六十七 添い寝

文字数 2,445文字

 寝室の手前で、一度足を止めた門大は、深呼吸をしてから、クラちゃんを起こさないようにしないとな。と思うと、できるだけ足音を立てないようにと、気を使いながら、静かに歩き出す。



 寝室に入ると、小さく丸まって寝ていた子猫が、ぴょこんと、頭を上げてから、起き上がってお座りをした。



「ミャミャミュミュ」



 まだ眠たそうな顔をしている子猫が鳴いて、きょろきょろと何かを探すように顔を動かした。門大は子猫の傍らにあったホワイトボードに、門大。ありがとうございます。と書いてあるのを見付け、子猫の頭をそっと優しく撫でた。



「クラちゃん。探してるのは、この、ホワイトボードかな? 今読んだよ。ボードにこんな言葉を書いてくれて、わざわざ起きてくれて、こっちこそありがとう」



「ミュン」



 子猫が、少し驚いたような顔をして、門大の方を見てから頷き、ホワイトボードの方に顔を向け、嬉しそうに鳴く。



「でも、クラちゃん。クラちゃんは、気を使い過ぎだ。起きなくってもよかったんだよ」



 門大は言って、空いているベッドの方に近付こうとしたが、ホワイトボードに書かれている文字が、かすれている事に気が付くと、あれ? どうしてだ? もうインクが無くなって来たのか? いや。まだ全然、使ってない、そうか。キャップ。ずっとキャップを外したままだった。と思った。



「クラちゃん。すぐに戻って来る」



 門大は、キャップ、どこに置いて来たんだろ? と思いつつ、食事をしたテーブルを見に行ってから、確か、脱衣所で、最初に使ったんだよな。と思い、脱衣所に向かう。



「あったあった」



 脱衣所でキャップを見付けた門大は、寝室に戻ると、すぐにキャップをペンにはめた。



「クラちゃん。このキャップ、蓋ふた、をしとかないと、このペンは書けなくなっちゃうんだ。面倒だとは思うけど、次にペンを使いたい時は、俺を呼んで。そしたらすぐにこのキャップを外すから」



 子猫がペンに近付くと、キャップを外そうとしはじめる。



「外せそう?」



「ミャムミャムムウゥ」



 子猫が、キャップを外そうとして、爪でひっかいたり、噛んだりしたが、キャップが外れなかったので、困ったような顔をして鳴いた。



「大丈夫。俺がいつでも外すから」



「ミュフ」



 子猫が鳴いて頷く。



「じゃあ、そろそろ、寝よっか。俺もなんだか眠くなって来た」



 特にやる事もないもんな。さっきまで寝てたクラちゃんを、いつまでも起こしててもかわいそうだ。と思うと、門大は言った。



「ミュミャミャミュフ」



 子猫が鳴き、立ち上がると、体をしなやかに動かし、ぴょんっと飛んで、自分が寝ていたベッドの上から、もう一つのベッドの上に飛び乗った。



「ん? クラちゃん?」



「ミャフミュフ」



 子猫が鳴き、ベッドの上で丸くなって目を閉じる。



「あ、あれ? ク、クラちゃん? こっちは、俺の、ベッド、だよね?」



「ミュミャミュ」



 子猫が目を閉じたまま鳴いてから頷く。



「ま、ま、まさか。一緒に、寝るって、事?」



「ミュン」



 子猫が小さな声で鳴き、もう一度頷いた。



「いや、あの、それは、ちょっと、まずいんじゃないかな?」



「ミュミュミュン?」



 子猫が、寂しそうな、がっかりしたような、鳴き声を出す。



 いやいやいや、待て待て待て。相手は子猫だ。それに、クラちゃんだ。何も問題はないだろ? 俺達はもう夫婦なんだし、そもそも、愛し合ってるんだ。……。でも。クラちゃんはあまりにも年下だ。これは、なんというか、犯罪チックのような。いやいやいや。そんな事言ったら、愛し合ってる事自体が既に犯罪チックなんじゃないのか? キャスリーカが超ロリコンとかって言ってたし。むむむ。これは、どうしたもんだろう? と、門大は思った。



「ミュミュミャミュ。ミャフス?」



「ええ!? な、なぜに、急に、ミャフス?」



「ミャフミャフミャフス?」



 子猫の耳が、門大の声に反応するように、ぴんぴんと動いてから、子猫が鳴いた。



「って、増えてるし! 分かった。分かりました。いや、本当は、何がなんだか分からないけど、ええっと、失礼します」



 門大は、言って、ベッドに上がった。



「ミャフフン」



 子猫が、嬉しそうに、満足そうに、鳴く。



「じゃ、じゃあ、おやすみ。お、おっと。そ、そうだ。電気は、他の部屋は、最初からついてたから、変に消して暗くして、万が一にもクラちゃんを踏んだりしちゃ、嫌だからそのままつけっぱなしにしてあるけど、この部屋は、ええっと、でも、あれだね。電気は、他の部屋と同じようにつけとくね。なんか、あ、あれだもんね。ま、ま、間違いとかが、あ、あったら、ここ、困るしね」



 門大は、途中から、しどろもどろになりつつ、言い終えると、掛布団と敷き布団の間に、体を潜り込ませる。



「ミュス?」



 門大の体が、掛布団の中に入った事によって、掛布団が隆起りゅうきし、寝ていた場所から滑り落ちて、体の位置がずれた子猫が鳴いて、目を閉じたまま、ゆっくりと顔を上げる。



「クラちゃん。ごめん」



「ミャフミャフ」



 子猫が鳴くと、ごそごそと動き出し、門大のすぐ横、布団の中に入って来て、丸くなる。



「ク、クラちゃん? あ、ああ、ああっと、クラちゃんって、意外と、積極的、なんだね」



「ミャフス」



 子猫が、おもむろに頭を動かし、門大に優しく噛み付く。



「ぎゃああああああ」



 痛みはまったくなかったが、門大は、今までの経験から、反射的に、大きな声を出してしまった。



「ミャアン。ミュミャミュス」



 子猫が、門大から口を離し、鳴いて、伸びをするかのように体を動かして、門大の口に、片方の前足をぽすっと押し当てた。



「ク、クラちゃん、お、俺が、悪かった。もう、寝ようね」



 門大は、子猫の前足を優しく握ると、自分の口から少しだけずらして言う。



「ミュスス」



 子猫が小さな声で鳴いて、体を丸くする。



「まったく。君には、いっつも、驚かされてばかりだ」



 門大は、じっと、子猫の顔を見つめてから、小さな声で呟くと、子猫の頭をそっと一度撫でてから、頭を枕の上に乗せて、目を閉じた。
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