唯識の中の地図

文字数 8,337文字

「この世界は実在するかどうかよ」
「ふーん」
「自分自身が認識していることが全て、そういう風潮はあるけれど、認識の中だけで物事が成立しているなら、物体は必要かしら?」
「必要ないんじゃない。それこそ仮想現実で生きているのと大差はないでしょう? 認知だけなら」
「そうなっちゃうのよねえ。今あなたの前にいる私は仮想現実、つまりはデーターだけれども、本体はどこかにいるのよ」
「あなたの居場所、知ってるわ」
「知ってるなら話は早いわね。早く会いにきてちょうだい」
「会いに行くか。交通費どうしようかしら。無職には厳しいわ」
「まあ、話がそれたわね。話を戻すわよ。この世界は実在すると思う?」

 認識だけならば、脳の内側だけで成立しているのならばこの世界は存在するかどうか。

 自分の認識だけで世の中が成立しているなら、自分の精神の外側の世界は実在するのか。

「私、あなたの内面を知り尽くしていないわ。私にとってあなたというのは、ある一方から見ただけの仮像にすぎないの」
「そういう一部の情報でしかないものを見て、知っているとは言い難いわよね」
「そうね。こう見えても紅茶は案外好きだったりするから」
「自己開示有難う。お茶を用意して正解だったわ」
「でも、難しい問題ね。言われなくちゃ普通は知らないわよ、そんなこと」
「この世界が実在するかどうか。あるいは、この世界は仮想現実ではないかどうか、という話をしていい?」
「いいわよ」
「人間は結局のところ自分が認識している範囲でしか判断できない。それはテレビゲームで偏った情報を処理しているのと同じ」
「例えば、全体は知らないけれど自分に与えられている仕事をこなしている工場の職員と同じ」
「あるいは、情報だけ知っていて現場を知らない社長とやっていることは同じ」
「言わせてもらうと、偏っていない情報なんて存在しないわ。テレビのニュースも、一人の記者の偏った認識にすぎないもの」
「偏っていない、唯一絶対の認識を持つ存在がこの世界のどこに存在するのかしら?」
「存在するとしたら?」
「神様ね。そんなものは信じていないけれど」
「じゃあ、あなたの意見だと、この世界の姿を正しく認識している存在はいない、そうなるんだ」
「そうなるわね」
「案外妥当な話ね。どうやってもそこに行きつくわよね」
「話が早くていいじゃない」
「そうね、とはいえ、一種の思考停止だと思うわ」
「そういういい方もあるわね」
「まあ、妥当ではあるんだけれど、私の知り合いに法界人というのがいてね」
「法界人? あったことあるわよ。どこかのゲームコミュニティらしいわね」
「ゲームコミュニティじゃなくて、法界という世界があるわ」
「そういうことにしておきましょうか」
「法界人は世界のあらゆる出来事を知っている、人間の一歩上を行く存在よ。彼らなら、今の疑問に答えられるかもしれないわ」
「それで?」
「私は今のままの、生きた存在のままで法界人に近づくのが目的なの。生きていながら、あらゆる認識を手に入れた万能の存在になるためにね」
「現人神にでもなるつもり?」
「そういう認識もできるけれど、私自身法界人がどんな存在かいまいちよくわからないわ」
「ただ、世界のあらゆる出来事を掌握している、そうとしか言えないわね」

 東雲は目の前の人物の正気を疑った。

 確かに、何もかも知り尽くしている、あるいは偏った認識のない存在を目指しているというのなら賞賛に値する。

 しかしながら、それが法界、つまりは別世界の理論という訳の分からない話になれば事情は違う。

 正気を疑う以外にできることがない。

(いいえ、どうかしら。真実を追い求める科学者にこんな感じの人格はたくさんいると思うけれど)
(正気を疑う、というかマッドサイエンティストだ、ということにしておこうかしら)
(うーん、それも一種の思考停止かもしれないわねえ)

