第17話 前世の記憶
文字数 2,694文字
桜子は前世の記憶が気になって仕方がなかった。両親や周囲の友人たちは、普段そのような話題を口にすることはない。つまり、この奇妙な夢のような記憶は、自分だけが見ているものなのではないかと思うようになった。
実生活に影響がない以上は、このまま胸の中に秘めていても問題はないと思ってみたものの、やはり気になるものは気になる。なので桜子は、気の許せる友人に相談することにした。
桜子はとりあえず、田中陽菜 に尋ねてみようと思った。
陽菜は1年生からの同級生で、腰まである長い髪を左右の三つ編みにして背中に垂らした小柄で可愛らしい女の子だ。性格は真面目で大人しい。
陽菜ならば自分が口にする奇妙な質問にも、決して他言せずに秘密を守ってくれるに違いない。彼女は頭が良くて知識も豊富だ。だから何か手がかりを持っているかもしれないと桜子は考えた。
待ちわびた休み時間が訪れて、桜子は教室の隅で周りの目を気にしながら陽菜にそっと声をかけた。まるで秘密の告白を彷彿とさせるその様子に、陽菜は怪訝な表情を隠そうとしなかった。
「ねぇ陽菜ちゃん。前世の記憶の話って聞いたことある?」
「えっ? なに?」
桜子の質問の意味を理解することができずに、陽菜は口を開けたまま呆然とした。しかし桜子はその反応に気を取られることなく、落ち着いて話を続けた。
「前世だよ、前世。自分が産まれる前の、まだ別の人間だった頃の話。昔の記憶とか、思い出とか、景色とか」
「……あぁ、前世、前世ね。なんかアニメで見たよ、そんな話」
「いや、アニメとかじゃなくて、本当の話で」
陽菜は顎に手を当て、深く考える様子を見せた。これほど突飛で予想外の質問にもかかわらず、真剣に答えを出そうとする彼女の真摯さは、桜子にとって信頼に値するものだった。
「なんかさ、前にテレビで見たことがあるよ。えっと、確か……自分が生まれる前を知っている子供の話だったような……」
さすがは陽菜だ。もしもこれが友里だったら「馬鹿じゃないの? そんなことあるわけないじゃん!」と一蹴されていただろう。予想通りの結果に満足する桜子。彼女へ陽菜が話を続けた。
「あぁ思い出した。なんか、そういう記憶を持って生まれた子供の話だったよ。その子は曾おじいちゃんの記憶があったみたい」
「曾おじいちゃんの?」
「そう。そういうのって、親子とか親戚の間で多いらしいよ。っていうか、きっとそんな関係だからこそ子供の言っていることが正しいってわかるんだろうけどね」
「ふぅーん……じゃあ、前世の記憶を持つ人は、全然いないわけじゃないんだね」
「たぶんね。まぁ、本当かどうかはわからないけど。テレビの話だし。それに前世の記憶って大人になると忘れちゃうらしいよ」
「そ、そうなんだ……。ねぇ陽菜ちゃん。もしも……もしもだよ? あたしにその前世の記憶があるって言ったらどう思う? 信じてくれる?」
「えっ……?」
陽菜は桜子をじっと見つめ、彼女が本気で話しているのか、それとも冗談を言っているのかを見極めようとする。対して桜子も深刻な面持ちで陽菜を見返した。その真剣な眼差しは、自分のの話を受け止めてほしいという意志を明確に表していた。
「それってどういうこと? 詳しく聞かせてくれる?」
興味を引かれたらしい陽菜が話に食いついてくる。そして桜子が何かを言おうと口を開きかけたとき、後頭部に鋭い視線を感じた。
ゆっくりと振り返る桜子。見ればその視線の主は友里だった。目を細め、探るように二人の様子を見るその眼差しには嫉妬の光が浮かんでいた。
桜子と陽菜が教室の隅で密談を交わしているのを見た友里は、自分がその輪に入れてもらえないことに不快感を覚えたらしい。その視線は、自分の居場所を見つけようとする焦りと、排除されたことへの憤りを含んでいるように見えた。
突き刺さるような友里の視線。耐えきれなくなった桜子は、とりあえず今は話を終わらせることにした。
「ご、ごめん陽菜ちゃん。この続きは放課後でいい?」
「そ、そうだねっ」
察した陽菜も慌てて相槌を打った。
◆◆◆◆
放課後。
事前に打ち合わせをしたわけではなかったが、まるで申し合わせたように桜子と陽菜が一緒に教室から出てくる。その後を友里が追いかけて来た。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あんたたち! さっきからなにコソコソしてるの!? ひょっとして私に言えないこと!?」
