第14話 スウィート・フランツェン

文字数 1,285文字

ディートリヒシュタイン先生。僕に、ドイツ語を教えてください。
ななな、何だって!?

君が、ドイツ語を教えてほしい、だと?

はい。
いったい、どうしたというのだ。

具合でも悪いのか?

いいえ。
あっ!

また、何か企んでいるな? 私をからかって、楽しもうと思っているんだろう!?

あのね、先生。

もうすぐお祖母さまのお誕生日でしょ?

僕、お祖母さまに、お誕生日おめでとう、って言いたいんだ……。

皇妃様の誕生日? 


(傍白)

相変わらず、女性には優しいことだ。宮廷の婦人達の間でも、とても礼儀正しいと評判だ。

だが、いい機会だ。


(フランツに)

よろしい。教えてあげよう。

[宮廷の貴婦人]


はあ……。(ためいき)
[宮廷の貴婦人]


まあ、どうしたの? ため息なんてついて。

ちょっと最近、価値観の大きな変化がありまして。
へえ。どんな?
前よりずっと、フランスの国が、良く見えるようになったんです。

不思議なものですねえ。少し前までは、あんなにフランスが嫌いだったのに!

あら! それは、私も同じよ! 

フランス軍に国を奪われたというのに、今では、フランスが好きになってしまったの!


[フランツ・カール]


(どこからともなく現れる)


物の見え方は変わるものです。おば様方も同じですよ! おば様方も、昔の方が、ずっときれいでした!

まあっ!
フランツ・カール!
へへへへへ……。

(笑いながら、逃げていく)

まあ!

なんておっしゃりようかしら!

……。

(憤然)

[皇妃カロリーネ・アウグステ]※


(ずっとその場にいて、)

……。



※皇帝の4人目の妻。フランツの義理の祖母。母マリー・ルイーゼより1歳年下。

それで、あなたがフランスを好きになったわけだけど、

(話を強引に元に戻す)

もちろん、それは、のせいです。
ね?
ええ、です。

(不意に顔を輝かせ)

まあ、フランツェン!

(部屋に入ってくる)


皇妃様。


(立ち止まる)


Alles gute zum geburtstag!

(お誕生日、おめでとうございます!)

まあ!(感激)
ドイツ語よ! ドイツ語だわ!
とうとう、ドイツ語を話す気になったのね!
ありがとう、私のフランツェン。

可愛い私の、スウィート・フランツェン!

スウィート・フランツェン!?


(ざわざわ)

スウィート・フランツェン!?


(ざわざわ)

おいで、私の孫、

かわいい、大事な、スウィート・フランツェン!

いいえ!

スウィート・フランツェン、ザクセンの大伯母様()のところへいらっしゃい!

(腕を伸ばし、抱きしめようとする)

皆さま方、ずるい!

私の所にも、ねえ、プリンス!

(負けずに腕を伸ばす)

いいえ……。(怯えて後ずさる)


僕は、女の人といては、ダメなんです。

僕は、男の人の中にいるべきなんです!


キリスト聖体の祝日。

城の外には、大勢の人が詰めかけていた。皇帝がベランダへ出ると、人々は、一斉に歓声を上げた。


皇帝のすぐそばに、彼の孫がいた。

フランツは、祖父のコートの裾を、しっかりと握りしめていた。


人々の目は、この、フランスから来た孫に据えられていた。


(フランツに:ドイツ語)

あー。それで、この頃どうだい?
とてもうまくいっています、お祖父さま。

(完璧なドイツ語)

(心の中)

おお!

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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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