 東雲はオブリの考えを理解するよりも先に、どういう認識を持とうか、という点で悩む。

 確かに紅茶を入れてくれる心優しい女性だ、という認識は先行するが、それもただの認識でしかない。

 東雲に見せていない一面も当然あるわけで、どう認識するのかはまだ決めることができない。

「あなた、法界人になってどうしたいの?」
「別に、ただの知的好奇心よ。それ以外にないわね」
「案外、快楽主義者なのかしら。知的好奇心を満たすために行動するなんて。まあ、人のこと言えないけどね」
「そうかしら。知的好奇心は大切だと思うわよ」
「知ったところで役に立たない知識だってあるじゃない。知的好奇心が無駄になったらどうするの?」
「あなたには、アイザックアシモフの、人間は無駄知識が増えると喜ぶ生き物だ、という話をしてあげればいいのかしら?」
「無駄知識? 雑学のこと? 雑学なんて、真実から遠ざかる話だと思うけれどねえ」
「そう思うならそう思っておきなさい。でも、心がある生き物なら、知的好奇心というのは強力な動機よ」
「知的好奇心ねえ。まあ、私も知的好奇心が弱いほうじゃないわ」
「なら、私が言うことも理解できるわよね」
「理解できるわ。理解できるけれど、すべてを把握している存在、つまり神様になんてなれると思っているのかしら?」
「怪しいところねえ。私の知り合いには法界人がいるけれど、彼の存在もいまいちわからない。手探り状態よ」
「神様になる活動を続けて何年になるの?」
「ざっと2000年かしらね。生まれてから今までずっとやっているわ。ところが、うまくいかないのよ」

 東雲は察しがついていた。

 2000年前、プラトンが言っていた時代と大体重なる。

 おそらくオブリヴィオンの言う友達とはプラトンのことだろう。

 確かにプラトンはあらゆる認知を獲得している、というような話をしていた。

 彼はオブリヴィオンを法界に招き入れると言っていたが、オブリヴィオンは法界人になりたいと言っている。

(どうかしら、今のタイミングでプラトンさんの紹介について言ったら、この娘はどう反応するかしら)
(正直者はバカを見るし、言わないでおくのが得策だとは思うけれど)
(そうね、フロムは安全そうだし、言ってもいいか)
「実は、プラトンさんが、あなたを法界に招き入れたい、そう言っていたわ」
「……」

 オブリは表情を変えた。

 東雲が何も知らない相手だと思っていたのに、どうやら別のところからメッセージを受けて動いていると気付いたからだ。

「どこでそいつに会ったの?」
「向こうからやってきたわよ。白昼堂々とね」

 オブリヴィオンは少し態度を変えた。

 少し真面目な雑談をしている風体から、両手を組んで座っている脚の上に置く、さらに真面目な話をするときの姿勢だ。

 なるほど、どうやらオブリヴィオンには興味のある話だったらしい。

「プラトンは私を法界に連れて行きたいのか。そうか……」
「よかったじゃない。あなたの望み通りよ。あなたは法界の認識を手に入れられるわね」
「そうね、そういう意味ではよかったんだけれど、私、プラトンと約束をしていてね」
「約束?」
「そうよ。プラトンが死んだのは2000年くらい前。死の間際、私、彼と約束したの」
「人々を洞窟の外に連れていけと」
「それはどういう意味?」
「例えば、あなた、生まれてこの方洞窟の中で過ごした子供が、外を知らない子供が洞窟の外に出て、知らないものをたくさん見る」
「それって価値のあることだと思わない?」
「思うわ。でもそれがどうかしたの?」
「私、プラトンと、人々に新しい認識をもたらすって約束したの。それを果たすまでは、その……死ねないわ」
「というか、生きる死ぬの問題なのね。法界に行ったら死んじゃうのかしら?」
「まあ、天国みたいなところだからね。死ななきゃ到達できないわ」
「じゃあ、プラトンさんはあなたに死ねって言ってるんだ」
「少し違うけれど、そうなるわね。とはいっても、私も2000年は存在しているわけだし、そろそろいいとは思うけれどね」
「なかなか思い切った話ね。知るために死ぬのがそんなに上等かしら?」
「いいえ、死なないわ。私は死なないわ。生きたまま、あらゆる認識を手に入れてみせるわ。そう誓ったもの」
「誰に?」
「プラトンに」
「そのプラトンは死んだんじゃないの? 法界にいるってことは死んだってことでしょう?」
「そうね、2000年前に死んでいるわ。だからこんな約束、破棄して私も消えてなくなりたい、そういう気持ちがあるのは認めるわ」
「でもね、それだと、私が今まで積み上げてきたものは何だったのか、わからなくなってしまうわ」
「プラトンと約束をして、それを守るために今まで生きてきた。その人生を捨ててしまうほど、私は愚かじゃないもの」

