第23話 先生方の陥落

エピソード文字数 1,373文字

[家庭教師のディートリヒシュタイン先生]


(ぶつぶつぶつぶつ……)


あの子は、頑固者だ。それに、抜け目がなくて、横柄で、その上、冷たくて心ない仕打ちばかりする。


特に、私(たち家庭教師)に!

それなのに、フォレスチ先生は陥落した。
彼は、プリンスの想像のお話に、気長に付き合っている。寝る前に二人で、「プリゾナー・ローローごっこ」も、やっているようだ……。
(ぶつぶつぶつぶつ)


コリン先生も陥落した。

彼は、プリンスと一緒になって、シェーンブルンの庭園に、「ロビンソンの小屋」などというものを造っている……。
ロビンソンはダメだと言ったのに……。

ナポレオンは、ロビンソン・クルーソーごっこをしていると言った者もいるのだぞ?

(ぶつぶつぶつぶつ)


その上、その上だ!

この私が、彼に厳しすぎると、宮廷の貴婦人たちは言うのだ!

パルマに行かれたマリー・ルイーゼ様(お母さま)まで!


[マリー・ルイーゼ]


(手紙)

お願いですから、ディートリヒシュタイン先生。もう少し、あの子を甘やかしてやって下さらないでしょうか……。

私は、断じて、厳しくなどはない! 彼に、極めて正当な教育を施しているだけだ!

とはいえ、遠いパルマで、マリー・ルイーゼ様もご心配なのだろう。

母親とは、ありがたいものだ。


だからプリンスには、「子としての、母への感謝の気持ち」について、説教しておいた。

ぶつぶつぶつぶつ。

ぶつぶつぶつぶつ。

[侍従]


ディートリヒシュタイン先生。宮廷ヘアードレッサーのピエール氏がお見えです。

おお、来たか。

プリンスも呼んできなさい。

とうとう、この日が来た。

プリンスの長い髪を切るのだ!

随分伸びて、後ろで束ねてある。

なにしろ、カールする者がいなくなってしまったからな!

[フランス女性の付き人]


(回想)

プリンスは、毎晩、巻紙で髪を巻いて休まれる習慣です。全部で40個ほど、カールを作ります。

いいえ、ディートリヒシュタイン伯爵。

プリンスは賢くお優しいので、わたくしが仕事をしている間、じっとしていて下さいます。

(回想戻る)


けっ!

ディートリヒシュタイン先生。今日こそ、髪を切るんだね?
うむ。

君は、じっとしていなさい。

さあ、ピエールさん、頼みますよ。

ああ、待って!

プリンス。動いてはダメだ。

動いてないよ。
口答えするでない。


では……頼みます。

ちょっと待って!

プ、プリンス、喉は乾いてないかい?

乾いてません。
そうか。うん、そんな気がしただけだ。


では、ピエールさん。お願いします。

まっ、待て!
なんなのさ、先生。
きっ、君は、髪を切られたくはないだろう? ずっと長く伸ばしていたのだし……。
ううん。切りたい。

長いのは、暑いし邪魔だし。それに、女の子みたいでいやだ!

そっ、そうか?

それじゃ、ピエールさん……、

(深呼吸)

ぎゃーーーーっ!

待て待て待て!

もう、先生、何なの?
私は、ええと……、いいから、ちょっと待ってくれ。
だから、なぜ?

ピエールさんが来てくれるの、何度目だと思ってるの?

それなのにまだ、1ミリも、髪を切ってもらってないんだよ?

わ、私は……つまり、私は、こう考えるのだ。

お母さまがウィーンに帰ってこられた時、君の髪が短くなっているのを見て、ショックを受けられるのではないかと……。

[外で待機していた侍従]


(ほっ)

そうだよ。先生は正しい。

プリンスの、あの美しい金色の髪を切ってしまうなんて、もったいない。

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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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