第22話 花の好きな皇帝

文字数 1,182文字

[オーストリア皇帝フランツ]


どうだ。美しいだろう? (わし)の育てている花たちは。

はい! 

花は美しいだけじゃなくて、化粧水にしたり、砂糖漬けにできるものもある。何より、花を見ていると、心が和むだろう?

うん!

(あちこち駆け回る)

ああ、こら、球根を踏むなよ……。


(傍白)

フランツは、父親(ナポレオン)のことを知りたがっていると、家庭教師から聞いた。知りたいなら、教えてやってもいいと思う。ただ、外相のメッテルニヒが……。

[オーストリア外相メッテルニヒ]


(回想)

危険です。ナポレオンの部下たちが、街のあちこちに潜んでいます。父親のところへ連れて行ってやると言われれば、プリンスは、たやすくついていってしまいます!

彼には、何もお教えしないのが一番です。知らなければ、相手の話が嘘か本当か、判断がつきませんからね。そうそう、誘拐犯の言うことを信じないでしょう。
ナポレオンの部下たちだけではありません! 王党派*の連中も、彼を狙っています。やつらの手にかかったら、プリンスは、殺されてしまうかもしれないんですよ!



※フランスのブルボン派。ナポレオンの息子は、ルイ18世よりはるかに、パリでは人気があった。

(ぶるる)

誘拐なんて!

お祖父様!

薔薇がきれい!

(我に返る)

おお、満開だな。ちょうどよい季節だ。儂が手塩にかけて育てた薔薇たちだよ。

(傍白)

ほら! いい子じゃないか!

花を愛する優しい子なんだ、フランツは!

いい匂い……。
(何気なく)

中国には、紅茶の匂いがする薔薇があるそうだ。

知ってる! 嗅いだことある!

紅茶の匂いはしなかったけど、甘くていい匂いだったよ!

知ってるって……。


(傍白)

あれは、ヨーロッパでは、マルメゾン*の庭園にしかないはずだぞ!



※ナポレオンの先妻、ジョゼフィーヌの邸宅

 ブログ「ジョゼフィーヌ」

(フランツに)

どこで嗅いだんだ?



(傍白)

マリー・ルイーゼ(私の娘)は、尻軽な先妻(ジョゼフィーヌ)との会見を、断固として拒んだと言っていたが……。
んー、フランスかな。

きれいなレディーのお家でだよ。



小説「ナポレオン2世ライヒシュタット公」『払われた犠牲の大きさ』

やっぱり!



(傍白)

家庭教師たちが言っていたのは、本当だな。この子は、フランスにいた頃のことを、よく覚えている。たったの2歳かそこらまでしかいなかったというのに……。

お祖父様! 僕、あっちの鳩を見てくるね!

(駆けだす)

ああ……。


(傍白)

フランツにとっては、宝物なんだ。フランスにいた頃の記憶……、父親の記憶も!

フランツ。

どうか、父親(ナポレオン)のような誤った道を辿らないでおくれ。お前は、花を愛する、優しい貴公子でいておくれ。

[外国からの大使]


フランツ帝はどこだろう? ここにいると聞いてきたんだが。花壇で蹲っている庭師しかいないじゃないか!



(庭師に)

皇帝はどこにいるんだ?

あ?
げっ! 皇帝陛下!
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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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