三十八 心の支え

文字数 3,985文字

 キャスリーカの顔がみるみるうちに赤くなり、キャスリーカが自分の顔を隠すように後ろを向いた。



「自分で言っててなんだけど、なんだか、物凄く恥ずかしい事を言ってた気がして来たわ。けど、今の話は、本当よ。炎龍も雷神もクラリッサを愛してる。愛してたから、炎龍と雷神は、あの子に寄り添う事を選んだの」



「分かった。俺もなんだか恥ずかしくなって来たから、愛とか好きとか語ってたさっきまでの話の事は理解した事にする。けど、どうすればいいんだ? 愛が強ければって言われても、戦ってる最中に、クラちゃん好きだ。とか叫べとか言わないよな? って、こういう会話、これからも続けるのか?」



 門大は、言ってから、キャスリーカが後ろを向いててよかった。と思った。



「もう少し付き合いなさいよ。しょうがないんだから。思いを込めるの。えっと、そうね。やってみた方が早いわ。まずは、こう、今は、私の片手は銃で塞がってるから、左手でやるわ。左手を上に向かって真っ直ぐに伸ばす。それで、手を思い切り開くの」



 キャスリーカが、左手を上に向かって伸ばし、手を大きく開くと、門大の方に体の正面を向ける。



「こうか?」



門大は、キャスリーカと同じポーズを作った。



「ああ。言い忘れてたけど、これは剣を出す時のポーズよ。このポーズをとらないと剣は出ないから」



「え? はい? 今なんて?」



「だから、このポーズをとらないと剣は出ないの」



「いや。おかしいだろ。そんなポーズとかをとらないと、駄目とか。思わず、言われるがままにやっちゃってたけどさ」



 言って門大は手を下ろす。キャスリーカも手を下ろし、門大を睨んだ。



「もう。細かい事気にするわね。大した事ないじゃない。黙ってやりなさいよ」



「待ってくれ。そもそも戦闘中にポーズとかできるのか? これはおま、いや、君の好きなアニメとか漫画の世界の中じゃないんだからな。現実だぞ。ポーズ中に敵は攻撃をして来ないとかないだろ?」



 キャスリーカが唇を尖らせる。



「何よ。いいじゃない。黙ってやりなさいよ」



「そう言われてもな。あの龍達とか、その後に出て来る神とかも相手にするんだろ? そんな事やってる間にクラちゃんに何かあってもな。どうしてもやらなきゃ駄目なのか? 何か、他に方法とかはないのか?」



「ないわよ」



「ないわよって、どうしてだ? どうしてそんな事になってるんだ? これは、命懸けの戦いなんだろ? 悪いけど、さすがに、それじゃ、納得できない」



 門大は、俺一人ならまだしもクラちゃんの命だって懸かってるんだ。なんとかならないのか? と思い、苛立ちを覚えながら、そう言った。



「だって、あの時は、そうしたかったんだもん」



 何やら小さな声でキャスリーカが言った。



「ん? どうした? 聞こえないぞ? なんて言ったんだ?」



「だから、あの時はそうしたかったの。悪かったわね。私がそう決めたの。変えられるかも知れないけど、今から、他にもある、攻撃をする時の合図とかを決め直すのは大変だし、時間がないでしょ? しょうがないじゃない」



 キャスリーカが大きな声を出す。



「逆ギレ?」



「飛ぶ事は思ってるだけで、できてるでしょ。攻撃とかも思ってるだけでできたのよ。でも、それで、人に怪我をさせた事があった。だから、攻撃とか剣を出すとか、そういう事をする時の為に合図を決めたの」



「それで、ポーズか?」



「しょうがないでしょ。私にだって色々あったんだから。本当は話したくないけど、あんたには、ちゃんと、全部、理由を話す事にする。ポーズを付けたのは、その方が、その気になれるからよ。そういうのがあった方が、その気になるじゃない。私は、ヒーローだ、ヒロインだ、みたいな。主人公だ、みたいな」



 キャスリーカが、どことなく、辛そうな顔をしつつ、また小さな声で言う。



「いや、それはどうかな。今、聞いてて、俺、そんな気にならないしな」



 言ってから、門大は、俺は、なんて事を言ってしまったんだ。思わず正直に思ってる事を言っちゃったけど、この場面で、今のは完全に駄目だろ。と思った。



 キャスリーカが口を開こうとしたが、何も言わずに口を閉じると、顔を俯ける。



「ごめん。今のは言い過ぎた」



 門大は慌てて言った。



「その、その当時はね。クラリッサが弱っていってて、周りは敵だらけで。私だって、初めての転生で、まだ、全然、心だって強くなかった。けど、私が、強くないと、強くならないと、クラリッサを守らないといけなかったから。だから、向こうの世界の、アニメとか漫画とかを心の支えにしたっていうか。登場人物達は、皆、ちゃんと、戦ってた。どんな事があっても諦めないで、諦めそうになっても、それ乗り越えて、また、何度で何度も立ち上がって、戦ってた。だから、自分の姿を、そういう、大好きな作品の登場人物達に重ねる事で強くなろうとしてたっていうか。当時は、必死だったし、それしか、頼れる物がなかったから」