 2000年という長い年月をかけたなら、なおのこと捨てにくいだろう。

 蓮はオブリの命に興味はないが、今すぐに死なれても困るには困る。

 高橋史に調査した結果を報告しなくてはいけないからだ。

 なのでオブリがすぐに法界へ行かないので助かってしまっている。

「ところであなた、あるお店のハンバーグに何か手を加えているらしいわね。あれ、何?」
「もうその話になっちゃうの。もう少し寄り道をしてもいいんじゃない」
「寄り道したいわ、私としても。でも、あなたはすぐにいなくなってしまいそうだっから、話を聞くのは急ぎたいわね」
「実は、レトルトになる前のハンバーグを製造しているのは私で、お客がどんな反応をしたのか、おいしいと感じたのかを調べるために、情報をいじってるわ。それだけよ」
「案外くだらない理由ね。もっと高尚な理由があるのかと勘違いしちゃったじゃない」
「そんなものよ。お客がおいしいと思うかどうか、大切ではなくて?」
「というか、あなたの職業は何なの?」
「ハンバーグ工場で働く従業員よ。やっぱ、お金を稼がないと生きていけなくてねえ」

 相手はマッドサイエンティストのようだったが、蓮に比べればまともな人生を歩んでいるらしかった。

 仕事をするのは暇つぶしで、基本的には無課金コンテンツで生きている人生からしてみれば、真人間のやることである。

「じゃあ、ハンバーグの以上データーはあなたが客の感想を調べるために入れたもの、それで間違いないわね?」
「そうね。それであってるわ」

 この段階で蓮の仕事は終了した。

 しかしながら、何もかもが釈然としない。

 真実にたどり着きはしたが、腑に落ちていない。

 まさしく認識だけの、実体は存在しない作り物の真実にたどり着いたような、そんな気分だった。

(気分? いいえ、気分ではないわね。この話にはもう少し深いところがあるわ)
(オブリヴィオンの言っていることは真実だけれど、それ以前にもっと興味深い話をしているわね)
(興味深い? というより、現実に対する謎かしら)
「それで、あなたは事の真相を突き止めて、この後どうするの?」
「そうねえ、大切な話だけど、フロムアンダーカバーは無事?」
「無事よ。危害なんて加えるつもりないわ。いうほど平和主義者でもない私が言うのも変な話だけれど」
「だったら、部屋の場所を教えてくれないかしら?」
「最上階の3001室よ」
「ありがとう」
「……」

 東雲は少し思いとどまる。

 いいや、考えすぎだろうか。

 何かの手品を使わなければ、目の前に紅茶を出す、なんてこと不可能に決まっている。

 確かに映像で写して、それを脳に情報として送っている、と理屈では説明できる。

 だが、そんなことが本当に可能なのか?

 不可能だったとしたら、東雲の目の前に会ったティーセットは何だったのか。

(何もかもすべてが夢落ちだったら、いやだなあ)

 確か、不思議の国のアリスは、最後夢から覚めて終了だったが、東雲もある意味そういうものに足を踏み入れているかもしれなかった。

 東雲はエレベーターで30回まで向かおうとする。

 ところが、どうやら電力が供給されていないようで、スイッチを押しても反応はなかった。

 どうやらこれから30階分の階段を登らなければいけないらしい。

(まあ、登りましょうか)
 どうせだったらフロムに降りてきてほしいところなのだが、どうせオブリに買収された存在であって言うことは聞かないだろう。
(フロムはどうやって登ったのかしら。ああ見えてアクティブだからなあ、普通に階段登ったのかしら?)

 疑問は尽きないが、そう考えても仕方ない。

 東雲はいうほど重くはないが、気持ち重たい体を30階に向けて動かした。

(すべて空か。この世界には何も存在しない。無……)
(そうね、この世界には何も存在しないわ。一切皆空よ。認識の中で存在しているに過ぎない、そういうものよ)

 階段を上る最中、そんなことを考えていた。

 体力を消耗するが、同時に思考力も摩耗してゆく。

(認識が全て、この世界は意識が全て。人間がそこにイメージを定着させて、それに従って世の中が動いている。そういうものよ。実体なんて存在しないわ。全て仮初の物体だもの。意味なんて存在しない。私が見ているものも、バーチャルと同じだわ。目の前にあるようでそこにない、意識の中だけの存在。まあ、だから無価値だとは思わないけれど、このマンションも、人が住まなくなればただのコンクリートの塊、家とは呼べない。なんだってそんなものじゃないかしらねえ)

