第5話 Vive le Napoléon II !

文字数 867文字


フランツには、ドイツ風の教育が施されることになった。また、彼の所持品……玩具や衣類など……からは、ナポレオンを表す「N」や、鷲の紋章などが、削り取られた。


保安上の懸念から、フランツ達は、ウィーン郊外の夏の離宮シェーンブルン宮殿から、街中のホーフブルク宮殿に移された。


歴代の皇帝が、建て増し建て増しして造られた、暗い、迷路のような宮殿である。


ちらり

(部屋の中を覗く)

僕は、この部屋には入らないぞ!

だって、あの侍従がいるからな!

私は侍従ではない。

君の、新しい家庭教師だよ。


モーリツ・ディートリヒシュタイン伯爵、40歳。宮廷歌劇場の支配人でもある。

彼は、ナポリで、ナポレオン軍と戦った。規律に厳格な、堅苦しい人物である。


フランス語しか話そうとしないフランツに、彼は、敢然としてドイツ語を教え始めた。


(朗読)

「きつねは、ぶどうの木を見上げ、」
[エミール:フランス人の付き人の子]


(絨毯の上を転がる)

ごろごろごろ

ごろごろごろ

(朗読)

「きっと、あのぶどうの実はすっぱいに違いないと、」
(転がり続ける)

ごろごろごろ

ごろごろごろ

こらっ!

せっかく、珍しくもこの私が、フランスの絵本を、フランス語で読んでやっているというのに……。

いったい、何のためだと思ってるんだ!?

教育のため、でしょ?
うぐっ! うぐぐ……。

違う! 君らの娯楽の為だ!

ごらく、って何? 食べれるの?


あっ! 寝る時間だ!

ねえねえ、ローマ王。

明日もまた会えるように、いつものパスワードを言うよ!

うん。

パスワード?


いやいや、ローマ王ではない!

プリンス、と呼びなさい。

うるさいなあ。ドイツのおじさんは、黙ってて!

いい?


Vive le Napoléon II !

(ナポレオン2世、万歳!)


おやすみなさい、ローマ王!

おやすみ、エミール。
[傍白]

なんてこった……。プリンスは、ドイツの貴公子だ。ナポレオン2世などと、呼ばせてはいかんのだ。


きっと、まだ居残っているフランスの付き人どもが言っているのだな。この分では、プリンスの耳に、どんなことを吹き込んでいるか、わかったものではない。彼らは危険だ……。

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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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