第12話 カワイイ!

文字数 1,217文字

[宮廷の貴婦人]


あら? こんなことろで、何をしているの?
歩哨をしております!(きりっ)
歩哨? 皇帝の執務室の前で?
はい! 皇帝をお護りする役目です!

(傍白)

皇帝をお護り?


やっぱり軍務が好きなのね。血は争えないものね。この子、あの、人喰い鬼(ナポレオン)の息子なのよね……。


(フランツに)

私は皇帝に用があるのだけれど。

(大張り切り)

ザクセン王太子妃様の、おなーりー!!


ささ、どうぞ、王太子妃様!

まあ!

殿方の、先に立っていいのかしら?

もちろんでございます。

麗しい淑女の皆様は、みんな、紳士の先を、歩かれるべきです!

あらあら。

(部屋に入る)

(恭しく一礼)

ごゆるりと。麗しい王太子妃様。

(廊下に残り、ドアを閉める)

[皇帝]


(室内)

これはこれは、お姉さまではありませんか。

ちょっとちょっと、あの子、何?(大興奮)
何と申されましても……。

あなたもご存じの、フランツですよ。私の孫です。

あの子、とてもかわいいわ!

ナポレオンの息子だけど。

ええ、マリー・ルイーゼ(わが娘)の息子でもあります。
そうよね! あの子は、ドイツの貴公子よ!

……でも、なんで、フランス語しかしゃべらないのかしら?

それが、家庭教師たちの悩みのタネでしてね。


そうそう、貴女に限らず、たとえメイドであっても、彼は、女性を先に行かせます。しかしながら、男性の侍従がうっかり先に立つと、あの子は、激怒するそうです。


この二重基準(ダブル・スタンダード)も、ディートリヒシュタイン伯爵は、気に入らないようです。

ディートリヒシュタイン伯爵は厳しすぎるのよ!

あの子は、とてもいい子です。

だって、かわいいんですもの! それで十分じゃなくて?

[宮廷の貴婦人]


(庭園の小道を通りかかる)

あら? プリンスだわ! 皇帝のお孫さんの……。

……、……。


(玩具のスコップで、熱心に穴を掘っている)
何をしていらっしゃるの、プリンス?
(わき目もふらず)

塹壕を掘っております!

ざんごう?
自分は、要塞を作っているのであります!
(傍白)

まあ、一生懸命になっちゃって。泥だらけになって、カワイイ……。私、可愛い子を見ると、つい、からかいたくなっちゃうのよね。


……ダメよ、あの子は、皇帝の孫だわ。


いいえ! これは、女性のサガなのよ!



(フランツに)

要塞は、どうやって、造るのかしら?

(大張り切り)

とにかく、敵を寄せ付けないことが、肝要であります!
(傍白)

誰かの受け売りなのが、まるわかりだわ。でも、そこがカワイイ。


(フランツに)

ふんふん、それで?

砲台を作って、兵隊たちをたくさん集めなくてはなりません!
へえ。それで?
川や海など、自然の地形をうまく利用して、
(食い気味)

なるほどなるほど。それで?

えと、防壁や砦を作って、
それでそれで?
マダム。


(半ば苛立ち、半ばあきらめの目)

これは、お美しいご婦人が興味をお持ちになるようなことではありません。だから僕はもう、何も言いません!

きゃーーーっ! 怒った!

かっわいいーーーーー!!!

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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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