第11話 人喰い鬼の子! 私生児!

文字数 1,196文字

[暇を持て余したある伯爵]


(宮殿の広間の片隅のテーブルに、皇帝の孫(フランツ)を見つける)

……。


(フランスの衣装、フランスの靴。鉛筆で、一心不乱に絵を描いている)


くすくす


(忍び笑いしながら、傍らの貴婦人をつつく)

[傍らの貴婦人]



(伯爵の視線を追って、フランツを見つける)


くすくす


(伯爵に妖艶な流し目を送り、立ち上がる)

……。


(夢中で絵を描いている)

(フランス語:以下同)

何を描いているの?
皇帝の軍馬だよ。
私たちのオーストリア皇帝の?
フランス皇帝の、さ!

(にっこり)

そう! それは、ナポレオンの軍馬なのね!

うん!

(嬉しそう)

ちっ!

(わからないように舌打ち)


給仕が、ココアを運んできた。

フランツの所へ来る前に、貴婦人が頼んでおいたのだ。


ココアよ。

偉大なる女帝のご夫君、賢帝フランツ・シュテファン陛下がこの国に齎された飲み物よ。

どうぞ。


※マリア・テレジア

(傍白)

この オバさん ご婦人は、フランス語で話しかけてくれる。

僕が、パパのことを言っても、いやな顔をしなかった!

それに、この飲み物は、とてもいい匂いだ……。


(そろそろと、ココアに手を伸ばす)

(微笑んだまま、ドイツ語で)


人喰い鬼の子!

この、私生児が!

…………。

(無表情で、貴婦人の顔をじっと見つめる)


(テーブルの上から紙と鉛筆をかき集め、広間を走り出ていく)

ナポレオンの息子に、何と言ったんだい?
(戻ってくる。伯爵の隣に、しどけなく座る)


本当のことよ。

人喰い鬼の子、って言ったわ。

ああ、ナポレオンは、「人喰い鬼」って呼ばれてたらしいな。人民は、兵士になって、皇帝の為に戦死する為に生まれてくると思ってたらしいじゃないか。
あと、私生児、って言ってやったわ。
おいおい、仮にも母親は、皇女(マリー・ルイーゼ)様だぞ……。
大丈夫。

あの子は、フランス語しかわからないのよ。

私はドイツ語で言ってやったから、あの子には、さっぱり理解できてないわよ!

それにしても、私生児とか……。
だって、ウィーン会議の時、マリー・ルイーゼ様は独身だ、って主張した枢機卿がいたじゃない!
ああ、黒の枢機卿※1か。ナポレオンは、前の奥さん※2との離婚が成立してないから、マリー・ルイーゼ様との再婚は無効だっていう……。


離婚の許可を貰おうにも、当時ナポレオンは、ローマ教皇を拉致監禁してたからな!



※1 ブログ「黒の枢機卿」

※2 ブログ「ジョゼフィーヌ」

教皇様を拉致監禁なんて……。ほんとに、なんて悪鬼かしら、ナポレオンは!
離婚しないで結婚したら、重婚の罪を犯すことになるからなあ。ナポレオンはもちろん、マリー・ルイーゼ様も。
皇帝が、娘にそんな恐ろしい罪を犯させるわけ、ないじゃない! あの子は、両親が、結婚せずに生まれてきた子なのよ!
やっぱり、あの子は、人喰い鬼の息子で、私生児なんだな! 我が国の皇帝の孫だというのに、なんて恥知らずな!
そうよ! ちやほやすべきじゃないのよ!
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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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