二人のやり取りに疎外感を覚えた友里が、拗ねた表情を浮かべながら割り込んでくる。唇はわずかに尖り、頬は不満げに膨らんでいた。
「ねぇちょっと! 仲間外れなんて寂しいじゃない! 私も仲間に入れてよ!」
友里の剣幕と物言いに、陽菜がどうしようかと桜子へ視線を送る。すると桜子は、陽菜と一緒ならばおかしなことにはならないだろと判断して口を開いた。
「うん。ちょっと気になることがあって、陽菜ちゃんに相談していたんだ。これから詳しく話をするところなんだけど、せっかくだから友里ちゃんも聞いてくれる? でも内緒だよ。誰にも言わないでね」
「う、うん、いいよ。私も聞く。相談に乗るよ。誰にも言わないから」
明らかに真剣な表情と口調の桜子に、思わず友里も神妙な顔つきで応じる。これはいつも軽快な彼女からは少々外れた反応で、見れば背筋もしゃんと伸びていた。
こうして二人が、静かな空き教室で事の顛末を語り始ると、友里はいつものように茶化すことなく真剣に話を聞いてくれた。
そしてその日はそれぞれに予定があったので、続きは明日にするとして話をそこで終えた。
桜子が記憶の中に見る「鈴木秀人」という人物は、この小学校の卒業生である可能性が高いと考えられた。そこで、過去の卒業アルバムを調べることで真実が明らかになるのではないかと思い至り、担任教師へ相談を持ちかけた。
しかし個人情報の保護を理由に、第三者への閲覧は許可できないという答えが返ってきてしまい、ここで卒業アルバムの線は潰えてしまった。
「あのさ。鈴木って人は交通事故で死んだんだよね? それじゃあ、ニュースになっているんじゃない? ネットで検索してみた?」
陽菜のその提案を、まるで漫画のように掌をポンと叩いて友里が賛同した。
「そうだよね。ぜんぜん気付かなかった。――それで桜子、どうなの? 調べてみた?」
「あ……うち、パソコンないし。パパもママもガラケーだし……」
「それじゃあ、うちに来る? お母さんに頼めばパソコン使わせてくれると思う」
「おぉ、さすがは陽菜、使えるじゃん! それで決まり!」
こうして今週末の土曜の午後に、皆で陽菜の家に集合することになったのだった。
実生活に影響がない以上は、このまま胸の中に秘めていても問題はないと思ってみたものの、やはり気になるものは気になる。なので桜子は、気の許せる友人に相談することにした。
桜子はとりあえず、
陽菜は1年生からの同級生で、腰まである長い髪を左右の三つ編みにして背中に垂らした小柄で可愛らしい女の子だ。性格は真面目で大人しい。
陽菜ならば自分が口にする奇妙な質問にも、決して他言せずに秘密を守ってくれるに違いない。彼女は頭が良くて知識も豊富だ。だから何か手がかりを持っているかもしれないと桜子は考えた。
待ちわびた休み時間が訪れて、桜子は教室の隅で周りの目を気にしながら陽菜にそっと声をかけた。まるで秘密の告白を彷彿とさせるその様子に、陽菜は怪訝な表情を隠そうとしなかった。
「ねぇ陽菜ちゃん。前世の記憶の話って聞いたことある?」
「えっ? なに?」
桜子の質問の意味を理解することができずに、陽菜は口を開けたまま呆然とした。しかし桜子はその反応に気を取られることなく、落ち着いて話を続けた。
「前世だよ、前世。自分が産まれる前の、まだ別の人間だった頃の話。昔の記憶とか、思い出とか、景色とか」
「……あぁ、前世、前世ね。なんかアニメで見たよ、そんな話」
「いや、アニメとかじゃなくて、本当の話で」
陽菜は顎に手を当て、深く考える様子を見せた。これほど突飛で予想外の質問にもかかわらず、真剣に答えを出そうとする彼女の真摯さは、桜子にとって信頼に値するものだった。
「なんかさ、前にテレビで見たことがあるよ。えっと、確か……自分が生まれる前を知っている子供の話だったような……」
さすがは陽菜だ。もしもこれが友里だったら「馬鹿じゃないの? そんなことあるわけないじゃん!」と一蹴されていただろう。予想通りの結果に満足する桜子。彼女へ陽菜が話を続けた。
「あぁ思い出した。なんか、そういう記憶を持って生まれた子供の話だったよ。その子は曾おじいちゃんの記憶があったみたい」