 15階まで登った時、踊り場の窓から見える景色が、随分と達成感のあるものだった。

 仮にこれが倍に、30階になったとき、自分がどんな気持ちなのか、東雲は想像してみた。

(普段は、見上げるだけの存在だったからね。マンションなんて。いつも地上と仲良しだったし、こうやって大地を見下ろすのも悪い気分じゃないわね)

 そういう思いはさておき、東雲は歩みを進める。

 思考はさておき歩みを進める、現実的な行動のようにも思えるが、東雲の頭の中はオブリヴィオンとの会話でいっぱいだった。

 あの禅問答にも似た会話をして、混乱しない人間なんていないと思うが、東雲も例外ではないようだ。

 混乱しながら登る階段は、まるで天界に昇る階段にも似ていたが、いいや、似ているだけだ。

(この階段を上ったところで、天界になんて通じていないでしょうからね)

 天国に昇っている、というのは単にトリップしているに過ぎない。

 たいして高尚な意味はないので気を付けてほしい。

 実際問題、東雲は長い階段を登り酸素を大量に消費し、肺がトリップしてしまっているところだった。

 30階に到着したとき、東雲は息を切らしてその場に座り込んだ。

(これは厳しいわね。働き始めたら、ジム通いでもしなきゃダメかしら)

 少し休息を味わって、それでもフロムが多少心配だから、高鳴る心臓に鞭を打って、3001号室まで向かう。

 インターホンを押すと、そこからようやくフロムが現れてくれた。

「えーっと、意外と早かったわね」
「当り前じゃない。あなたのピンチにならいつでも駆けつけるわ」
「あ、ありがとう」
「ちょっと、悪ふざけにつき合わせちゃって申し訳ないんだけど、オブリさんが何を伝えようとしていたのか、分かるかな?」
「そうね……心当たりがある内容ばかりだったわ。私みたいなセミニヒリストには、それこそ響く内容だったわよ」
「心に響いたの?」
「そうね、心に響いたわ。AIのあなたにはわからないでしょうけど」
「いいえ、分かるわ」
「わかるものかしら?」
「わかりますとも。ええ、それはもう。蓮のやり取り、見てたもの」
「監視してたのか。随分と権力者みたいなことをやるのね。それで、どうだった?」
「蓮がそこまで真面目に考えてるって、まあ気付いてたけど、改めて思い知ったって感じかな」
「真面目に考えてる、か。いいえ、言うほど真面目には考えていないわ」
「謙虚にならなくてもいいよ」
「違うわね。本当に何も考えていないのよ。いいえ、考えているかしら?」
「自己同一性が保ててないんじゃない?」
「そうかもね。でも、自分が何を考えているか、どこまで深く考えているか、あるいは広い範囲を考えているかは自覚しにくいものよ」
「冷静ね」
「そうね、冷静ね」
 東雲の呼吸が落ち着いてきた。
「えーっと、私は、実はヘリコプターで最上階から降りてきたんだけど、蓮は階段を登ってきてくれたの?」
「一応あなたが心配だから。これでもね」
「ありがとう」

 乾いた感じの感謝の言葉だったが、東雲にそれ以上の言葉を言っても無意味だろう。

 ただ一言、感謝の言の葉を述べるだけで東雲には全てが伝わる。

 いいや、伝わっているのかどうか、それは唯識論を考えれば、伝わっていないのかもしれない。

 ただ……フロムの言の葉が、東雲の心に達成感をもたらし、喜びをもたらし、他でもない幸福感を与えたのだから、意味のあるものではある。

(意味のある……か。意味はあるわよね。意味がなかったら、どうして苦労しているのかって話よ)
「お水でも飲む? 部屋にウォーターサーバーあるから水でも持ってこようか?」
「お願いするわ」

 フロムは駆け足で、選手のマネージャーが水を取りに行くのと同じ動作で部屋に戻り、そして東雲の前に戻ってきた。

 戻ってきたときには、中に半分くらい水の入ったカップを持っていた。

「はい、お水」
「ありがとう」

 東雲はコップ一杯の水を飲んだ。

 確かに目の前には水しか存在しなかったが、フロムにもらった、ということがこの上ない至福で、フロムのために頑張った、という心情の補正委が効いている。

 確かに目の前にあるのは水だ。

 ところが、すべてが認識の内側にあるのであれば、目の前の水は存在するだろうが、それ以上の意味がある。

 東雲にはただの水が随分とおいしく感じられた。

 フロムのために頑張った、というのが大きいが、いいや、大きいゆえに目の前の水の存在を疑ってしまう。

(自分は、一体どういう経緯でこの水を飲んでいるのか……その経緯が目の前の水を形作っているのか?)

