第21話 パパは貧乏してるの?

文字数 1,149文字

フォレスチ先生、壁の、ここのところに掛けてあった肖像画はどうしたの?

[家庭教師のフォレスチ先生]


肖像画?
素敵な肖像画が2枚、飾ってあったんだよ!
見たことないねえ。どんな肖像画だい?
僕のママと……パパのだよ!
さあ。知らないなあ。

(平然)

(心の中)

やっぱり!

先生方は、パパの話をしたがらない! それでもって、僕がパパの名前を出すと、困った顔をするんだ!

(何気ない口調で)

あー、フランスのレディ達が持って帰っちゃったんだな、きっと!

…………。


(本当は、所蔵庫に隠した)

(けれど、嘘はつけない)


…………。

[家庭教師のディートリヒシュタイン先生]


(歴史の授業)

あー、フランス王制における税の徴収は……、

(口を出す)

フランスは王制じゃないよ! フランスには皇帝がいたんだ!

いいや、フランツ君。フランスは今、王制を敷いている。
(心の中)


「今」?

「王制」?

僕のパパは、皇帝だった!

だから、フランスは、帝政だったんだ!

……。

(否定はしない)


……。

(だが、それ以上は言えない)

ねえ、コリン先生。僕のパパは今、インドの島にいるの?
(心の中)

パパについての、心配な噂を聞いた!

早くパパの居場所を探り出さなくちゃ!

[コリン先生]


(ぎょっ)

いいや。

じゃ、きっと、アメリカにいるんだね?
なんでまた、アメリカにいると思ったんだい?
じゃ、僕のパパはどこにいるのさ?
教えてあげられない。
前に、フランスのレディ達は、パパはイギリスにいると言った。でも、彼は逃げ出したんだ!



※ナポレオンの流刑地、セント・ヘレナ島はイギリス領。

いいや。それは正しくないね、フランツ君。

君のパパは、イギリスにはいないよ。


(傍白)

少なくとも嘘ではない。ナポレオンは、イギリス本土にいるわけではない。

僕はね……。


(急に弱気)

パパが貧乏(Elend)してるんじゃないかと、とても心配なんだ。

貧乏(Elend)だって!?

新しい従者たちが話しているのを聞いたんだ! パパが貧乏してる、って!

(傍白)

ドイツ語のElend(エレ・ント)は、フランス語のSaint-Hélène(ヘレ・ヌ)(セント・ヘレナ)と発音が似ている!

それにしても、彼は、なんて悲しそうな顔をしてるんだ!




あー、フランツ君。君は、そんなことがありうると思うのかい?

フランスの皇帝だった君の父上が、貧乏してるだなんて!

そうだよね! ありえないよね!

(ほっ)

フランツ君。

今日はもう少し、ドイツ語の聞き取り(ヒアリング)の練習しようか……。


その頃、セント・ヘレナ島では……。


ここに来るより、オーストリアの祖父(皇帝)に育ててもらった方が、あの子の為かもしれない。

だって、ここでは、ろくな教育も受けられない。

教師だけではない!

料理人も医者も司祭も……、ここでは、ありとあらゆる人材が不足している!
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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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