第4話 百日天下の陰で

文字数 1,114文字


1815年3月。パリ陥落から、約1年後。

ナポレオンはエルバ島を脱出し、パリに返り咲いた。

百日天下の始まりである。


ウィーン会議に集っていた諸王たちは、戦いの準備の為に、各国に散っていった。


うーーん。朝だ。

おはよう、ママ・キュー。

今日は、何して遊ぶ?

ねえ、ママ・キュー。
ママ・キュー?
ママ・キューー!?

あ、フランツが、モンテスキュー伯爵夫人を呼んでいる。

呼んでもダメよ。彼女はもう、いない……。

(声)

ママ・キューーーーーッ!!

彼女がいけないのよ!

私とナイペルクとの仲を穿鑿(せんさく)するから!

もし、あの人(ナポレオン)に知れたら……あの人は、恐ろしい人なのよ!

(声)

ママ・キューーーーーッ!!

どうせ、フランス人従者は、いつまでもウィーンにはいられないのよ。モンテスキュー伯爵夫人だって、いずれ、フランツのそばから追い払われるわ。それが少しばかり早くなったからといって、責められるいわれはないはず! 

(声)

ママ・キューーーーーッ!!
フランツ、全ては、パパ(ナポレオン)が悪いのよ。パパが、エルバ島を脱出なんかするから……。

(声)

ママ・キューーーーーッ!!

(声)

ママ・キューーーーーッ!!

フランツったら、もう、3日も、彼女を呼び続けている。あんなに大きな声で、泣きながら……。

病気になるんじゃないかしら。心配だわ……。


3日3晩、呼び続けて、フランツは、とうとう、諦めた。

それ以降、身の回りの誰がいなくなっても、彼が泣くことはなかった。





ママ・キューの解雇から6週間後。

かつてナポレオンの書記官だったメヌヴァルが、解雇された。



ブログ「メヌヴァル」

ムッシュ・メヴァ。パパのところに行くんだね?


部屋の隅に隠れていたフランツは、メヌヴァルがお別れの挨拶をしに近づいていくと、小声で尋ねた。

メヌヴァルは、頷いた。


パパに会ったら、伝えてほしい。

僕はまだ、パパを愛してる、って!


メヌヴァルは、無事、パリへ帰還し、ナポレオンへこの言付けを伝えることができた。ナポレオンは、何度もメヌヴァルを呼び出して、ウィーンの母子の様子を尋ねたという。


なお、マリー・ルイーゼとナイペルクとの関係は、密偵が探り出していた。だがこの件に関して、帝王は、何も尋ねてこなかった。



やがてナポレオンは、ワーテルローで連合軍に敗れた。


6月22日、ナポレオンは、2度目の退位を宣言した。この日から、ルイ18世のパリ帰還の前日、7月7日までの2週間余りが、ナポレオン2世の在位期間とされる。



もちろん、ウィーンにいるフランツには、何も知らされなかった。

自分が、フランスの帝王であったことも。

父親が連合軍に惨敗して、南大西洋に浮かぶ絶海の孤島、セント・ヘレナへ流されたことも。


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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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