第32話 ナポレオンの死

文字数 1,051文字

[家庭教師のコリン先生]


フォレスチ先生! お聞きになりましたか!?

[家庭教師のフォレスチ先生]


ええ、たった今。

どうしましょう。ディートリヒシュタイン先生は、宮廷劇場のお仕事で、お留守です。
ディートリヒシュタイン先生が帰ってこられるまで、待てません。どこでプリンスのお耳に入るか、わかったものではありませんから。
我々のどちらかが、お伝えしなければならないのでしょうね。
時間も、充分に配慮しなければ。夕食後の、心が落ち着いている時間がよいでしょう。
[フランツ 10歳]


(ドアが開き、振り返る)

あ、フォレスチ先生。

プリンス……。

君の御父上のことだが……。

父上!?

(一瞬顔が輝く)

(傍白)


ダメだ!

一気に言ってしまわねば!

元フランス帝国皇帝ナポレオン・ボナパルト陛下におかれましては、5月5日、お亡くなりになられました由、お伝え致します!


大量の涙が、フランツの目からあふれ出た。

フォレスチが予想していたよりもひどく、フランツは泣いた。


コリンがお悔やみを言いに来た時も、彼はまだ、泣いていた。



翌朝。

皇帝夫妻は、馬車を仕立て、狩猟に出かけた。


宮中は、全くいつも通りだった。


[メッテルニヒ新宰相]


ナポレオンは、ライヒシュタット公の父親である。

だから、彼が父の死を嘆くことに反対する先例を、私は見出すことができない。

しかし、彼に仕える者たちまで、ナポレオンの喪に服すべきではない。
[帰ってきたディートリヒシュタイン先生]


(怒)

なんだって! ナポレオンは、我々のプリンスの父親じゃないか!

(怒怒)

まだ子どものプリンスに、たった一人で、どうやって喪に服せというのか!

(怒怒怒)

我々が、プリンスの御父上の喪に服して、何が悪い!


ライヒシュタット公と、彼の家庭教師達は、暫くの間、人前に姿を現さなかった。


[マリー・ルイーゼ]


(手紙)


愛する息子よ。お父さんが亡くなって、あなたがとても悲しんでいると聞いたので、手紙を書きます。

あなたは、父親の美徳だけを受け継ぎ、この悲しい結果を生んだ、父の失敗は避けるよう、心がけねばなりませんよ……。


ナポレオンの死から、3ヶ月後※1、マリー・ルイーゼは、片目の将軍、ナイペルクと結婚している。




この結婚は貴賤婚※2である。ウィーンには、フランツだけでなく、父の皇帝にも秘密にしていた。




さらに、1週間後、マリー・ルイーゼは、ナイペルクとの間の、4人目の女の子を流産した。




※1  8月7日。9月説あり。

※2  領土を増やす為、ハプスブルグ家の大公・大公女は、所領のない者とは、婚姻してはならなかった。

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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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