第4話 神様?

文字数 2,538文字

 気が付くと目の前は真っ白だった。

 ん? 
 俺は地面に倒れていたのではなかったか。
 
 ――あぁ、ここは病院か。
 きっと桜の病院だな。
 病院の目の前で倒れたのだから、そのままそこへ担ぎ込まれたのだろう。

 ――にしては変だな。ここは病室ではないようだし。
 そもそもベッドに横たわっている状態ではない。うーむ……

 周囲を再度確認する。
 そこには床も天井も壁もなく、俺はただ真っ白な空間に浮かんでいた。
 
 もしかして、ここはいわゆる「あの世」って場所なのか? 
 ということは、やっぱり俺は死んだのか?

 あぁ、神様教えてくれよ……


「あぁ、そのとおりじゃな」

 どこからともなく声が聞こえてくる。思わず周囲を見渡すと、目の前に白いジジイが現れた。
 
「誰が『白いジジイ』だ。失礼な奴め。ここが『あの世』なのかとお前の方が訊いてきたのじゃろが」

 なぬ? 心の中が読めるのか?
 じゃあ、やっぱり神様なのか?

「そうじゃよ。儂はお前達が神と呼んでいる存在じゃな。まぁ、もっとも、神の定義も色々あるが」

 そ、そうか、神か。
 本当にいたんだな。

 でもやっぱり神ってジジイなんだな。テレビやマンガのそのままだ。

「見る者の意識で儂らの姿は如何様(いかよう)にもなる。この姿はお前が思い描く神を表現したにすぎぬ」

 ――ということは、俺の中での神様がセクシー姉さんだったなら、ここにもそれが現れるということか? ならば、ぜひそれでお願いしたい。

「その通りじゃが、もはや手遅れ。まったく残念じゃったのぅ」

 くそう、マジか。マジなのか。
 今からでもチェンジしてくんねぇか、おいジジイ。

「えぇ加減にせんかい、まったく口の減らん奴じゃ。――まぁよい。ところでお前は死んだ。なにか言いたいことはあるか?」

 随分とまたストレートな物言いだな。それに、何か言いたいことと言われても……あぁ、そうだ、アレだ。

「おい。あの親子は助かったのか?」

「神に対してタメ口とは……まぁよい、教えてやろう。あの親子は無事じゃよ。母親は手と足に擦り傷を負ったが、女の子はまったくの無傷じゃ。お前のような人間が最後にあんな行いをするとは、さすがの儂も驚いたわい」

 そうか、あの親子は無事だったのか。良かった。
 だけど、その後はどうなったのだろう。

「お前の母親が後片付けをしてくれたぞ。感謝するんじゃな。もっともお前の母親への態度は、とても褒められたものではなかったがのぉ」
 
 ……どうやって俺のことが伝わったのだろうか。居場所さえ伝えていなかったはずなのに。

「知りたいか?」

 真っすぐに目を見つめながら、神が事の次第を教えてくれる。
 俺の運転免許証から本籍を調べた警察が実家へ連絡した。なんてこともない、種を明かしてみればたったそれだけのことだった。

 俺の死体に対面した母親は、かなり憔悴していたそうだ。
 十年ぶりにやっと会えたと思ったら、当の息子は死んでいた。
 それはどんな思いだっただろう。

 夫に続けて息子まで失った母親は、一言も話さぬまま黙々とアパートの片付けをして帰っていった。


「お前の葬式は家族だけで済ませたが、参列者は母親と姉、姉の子供、妹の四人だけだったぞ」

 ぼっち上等の俺だ、葬式だってそんなもんだろう。
 そうか、姉は結婚していたのか。しかも子供まで生まれていた。それよりも、姉と妹が葬式に参列したことに驚く。

「お前のためではない。母親のためだ。結局は姉も妹も最後までお前に対する態度は変わらなかったな。で、どうじゃ? 長くもない人生を振り返ってみて。後悔しておるのか? ん?」

 後悔は――していない。
 確かに母親には悪いことをしたと思うが、父親、姉、妹との関係は改善の余地もなかった。

「ほぅ、そうか。後悔はしておらんか。血の繋がった家族にあんな態度しかとれなかったのにのぉ。世の中には家族の愛を欲しても得られない者も沢山おるのじゃぞ。自ら家族の愛を遠ざけるなんぞ、まったく愚か者のすることじゃ」

 (じじい)が俺を見つめる。
 おぅ! なにメンチ切っとんじゃい、われぇ! 
 
 などと以前の俺なら思っただろうが、最近は落ち着いたものだ。俺も大人になったんだな。
 しかし、こいつの言葉には納得がいかない。すべてのことが俺に原因があるような言い方をしているが、むしろ俺の方が被害者だと思うのだが。

 あまりふざけたことを抜かすと小突き回すぞ。

「ふむ、まぁ良い。ともあれ、お前は死んだ。これから生まれ変わることになるのじゃが、来世に何か希望はあるか? お前の家族への態度は褒められたものではなかったが、最後の行いに免じて目を瞑ってやろう」

 まだ言うか、このジジイ……

 しかしまぁ、来世のために希望を訊いてくれるのか。意外といい奴だな。
 ふむ、そうだな……もしも希望を叶えられるなら、来世はイージーモードになるのかね。

 男は家族のために一生働かなければならないからな。
 その点、女の人生って楽そうだ。金持ちの男を捕まえたら一生安泰だし。

 人間は第一印象が大切だ。俺は顔面偏差値で苦労してきたから、外見も高スペックにして欲しい。
 それに人付き合いが苦手だったから、誰とでも仲良くなれるスキルも欲しいな。
 
 「家族愛」とかいうのも経験してみたい。
 以前のような殺伐とした家族関係なんて真っ平ごめんだ。

 あと、親友とか幼馴染なんかも憧れるな。


「随分と欲張りな奴じゃのぉ……まぁわかった。お前の希望はあらかた理解したぞ」
 
 あ、いや、まだ何も決めていないのだが。
 おい、ちょっと待て。目が怖いぞ。俺にメンチ切ってんじゃねぇよ、ジジイ。

「ふん。まったく反省しておらぬようじゃな。――承知した。お前の望むものをすべて与えてやろうではないか。本来ならばこんなサービスなんぞせんのじゃが、最後に助けた親子に免じて叶えてやる。あと、お前が家族に受けた仕打ちも考慮してやるからな」

「んっ、いいのか? 希望を全部聞いてくれるのか? 随分とサービスいいじゃねぇか」

「まぁな。じゃが忘れるな。お前が家族にした行いを……そして『家族愛』とやらを思う存分味わうがいい」

 目の前が暗くなる。
 あぁ、きっと俺は生まれ変わるのだろう。

 しかし、ジジイの言葉が気になる。
 一体どういう意味なのだろう……
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