第10話 黄金の鞭

エピソード文字数 1,869文字

[皇帝(フランツの祖父)]


手を焼いているようだな?

[家庭教師のディートリヒシュタイン]


なかなか、手強いです。あえていうなら、さすが、ナポレオンの息子! フォレスチ先生は、振り回されてへろへろになってますし、コリン先生は、埃で窒息しかけました。この私にしてからが、危うく、耳をつぶされるところでした。
ふむ……。
おまけに、いくら教えても、頑として、ドイツ語を使おうとせんのです。あくまで、フランス語で押し通そうとします。
だが、フランスのレディ達にはご帰国願っただろう? あの子の周りは、ドイツ人男性の従者で固めた。彼らは、フランス語は解さない。ドイツ語しか話さないはずだ。

どうしてどうして。

そうすると、今度は、身振り手振りで、意思を押し通そうとするんです。

なるほど……。
いやはや、強情で。おまけに、きかんきで、やんちゃで、腹黒く……、
わしの孫だぞ?
(はっ!)

そうでした。

そんなに恐縮せんでもよろしい。

今のあれは、ただのフランツ君だ。ローマ王でもパルマ小公子でもない。無位無冠の、普通の少年に過ぎない。


わしは、あの子の第二の父親として、あの子に接していきたいのだ。

身に余る光栄です。
あなたが恐縮することはない。

だが、そうだな。

必要なら、ムチ打ちを許すぞ。わんぱく坊主には、それが必要だ。

えっ!?


シェーンブルンの動物園に、ライオンが来た。

大叔父(皇帝の弟)たちと一緒に、フランツも見物に来た。


おおっ!

見たか、フランツ! 猛獣は、ああやって、ムチで扱うんだ!

うん。すごいすごい。
そういえば、お前をムチ打ってもいいって、皇帝(兄上)が、家庭教師の先生方に許可を与えたそうじゃないか。記念に、黄金のムチをプレゼントしようか?
Non!
相変わらず、フランス語しかしゃべらないやつだな。フランツ・カール()が困っていたぞ。
フランツ・カール(叔父さん)は、僕に近づいちゃ、いけないんだ。ザクセンの大伯母様が、パルマのお母さまに手紙を書いて、そうおっしゃったんだって。
いや、まあ、俺にしてみたら、どっちもどっち……。

あ、見ろよ。ライオンがこっちを見てる!

わあ……。

怖いだろ?

怖くなんかありません!
ライオンは、人を食べちゃうんだぜ? お前みたいなチビ、ひと飲みだ。

どうだ?

怖いだろ?

怖くなんかないっ!
ふうん。
うおーーーーっ!

凄い牙だな! あれに噛まれたら、さぞかし痛かろう。つか、死んじゃうぞ……。


な。フランツ。怖いだろ?

怖くなんかないっ!
強情な奴だなあ。

じゃ、お前、ライオンの背中に乗ってみろよ。

おじさんが、抑えててくれたら。
は?
ライオンをおじさんが抑えててくれたら、あの背中に乗ってもいいよ!
皇帝は、プリンスを鞭打つことをお許しになった。この件について、先生方は、どう思われますか?
[フォレスチ先生]


もちろん、反対です。

私は、軍の捕虜になったことがあります。虜囚が鞭打たれるのを、たくさん、見てきた。人を、動物のように扱って、いい筈がありません。まして、我々のプリンスですぞ!?

我々のプリンス?

[コリン先生]


皇帝の采配であっても、私も、反対です。

長きにわたる、皇女様方のご指導で、私は一度たりとも、ムチを使おうと思ったことはありません!

皇女様方と、プリンスは違いますが。
同じです!

プリンスは、混乱されていただけなのです。しかし、改善の兆しが見えてきました。この頃、私が本を読んで差し上げると、熱心に聞いておいでです。

プリンスが本を……?

ほう。

何の本です?

『ロビンソン・クルーソー』です。
『ロビンソン・クルーソー』……。

それは……。

どうされました、ディートリヒシュタイン先生。
『ロビンソン・クルーソー』は、漂流の物語です。

セント・ヘレナへ流されたナポレオンは、ロビンソン・クルーソーごっこをやっていると揶揄した人もいたではありませんか。



※リーニュ公。他にも、「会議は踊る、されど進まず(ウィーン会議)」など。1814年、没。

考えすぎですよ。
きっと、フランスのレディたちが、プリンスに吹き込んでいったに違いない!

全く、なんたる 最後っ屁 失礼、置き土産だ!

(ぷりぷり)

『ロビンソン・クルーソー』は、罪のない、冒険物語です。あの年齢の男の子が、興味を持って当たり前です!
それで、ディートリヒシュタイン先生は、どう思われるのですか?

鞭打ちを、容認なさるおつもりか?

まさか!

教育というものは、魂から魂への伝達です。そのような蛮行が許される筈がない!

良かった。
では、我々家庭教師は、その方針で参りましょう。
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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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