第8話 フランツ VS 先生方②

文字数 2,151文字

[叔父のフランツ・カール]


(ドアを開け、そっと覗く)

へい、フランツ。また何かやらかしたのか?

…………。

(お仕置きの為、部屋に閉じ込められている)

なんだ、まだ、ドイツ語、しゃべれねえの? ちっ、困ったなあ。俺は、フランス語は苦手なんだよ。あ、できないわけじゃないぞ……。

!!!

ああ、わかったわかった。しゃべないんじゃない、しゃべないんだよな。お前はフランス語しかしゃべらない。


(傍白)

でもどうやら、こっちの言ってることはわかってるようだぞ?


(フランツに)

わかってるなら、ドイツ語でしゃべれよ。


(無言で首を横に振る)

(ため息)

ほんと、強情なやつだよ。
(つん!)
今度は何をやったんだい? まあ、だいたい、想像はつくけど。先生に口答えしたか、物を壊したか、騒ぎまわったか……そのどれかだろ?
!!!
全部か!? ほんと、よくやるよ。

でも、こんなとこに閉じ込められてたら、退屈だろ? 連れ出してあげたいんだけど、そんなことしたら、俺が説教食らうしな。苦手なんだよ、あのディ、なんとかいう伯爵……。


そうだ。ちょっとした暇つぶしをあげるよ。



!!

そんなに驚くなって。お前だってよく、物を壊してるじゃないか。


ほら、ソファーのここに、ナイフでこう、切れ目を入れてあげたから、……な? 中から詰め物が取り出せるぞ?

♪♪♪…… 


ほら、こうやって、ぱあーーーってやると、雪みたいだろ? な?


(ぱあーーーーっ)

(ぱあーーーっ)


♡♡♡

な、楽しいだろ? ぱあーーーっ!


あ、足音! やべ、誰か来た。あばよ、フランツ。また後でな!

(部屋から出ていく)

(ぱあーーーっ)

(ぱあーーーっ)


ディートリヒシュタインとフォレスチ、こわもて二人が手を焼いているので、新たな家庭教師が投入された。マテウス・フォン・コリン、37歳。哲学、歴史、金融などの専門家であり、詩や文芸にも秀でている。彼は、マリー・ルイーゼの妹(皇女)たちの家庭教師を務めた、教育のベテランだ。
ディートリヒシュタイン先生が、お仕置きで閉じ込めたって言ってたな。もうずいぶん時間が経つぞ。様子を見てくるか。
(半狂乱)


ぱあーーーっ!

ぱあーーーっ!

うわっ! フランツ君、これは何だ!?
あっ、コリン先生!

雪! 雪だよ!!

雪、って……。

わっ、チンツ張りのソファーが、滅茶滅茶じゃないか!

埃がいっぱい飛び散って、

げほげほ

(綿埃で咳き込む)

雪、雪、わーーーい!


(部屋中を駆け回る)

こらっ! 走るな! よけい、埃が!!!


げほっ! げほっ!

ぴたり。

(立ち止まる)


何があっても、平常心を失ってはいけないよ、コリン君!
ううう、鼻と喉が詰まる。息が苦しい……。

誰か! 誰か! このソファーと埃を片付けてくれ。

……げほげほげほ……。

(首を横に振りながら)


コリン君、不運は、自分で打ち負かさなくちゃ。

ο+ゝ♪ο+ゝ♪ο+ゝ
ああ、止め止め。

全く、君は、音痴だな。こう、歌うんだよ。


・。♪・。♯・。♪・。♯

♪*゜・ □ *゜・ □*
止め止め! 全くもって、なってない! 君の歌を聞いてたら、頭が痛くなりそうだ!


(傍白)

父親に似たに違いない。ナポレオンも音痴だったっていうから……。

(むっ!)


いいんだよ! 音楽なんて、軍隊の鼓笛隊さえあれば!

はあ? 宮廷歌劇場支配人たる私に、なんてこと、言うんだ?

鼓笛隊だって? 

ありゃ、音楽とはいえんぞ。太鼓とラッパが鳴ってるだけじゃないか

鼓笛隊! 鼓笛隊が一番だ!
モーツァルトとかハイドンとかベートーヴェンとか……。音楽の都、ウィーンにいながら、君は、なんたる……、
鼓笛隊!

鼓笛隊!


ギャーーーーーッ!

うっ! 出た! 超音波
ギャーーーーッ!

ギャーーーーッ!

ギャーーーーッ!

音楽を愛する繊細な私の耳に、そのようなけたたましい声を……!


(耳を塞ぎながら、フランツに近寄る)


こらっ!

(フランツの舌を指でつまむ)

うぐっ!
[宮廷の貴婦人]


まあまあ、ディートリヒシュタイン先生。確かにこの子はナポレオンの息子です。けれど、公平に言って、今のは、彼のせいじゃ、ございませんことよ。

はいぃぃぃ?

(思わず、フランツの舌を摘まんだ指が緩む)


(その隙に、素早く逃げ出す)


べーーーーっ!

(フランツに)

あっ、こらっ!


(出かかった悪態を危うく引っ込め、憮然)


(貴婦人に)

では、誰のせいだと?
叔父(私の甥)の、フランツ・カールですわ。あの子が、ディートリヒシュタイン伯爵対策として、教えたんですわ。


▼▼


回想(食事中)


かーん、かーん、かーん!

(スプーンでグラスを叩く)

うっ、うるさい!

止めたまえ、フランツ君!

(知らん顔)


がこーん、がこーん、がこーん!

(フォークでスープ皿を叩く)

こらっ、止めんか! 耳がおかしくなりそうだ!
がちゃーん、がちゃーん、がちゃーん!

がちゃガチャッ

ほら見たことか!

皿が割れたじゃないか!

私が食事を済ませるまで、廊下で立ってなさい!

まったく、なんてひどい音を立てるんだ! 私は、騒音だけは耐えられないんだ!

[隣のテーブルで食事をしていたフランツ・カール]


にかっ(笑う)


(おもむろに立ち上がり、フランツの後を追う)

(一部始終を見ていた)

………………。


▲▲


回想終わり


ねえ、ディートリヒシュタイン先生。私があなたなら、ナポレオンの息子に、あの困った紳士を近づけませんけどね!

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登場人物紹介

フランツ(フランソワ)


ナポレオンとオーストリア皇女、マリー・ルイーゼの息子。父の没落に伴い、ウィーンのハプスブルク宮廷で育てられる。


無位無官のただの「フランツ君」だったのだが、7歳の時、祖父の皇帝より、「ライヒシュタット公」の称号を授けられる。

ディートリヒシュタイン伯爵


フランツにつけられた、コワモテ家庭教師。家庭教師は他に、フォレスチコリンがいる。

オーストリア皇帝フランツ


フランツの祖父。なお、「フランツ」の名前は、ナポレオンが、この祖父から貰った。

マリー・ルイーゼ


フランツの母。ナポレオンと結婚したご褒美に、ウィーン会議の時、パルマに領土を貰う。

片目の将軍(後パルマ執政官)ナイペルクと、絶賛恋愛中。

ナイペルク


皇帝がマリー・ルイーゼにつけた護衛官。後、パルマ執政官。家庭教師のディートリヒシュタインとは古い友人。

ナポレオン


エルバ島に封じられてから、百日天下を経て、セント・ヘレナ島で亡くなるまでの時代設定です。

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