第18話 だって秘密だから

文字数 1,566文字

(ひとりで)


ここのみんなは、僕のことを、フランツ君、とか、プリンス、とか呼ぶ。


だけどフランスでは、僕は、ローマ王だった。王様だったんだ! page(お付きの召使い)だって、ちゃんといた!


でも、ローマ王って、何?


どうやらフランスは、オーストリアに負けたらしい。最初は勝ってたんだけど、でも、最後に、負けちゃったんだ……。

僕が一番心配なのは、パパのことだ。パパは、今、どこにいるのだろう……。パパに会いたい……。
僕がパパのことを話すと、みんな、黙ってしまう。だから、何も聞けない。どうしたらいいだろう……。


作戦が必要だ!

僕は、「あること」を知っているよ! でも、誰にも教えてあげないんだ。だってそれは、秘密だから!

(心の中で)


きっと、先生方はこう言うよ。


「秘密だって? なんだい、それは。フランツ君、教えておくれ!」


ってね!

そしたら、僕は、パパのことを、いっぱい話すんだ! お返しに、先生たちも、パパが今、どこでどうしているか、教えてくれるはず!
[反応その1:フォレスチ先生]


秘密ね、はいはい(お見通し)。さ、教科書を開いて……。

[反応その2:コリン先生]


秘密か。難しい言葉を知ってるね! えらいえらい。その調子で、こっちの単語も覚えようか。

[反応その3:ディートリヒシュタイン先生]


秘密? 何を言ってるのかね、君は! そんな夢想ばかり語っていると、ろくな人間にならんぞ!

(心の中で歯ぎしり)


うーーーーーっ!

でも、お祖父様なら、きっと!


皇帝は、皇妃と共に、朝食を孫と一緒に摂ることにしていた。

朝食なら、執務が忙しくても、時間を合わせることができるからだ。


お祖父様。前に、僕には、側仕えの召使い(page)がいました。

(心の中)


ローマ王は、王様だったんだ。王様には、"page" が付き物だからね! いわば、話のとっかかりさ!


(心の中)


だけど、先生たちは、僕が "page(召使い)" って言うと、必ず本の話をするんだ。あれは、わざと間違ってるんだ。僕に「ローマ王」の話をさせない為に。

丸わかりさ!

(心の中)


お祖父さまはどうだろう……。

無視されないかな?

(どきどき)

page……ああ、召使いか。

うん、そんなのがいたな。

(あっさり)

(歓喜!)


(意気込んで)

そのころ僕は、王様でした。「ローマ王」って呼ばれていたんです。

でも、お祖父様。「ローマ王」って、何?

[祖父の皇帝、オーストリア皇帝フランツ]


うーーん。難しいことを聞くな。お前がもう少し大きかったら、説明するのは簡単なんだが……。
(心の中)


やっぱりお祖父様だ! 話をそらしたりしない! ちゃんと教えて下さる!

たとえば、儂は、「エルサレム王」という呼び名を持っている。けれど、エルサレムを治めているわけではない。



※かつて、オーストリア皇帝が、神聖ローマ皇帝だったときの名残り。

……
それと同じことだよ。

お前が前に、「ローマ王」と呼ばれていたのは、儂が今、「エルサレム王」と呼ばれるのと、全く同じことだ!


(自分の説明に大満足)

(心の中)

僕が知りたいのは、そういうことじゃない!!!


[蛇足:知りたい方だけ]


「ローマ王」というのは、ナポレオンが息子フランソワ(フランツ)につけた名前です。本来の意味は、神聖ローマ帝国で、「次に皇帝になる人(皇帝の跡取り)」を指す言葉でした。


なお、フランツの祖父は、元々は、神聖ローマ帝国の皇帝でした(ナポレオンのせいで、神聖ローマ帝国は、解体を余儀なくされたわけですが)。


かつての神聖ローマ帝国になぞらえ、また、その皇帝の孫にあたることから、ナポレオンは、自らのフランス帝国の跡取りとして、我が子フランツに、「ローマ王」の名前を授けたのです。


この名は、彼が生まれる前から考えられていました。ちなみに、女の子だったら、「ベネツィア姫」だったといいます。

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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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