだ。
 
「私の前で、よくもぬけぬけとそんなことが言えるわね。いくら親の病気を言い訳にして自分を正当化しようとしたって、やってることは泥棒猫じゃないの!」

 佑紀乃は、河合に向き直る。
 
「ごめんなさい。あなたとあなたのお母さまに、とても失礼なことをしているのは事実です。本当にごめんなさい」
 
 佑紀乃は、深々と頭を下げた。だが、河合はさらにいきり立つ。
  
「しおらしいふりをして見せたって、私は騙されないわよ。一生尽くすとか言いながら、パパのことをいいように操っているじゃないの!」

 佑紀乃が顔を上げる。

「なんのこと?」 
 
「あんた、偉そうにパパに指図したんでしょう? 三丘さんのこと」

 急に自分の名前が出て来て、葉菜は驚く。いったいどういうことだ。
 
 
 あたふたと二人の顔を見比べていると、佑紀乃が話し始めた。
 
「葉菜ちゃんが、学校で理不尽な目に遭っていることを聞いて、ずっと胸を痛めていたのよ。未玖さんが関わっているらしいこともショックだった。

 でも、私に口出しする権利なんてないし、告げ口するようなことをしてはいけないと思って、ずっと黙っていたのよ。
 
 だけど、昨日のことは、いくらなんでも度を越えていると思ったし、このままどんどんエスカレートしたら、取り返しのつかないことになるんじゃないかと……」
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