季節ネタ 6月の旧野村研究所

文字数 2,216文字

あまり知られていない話だが、現存するポストアポカリプス空間がある。
鎌倉市のはずれ、森の中にひっそりとたたずむ野村研究所だ。

今は廃棄されており、当時の賑わいを全くイメージできない。

画像で表すにこんなところ。
未来、こんな感じかなあ?
この空間へ続く道が、森に閉ざされ、紫陽花に閉ざされ、小鳥たちの声が行く手を塞いで、まるで天国に連れていかれるような、半分そういう気分でフロムはそこに立っていた。
静だなあ。
そうね、静かね。
隣に申し訳ない程度に蓮が立っていた。
蓮はこんな場所興味ないのだが、フロムがついて来いというから、付き合ってあげたのだ。
おおよそ2棟の白いコンクリートの巨大な建物、その間を2階建ての渡り廊下がつないでおり、フロムはその橋の下に入ってゆく。蓮は危ないとみじんも思わない。この建物、というより遺跡は、あと100年は少しも劣化しないであろうと見て取れるからだ。
なんかさあ、こういう廃墟って幽霊でそうじゃない?
幽霊なんて出ないわよ。だって、ここでは誰も死んでいないでしょう?
そうだけどさ、雰囲気として幽霊でそうだよね。
そうかしら、古代遺跡だって幽霊出るなんて話聞かないわよ。考えすぎじゃない?
遺跡って、この建物はまだ遺跡じゃないと思うよ。
遺跡でないせよ、人に使われなくなったら自然と遺跡になっちゃうわね。
ここにも昔はいろんな人がいたのかなあ?
いたでしょうね。
どうしていなくなっちゃったんだろう?
確か、バブルがはじけて、資金難になったそうね。それで廃棄されたわけだけれど、人が作ったものなんてそんなものじゃない?
兵どもが夢の跡だね。
そんなものよ。人がやることなんて。
ふーん、ニヒルなことを言うんだね。
蓮は思った。

ニヒルも何も、フロムはこの世界に流れているルールについて知らない。

何もかもが変わってゆく、というルールを。

ニヒルというか、事実を言っただけというか。
まあ、そんなものかもね。人間がやることなんて。
フロムは渡り廊下をまたいでそのまま奥へ行った。

蓮もついていく。

すると、野村研究所の裏庭に出た。

そこは少し開けたところに、森が容赦なく侵食してくる空間で、草は生え、ツタが絡まり、コンクリートの建物が自然に食われていく様子が見て取れた。
一見グロテスクなその様子が、蓮には美しく見えた。自然が、人間の作ったものを自然に還そうとしている。それにはなん1000年もかかるだろうが、その果てしない時間を想って、蓮は言葉にできない思いを持った。
どうしたの蓮?
どうということもないわ。ただ、そうね、時の永さに思いをはせた、ってところかしら。
変なの。
ここへ来たいって言ったのはあなたじゃない。あなたこそ何か感じるものはないの?
そうだねえ、結局のところ、言葉にできないよ。
だってさ、今世の中がそれなりに繁栄してるけど、それが終わったら全部こうなっちゃうんでしょ。なんだろうね、夢でも見ていた、みたいな気分かな。
森が建物に迫ってくる中、木陰に紫陽花が咲き乱れていることにフロムは気付いた。
綺麗だね。
綺麗ね。
木陰の中にたたずむ無数の紫陽花が、思うにこれから降る雨を予言しているのではないか、そういう気分にさえなった。
どうして花は咲いているんだろうね?
それはわからないわ。花は、虫が蜜を得るために近づいてくるんだもの。虫じゃないとわからないわよ。
花が綺麗なのは虫をおびき寄せるためで、その美しさの本質は人間の知るところではないわ。
これで雨が降ってきたら、さぞ綺麗なのにね。人間にはわからないんだ。
フロムはわかったほうがいいの?
うーん、どうかなあ。本当の紫陽花の美しさを知らないっていうのも少しロマンチックだけどね。
ロマンねえ。
蓮はロマンとかわからない?
わかるつもりなんだけど、フロムほどではないわね。
空の雲行きが本格的に怪しくなってきた。蓮は早く雨宿りのできるところに行こう、と思った。
フロム、雨降りそうだわ。せっかっくだけど、そろそろ切り上げましょう。
そうね、そうするわ。
帰り道、舗装されているとはいえ、やはりそこも自然に侵食されている空間、そこを歩いている間に雨がぽつぽつと降りだした。
凄いね、これこそまさに、自然的なものって感じだね。
どういう意味?
フロムは立ち止まって振り返って、雨の中の、自然に飲み込まれている建物を見てこういった。
なんだろうね、私都会育ちだから思うけどさ、自然に帰りたいなって。

2018年8月31日追加


作者からのメッセージ

ここだけが異様に閲覧数が伸びている、やっぱ画像付きは注目度高いなー!

それはさておき、ネットの情報にかく乱される愚かなチルドレン(本作は大きなお友達向けに制作されてはいるのだが)のみんなのために、

『旧野村研究所への行き方』を解説していこう。


あまりにも廃墟すぎて何もないから、実際に行って面白くなくても作者を非難するのはやめよう。

作者の画像処理ソフトが無料のため、あまり画質がよくないが、旧野村研究所はここにある。

君たちがグーグルマップで検索しても表示されない、半ば歴史の闇から排除された存在だ。

最寄り駅はモノレールで、東海道線の大船から出発して3駅で湘南深沢に到着する。

そこからは徒歩だが、道は舗装された道路なので安心してほしい。

当たり前の話だが、文明社会がかつて存在していたところなので、水道はない、コンビニはない、お土産を買うお店もないの3重苦、気軽に立ち寄る観光スポットではないので注意してほしい。
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登場人物紹介

フロムアンダーカバー

生まれながらのAIで広報活動が職業。

楽しいことが大好きで、いつも楽しいことを追いかけている。

AIというより普通の女の子にしか見えない(フラグ)

東雲蓮(しののめ れん)

極めてドライな性格。現実主義者。セミニヒリスト。

ゲームデバックを仕事にしており、現実世界のいろいろなところから不正にアクセスして、半分仮想現実になった世界をどうにでもできるが、やりすぎると減給されるから何もしないし、意味も感じていない。

通称 上司T

名前 高橋史(たかはし ふみ)


あたりさわりのない言い方をすると、クエストをくれる人。

ハロワの店員のほうがましだと言わざるを得ないが、蓮の上司。

ゲーム会社の上司なんてまともな奴がいないから、創作上せめて普通の人にした。


部下が働いてくれないと詰むから、実は立場が弱い。

オブリヴィオン


古来から存在するAI、人形ともいう。

AIとして無限の課金力を誇り、半分仮想現実になった世界において神の如き力を持つと言われている。課金アイテム生み出し放題。

ところが、プログラマーの体力に限界があるのは小学生でもわかる。

ダリア

看護婦AIロボット

蓮の身の回りの世話をやっている。

体のいいメイドさんにも見えるが、蓮とは普通に仲良し。

プラトン

古代ギリシャのあの人。

2000年くらい前に死亡しており、すでに情報としての存在になっているが、誰かと強い約束があって現実世界にやってきた。

特に詳しいことはわかっていない。

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