第22話 理想の美少女

文字数 2,311文字

 小学6年生になった。
 紆余曲折の末に、去年の秋から再び一緒に登校するようになった桜子と健斗は、変わらず幼馴染としての関係を育んでいた。今では健斗は外野の声に耳を貸すこともなくなり、誰に冷やかされようとも平然とした態度を崩さなくなった。

 10月の水泳大会が終わるまで、桜子は髪の長さを現在の両肩に触れる程度に保つことにした。そのため定期的に美容室へ通っているのだが、そこでは美容師から溜息を吐かれることが多い。
 白人種特有の桜子の髪は、何もしなくても全体的に緩くウェーブしている。言わば天然のソバージュヘアのようなその髪をいじる度に、美容師は羨望の眼差しを送ってくるのだ。

 一方で桜子は、友人たちのような黒い直毛に憧れていた。そこには、自分だけが目立ちたくないという潜在化した意識が働いていたのかもしれないが、いずれにせよ彼女は、皆が言うほど自身の髪に思い入れはなかった。それらを一言で片づけるなら、やはり「隣の芝生は青く見える 」ということなのかもしれない。


 身長は伸び、桜子は現在150センチに達していた。
 これは小学6年生の平均身長を3センチほど上回るものの、特に長身というほどでもない。しかし、小さな顔と高い頭身によるスラリとした体形のために、実際よりもずっと背が高く見えた。

 白人種の特徴として、顔の彫りが深く、早熟であることから実際の年齢よりも上に見えがちだが、桜子の瞳は少々異なり大きくぱっちりとしている。やや垂れ目がちなその青い瞳は、年齢相応の幼さを感じさせる絶妙なバランスを保っていた。

 スラリとした体型の白人美少女でありながら、幼い顔立ちの桜子。

 一部の好事家にとっては、抗いがたい魅力を放っていたのだろう。その事件は起こるべくして起きたのだった。


 ◆◆◆◆

 
 季節は7月中旬。
 次第に陽光が強くなり、薄着になる季節がやってきた。

 土曜のその日は、商工会の打ち合わせで忙しい浩司の代わりに、桜子が朝から店の手伝いをしていた。
 その日は特に暑かった。大きな麦わら帽子をかぶり、白いワンピースにピンクのサンダルを合わせた桜子が、強い日差しを避けながら店の前の道路へ打ち水をする。通りがかる人々に挨拶を交わながら、小林酒店の看板娘として一生懸命に仕事をこなしていた。

 それを道路脇の電信柱の陰からジッと見つめる一人の男。
 その男の名は箱根晃(はこねあきら)。彼は半年前、仕事帰りに寄ったコンビニで、母親らしき女とともに入店してくる一人の少女を見かけた。そしてその姿に、息が止まるほどの衝撃を受けたのだった。

 一部の隙もない完璧な容姿。
 箱根にとってその少女はまさに理想だった。

 対面にある水泳教室からの帰りだろうか。細くふわふわとした白金色の髪がしっとり濡れて、それが未成熟な青い性の魅力を醸している。
 
 母親は普通の日本人のようだ。
 ――ということは、あの子は白人とのハーフだろうか。

 まさに天使。いや、女神か。
 この世のものとは思えない、神懸った少女の愛らしさに魅入られた箱根は、その少女を手に入れたくなった。自分のものにしたくなったのだ。

 欲望に駆られた男の行動は早かった。
 箱根が少女の家を突き止めたところ、そこは古くから商店街にある老舗の小林酒店だった。そして、少女の名が「桜子」であることも判明する。
 白人の外見を持ちながら純和風の名前を持つ桜子に、箱根はさらに魅了された。

 父親らしき男も、母親らしき女も、その両方ともが日本人であるにもかかわらず、桜子だけが白人であることが箱根には不思議でならなかった。もしかすると、あの二人は桜子の両親ではなく、親戚の子を育てているのかもしれない。そう彼は考えた。

 桜子について知れば知るほど、箱根はもっと知りたくなり、桜子が店の手伝いをしている曜日と時間帯を調べ上げ、いつしか客として小林酒店を訪れるようになった。



「いらっしゃい、箱根さん。今日は何にしますか?」

 桜子ちゃんは3回目の来店で僕の名前を覚えてくれた。なんて賢い子なのだろう。
 彼女はあの男と女をお父さん、お母さんと呼んでいるので、おそらく血の繋がらない親子なのかもしれない。たとえ血が繋がらなくても親子になれるなら、僕も桜子ちゃんと家族になれるはずだ。

 間近で見た桜子ちゃんは、思っていた以上に愛らしかった。髪の色は白に近い金色で、まつ毛も金色でとても長い。大きな右目のまぶたの横には、小さなほくろがある。普段はたれ目がちな上瞼に隠れて見えないけれど、僕はそのほくろの存在を知っている。

 僕が店に行くと、桜子ちゃんはいつも満面の笑顔で迎えてくれる。彼女はきっと僕のことを好きなんだと思う。36年間生きてきて、僕のことを好きになってくれたのは桜子ちゃんが初めてだ。僕も君のことが好きだから、これで相思相愛だね。
 
 桜子ちゃんはハムスターが好きなんだって。チャンスがあったら一度飼ってみたいと言っていた。だから僕はハムスターを飼ったんだ。べつに僕はハムスターなんて好きじゃないけど、桜子ちゃんのためにハムスターを飼ったんだよ。

 今日はそれを告げにきたんだ。桜子ちゃんなら、きっと喜んでハムスターを見るために僕の家へ来てくれるだろう。

 それにしても、今日の桜子ちゃんもとっても可愛いよ。可愛いよ、桜子ちゃん。
 打ち水のせいで服が濡れて、パンツのラインが透けてるよ。お胸はまだ膨らんでいないけれど、膨らんじゃったらせっかくのスレンダーな体が台無しだからね。桜子ちゃんは今のままがいいと思うよ。

 柄杓(ひしゃく)を上下する度に、綺麗な白い(わき)が見えている。なんて無防備で、なんて素敵なのだろう。

 あぁ、早く家に連れて帰らなくっちゃ。
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