あまり知られていない話だが、現存するポストアポカリプス空間がある。
鎌倉市のはずれ、森の中にひっそりとたたずむ野村研究所だ。
今は廃棄されており、当時の賑わいを全くイメージできない。
この空間へ続く道が、森に閉ざされ、紫陽花に閉ざされ、小鳥たちの声が行く手を塞いで、まるで天国に連れていかれるような、半分そういう気分でフロムはそこに立っていた。
蓮はこんな場所興味ないのだが、フロムがついて来いというから、付き合ってあげたのだ。
おおよそ2棟の白いコンクリートの巨大な建物、その間を2階建ての渡り廊下がつないでおり、フロムはその橋の下に入ってゆく。蓮は危ないとみじんも思わない。この建物、というより遺跡は、あと100年は少しも劣化しないであろうと見て取れるからだ。
幽霊なんて出ないわよ。だって、ここでは誰も死んでいないでしょう?
そうかしら、古代遺跡だって幽霊出るなんて話聞かないわよ。考えすぎじゃない?
遺跡でないせよ、人に使われなくなったら自然と遺跡になっちゃうわね。
確か、バブルがはじけて、資金難になったそうね。それで廃棄されたわけだけれど、人が作ったものなんてそんなものじゃない?
蓮は思った。
ニヒルも何も、フロムはこの世界に流れているルールについて知らない。
何もかもが変わってゆく、というルールを。
フロムは渡り廊下をまたいでそのまま奥へ行った。
蓮もついていく。
すると、野村研究所の裏庭に出た。
そこは少し開けたところに、森が容赦なく侵食してくる空間で、草は生え、ツタが絡まり、コンクリートの建物が自然に食われていく様子が見て取れた。
一見グロテスクなその様子が、蓮には美しく見えた。自然が、人間の作ったものを自然に還そうとしている。それにはなん1000年もかかるだろうが、その果てしない時間を想って、蓮は言葉にできない思いを持った。
どうということもないわ。ただ、そうね、時の永さに思いをはせた、ってところかしら。
ここへ来たいって言ったのはあなたじゃない。あなたこそ何か感じるものはないの?
だってさ、今世の中がそれなりに繁栄してるけど、それが終わったら全部こうなっちゃうんでしょ。なんだろうね、夢でも見ていた、みたいな気分かな。
森が建物に迫ってくる中、木陰に紫陽花が咲き乱れていることにフロムは気付いた。
木陰の中にたたずむ無数の紫陽花が、思うにこれから降る雨を予言しているのではないか、そういう気分にさえなった。
それはわからないわ。花は、虫が蜜を得るために近づいてくるんだもの。虫じゃないとわからないわよ。
花が綺麗なのは虫をおびき寄せるためで、その美しさの本質は人間の知るところではないわ。
これで雨が降ってきたら、さぞ綺麗なのにね。人間にはわからないんだ。
うーん、どうかなあ。本当の紫陽花の美しさを知らないっていうのも少しロマンチックだけどね。
空の雲行きが本格的に怪しくなってきた。蓮は早く雨宿りのできるところに行こう、と思った。
フロム、雨降りそうだわ。せっかっくだけど、そろそろ切り上げましょう。
帰り道、舗装されているとはいえ、やはりそこも自然に侵食されている空間、そこを歩いている間に雨がぽつぽつと降りだした。
凄いね、これこそまさに、自然的なものって感じだね。
フロムは立ち止まって振り返って、雨の中の、自然に飲み込まれている建物を見てこういった。
なんだろうね、私都会育ちだから思うけどさ、自然に帰りたいなって。
2018年8月31日追加
作者からのメッセージ
ここだけが異様に閲覧数が伸びている、やっぱ画像付きは注目度高いなー!
それはさておき、ネットの情報にかく乱される愚かなチルドレン(本作は大きなお友達向けに制作されてはいるのだが)のみんなのために、
『旧野村研究所への行き方』を解説していこう。
あまりにも廃墟すぎて何もないから、実際に行って面白くなくても作者を非難するのはやめよう。
作者の画像処理ソフトが無料のため、あまり画質がよくないが、旧野村研究所はここにある。
君たちがグーグルマップで検索しても表示されない、半ば歴史の闇から排除された存在だ。
最寄り駅はモノレールで、東海道線の大船から出発して3駅で湘南深沢に到着する。
そこからは徒歩だが、道は舗装された道路なので安心してほしい。
当たり前の話だが、文明社会がかつて存在していたところなので、水道はない、コンビニはない、お土産を買うお店もないの3重苦、気軽に立ち寄る観光スポットではないので注意してほしい。