「曾おじいちゃんの?」
「そう。そういうのって、親子とか親戚の間で多いらしいよ。っていうか、きっとそんな関係だからこそ子供の言っていることが正しいってわかるんだろうけどね」
「ふぅーん……じゃあ、前世の記憶を持つ人は、全然いないわけじゃないんだね」
「たぶんね。まぁ、本当かどうかはわからないけど。テレビの話だし。それに前世の記憶って大人になると忘れちゃうらしいよ」
「そ、そうなんだ……。ねぇ陽菜ちゃん。もしも……もしもだよ? あたしにその前世の記憶があるって言ったらどう思う? 信じてくれる?」
「えっ……?」
陽菜は桜子をじっと見つめ、彼女が本気で話しているのか、それとも冗談を言っているのかを見極めようとする。対して桜子も深刻な面持ちで陽菜を見返した。その真剣な眼差しは、自分のの話を受け止めてほしいという意志を明確に表していた。
「それってどういうこと? 詳しく聞かせてくれる?」
興味を引かれたらしい陽菜が話に食いついてくる。そして桜子が何かを言おうと口を開きかけたとき、後頭部に鋭い視線を感じた。
ゆっくりと振り返る桜子。見ればその視線の主は友里だった。目を細め、探るように二人の様子を見るその眼差しには嫉妬の光が浮かんでいた。
桜子と陽菜が教室の隅で密談を交わしているのを見た友里は、自分がその輪に入れてもらえないことに不快感を覚えたらしい。その視線は、自分の居場所を見つけようとする焦りと、排除されたことへの憤りを含んでいるように見えた。
突き刺さるような友里の視線。耐えきれなくなった桜子は、とりあえず今は話を終わらせることにした。
「ご、ごめん陽菜ちゃん。この続きは放課後でいい?」
「そ、そうだねっ」
察した陽菜も慌てて相槌を打った。
◆◆◆◆
放課後。
事前に打ち合わせをしたわけではなかったが、まるで申し合わせたように桜子と陽菜が一緒に教室から出てくる。その後を友里が追いかけて来た。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あんたたち! さっきからなにコソコソしてるの!? ひょっとして私に言えないこと!?」
二人のやり取りに疎外感を覚えた友里が、拗ねた表情を浮かべながら割り込んでくる。唇はわずかに尖り、頬は不満げに膨らんでいた。
「ねぇちょっと! 仲間外れなんて寂しいじゃない! 私も仲間に入れてよ!」
友里の剣幕と物言いに、陽菜がどうしようかと桜子へ視線を送る。すると桜子は、陽菜と一緒ならばおかしなことにはならないだろと判断して口を開いた。
「うん。ちょっと気になることがあって、陽菜ちゃんに相談していたんだ。これから詳しく話をするところなんだけど、せっかくだから友里ちゃんも聞いてくれる? でも内緒だよ。誰にも言わないでね」
「う、うん、いいよ。私も聞く。相談に乗るよ。誰にも言わないから」
明らかに真剣な表情と口調の桜子に、思わず友里も神妙な顔つきで応じる。これはいつも軽快な彼女からは少々外れた反応で、見れば背筋もしゃんと伸びていた。
こうして二人が、静かな空き教室で事の顛末を語り始ると、友里はいつものように茶化すことなく真剣に話を聞いてくれた。
そしてその日はそれぞれに予定があったので、続きは明日にするとして話をそこで終えた。
桜子が記憶の中に見る「鈴木秀人」という人物は、この小学校の卒業生である可能性が高いと考えられた。そこで、過去の卒業アルバムを調べることで真実が明らかになるのではないかと思い至り、担任教師へ相談を持ちかけた。
しかし個人情報の保護を理由に、第三者への閲覧は許可できないという答えが返ってきてしまい、ここで卒業アルバムの線は潰えてしまった。
「あのさ。鈴木って人は交通事故で死んだんだよね? それじゃあ、ニュースになっているんじゃない? ネットで検索してみた?」
陽菜のその提案を、まるで漫画のように掌をポンと叩いて友里が賛同した。
「そうだよね。ぜんぜん気付かなかった。――それで桜子、どうなの? 調べてみた?」
「あ……うち、パソコンないし。パパもママもガラケーだし……」
「それじゃあ、うちに来る? お母さんに頼めばパソコン使わせてくれると思う」
「おぉ、さすがは陽菜、使えるじゃん! それで決まり!」
こうして今週末の土曜の午後に、皆で陽菜の家に集合することになったのだった。