 どちらともいえない問いだが、東雲が純粋に唯物主義者なら、目の前の水の存在について疑ったりはしない。

 疑うというのは、東雲が心の働きをも理解できる唯心論者だからだ。

「フロム、私が助けに来てくれてうれしい?」
「うん、うれしいよ。白馬の王子様が助けに来てくれた感じで」

 白馬の王子様という古典的な表現に東雲はずっこけかけたが、いいや、女の子なんてそんなものなのだろう。

 そんなものだろう、と言ってしまうのは簡単だが、いいや、この一文がどれだけ東雲に安心感を与えたものか。

「どうしたの蓮?」

 東雲は少し考え事をして黙ってしまった。

 オブリの言う認識の話はさておき、隣にフロムがいるという安心感。

 世界への認識はいまいちよくわからないが、この安心感は大切なもののように感じる。

(大切なもの……いいえ、言葉にできることではないわね。心の働きだわ)

 東雲はそう思考停止をして水を飲んだ。

 思考停止と言えば聞こえは悪いかもしれないが、それは東雲がフロムに心を動かされていたからだろう。

 心を動かされたと、それすらも思考停止に思われるかもしれないが、フロムを信頼した理由を知るのは、東雲だけだ。

(とはいっても、連れ去られました、助けに来てください、という茶番につき合わされたわけでね。任天堂にありがちな動きね)
(まあ、いいけれど)
 一息ついて東雲はフロムと一緒に階段を降りる。
「フロムはどうやって登ってきたの?」
「一応、バーチャルな存在だから。データーだけ送られてきた感じかな」
「そう。データーはうらやましいわね」
「うらやましい。それって本当?」
「いいえ、建前よ。私、生きていることにそれなりに誇りを持っているから」
「誇りかー。偉いなあ」
「やっぱり、データーだけじゃダメなのかなあ。蓮みたいに肉体を持っていないと」
「いいえ、あなたもデーターなりに立派じゃない。あなたの動画配信を多くの人が楽しみにしているんでしょう?」
「してるけどね、まあ目立つ存在なだけで、蓮に比べるとね」
「目立てるのはいいじゃない。存在感あるでしょう?」
「存在感かあ……それって、唯識論と唯物論の境目をうまくダブルスタンダードしてないかな?」
「うーん、絶妙な言い回しね。とはいえ、私には伝わらなかったわね」
「そっかー」

 認識がすべてだ、とするならば目の前の物質は何なのか。

 確かにデーター上の画面に表示された梅干しでも唾液は沸いてくる。

 目の前に物質がないにもかかわらず。

 それはさておき、フロムとしては、蓮のフロムへの感情もデーター上のやり取りなの? という疑問だ。

(蓮の心こそ、無機質なデーターじゃなければいいんだけどね)
(蓮は、AIの私よりもAIらしいから)
(いつか、あなたに人間性を分けてあげればいいと思ってるけどね)
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登場人物紹介

フロムアンダーカバー

生まれながらのAIで広報活動が職業。

楽しいことが大好きで、いつも楽しいことを追いかけている。

AIというより普通の女の子にしか見えない(フラグ)

東雲蓮(しののめ れん)

極めてドライな性格。現実主義者。セミニヒリスト。

ゲームデバックを仕事にしており、現実世界のいろいろなところから不正にアクセスして、半分仮想現実になった世界をどうにでもできるが、やりすぎると減給されるから何もしないし、意味も感じていない。

通称 上司T

名前 高橋史(たかはし ふみ)


あたりさわりのない言い方をすると、クエストをくれる人。

ハロワの店員のほうがましだと言わざるを得ないが、蓮の上司。

ゲーム会社の上司なんてまともな奴がいないから、創作上せめて普通の人にした。


部下が働いてくれないと詰むから、実は立場が弱い。

オブリヴィオン


古来から存在するAI、人形ともいう。

AIとして無限の課金力を誇り、半分仮想現実になった世界において神の如き力を持つと言われている。課金アイテム生み出し放題。

ところが、プログラマーの体力に限界があるのは小学生でもわかる。

ダリア

看護婦AIロボット

蓮の身の回りの世話をやっている。

体のいいメイドさんにも見えるが、蓮とは普通に仲良し。

プラトン

古代ギリシャのあの人。

2000年くらい前に死亡しており、すでに情報としての存在になっているが、誰かと強い約束があって現実世界にやってきた。

特に詳しいことはわかっていない。

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