 門大は、その言葉を聞いて、まさか、こんな重い内容の話になるとは。キャスリーカの事を、よく知りもしないで、今のキャスリーカの姿を見てただけで、きっとくだらない理由だと勝手に思い込んで、そんな前提を自分の中に作って、今まで話をしてた。キャスリーカに悪い事した。キャスリーカの事をもっと考えてあげるべきだった。と思った。



「そっか。ごめん。本当に、ごめんな。考えなしで、言いたい事言ってた。そんな理由があったんだな。そうか。あの機械の兵士達もそうなんだな。マクロスの名前使ってたとかさ。俺だって、クラちゃんがいなかったら、いや、クラちゃんがいて、今みたいな関係になってたとしても、クラちゃんが目の前で弱っていってたりしたら、どうしてたか分からない。ええっと、そうだな。やってみる。俺、ポーズとかとるぞ。そんでもって、ポーズをとりながら、うまく戦ってやる」



「何よ。バカ。急にそんな、優しい事言わないでよ。なんか、泣きたくなるじゃない」



「泣けばいい。泣けばいいさ。きっと、そん時だって、クラリッサがいた手前、泣けなかったんだろうし。俺はおっさんだからな。きっと、君よりは大人だ。だから、そういう事だって少しくらいは分かってるつもりだ。いや、でも、転生を繰り返してるから、記憶的には君のが大人か? とにかく、とにかくだ。泣きたい時は泣くもんだろ? 泣き終わるまで待ってる。それで、少しでもすっきりして、元気が出たら、続きを始めてくれ。ポーズでも、踊りでもなんでもするぞ」



「さすがに踊りはないわよ。あんたって、本当にバカなんじゃないの」



 キャスリーカが顔を上げて微笑んだ。



「お。笑ったな。いい笑顔だ」



「何がいい笑顔だ、よ。クラリスタに報告するわよ。あんたが、私の笑顔を見てへらへらしてたって」



「いやいやいや。それは、おかしい。それはやめておいた方が、いいんじゃないかな?」



「おかしくないわよ。だって、あんたも、今笑ってたもん。でも、ま、いいわ。さっき優しかったから報告はしないであげる。それで、続きね。無駄話はここまでにして、やるわよ」



 キャスリーカがもう一度左手を上げるポーズをとる。



「よし。俺もやるぜ」



 門大もポーズをとった。



「こうよ。えんりゅうぅぅぅー!!」



 キャスリーカがこれでもかというような大声で叫ぶ。



「は? はい?」



 門大は思わずきょとんとしてしまう。



「この声とかも重要だから。クラリスタへの思いを込めて思い切り叫ぶの。小さい声で言ったりすると、小さい剣とか出たりするし、酷い時は何も出ないから。ちなみに。雷神も同じ要領。雷神の剣は右手だから、右手を上げて、らいじぃぃぃぃーん!!! って叫ぶのよ」



「マジで?」



「あらら? あんた、ひょっとして、また、やる気なくなってるの? 私にちょっぴり恥ずかしくって、すんごく切ない過去の話とかさせといて、それに、乗っかって来て、なんでもやるぞ、とか言ってたわよね? それなのに、また、そんなんでいいの?」



 キャスリーカが、すっと目を細め、右手に持っている、対巨大幻獣用狙撃銃の巨大な銃口を門大に向けた。



「最初からこうすればよかったかも」



「えんりゅうぅぅぅぅぅー!!!!!!!」



 身の危険を感じた門大は咄嗟に叫んだ。すると、刀身部分の長さが十メートルはあろうかという、燃え盛る紅蓮の炎のような色をした、オーソドックスな形状の両刃の剣が、門大の手の上に、切っ先を真上に向けた格好で出現した。



「でかっ」



 キャスリーカが声を上げる。



「ふふん。どうよ? これが、俺のクラちゃん対する愛の強さだぜっ」



 門大は剣の柄を握ると、剣を見上げて、そう言った。



「いやん」



 キャスリーカが頬を赤らめる。キャスリーカの反応を見聞きした門大は、急に猛烈に恥ずかしくなり、調子に乗った。俺のクラちゃんに対する愛の強さだぜっ、なんていう言葉を、俺は、どうして言ってしまったんだ。と思い、激しく後悔した。



「い、いやんってなんだよ。もう。なんかまた恥ずかしくなって来たじゃないか」



 門大は慌てて、言葉を出す。



「何かしらね。思わず言っちゃったけど、あんたって、本当にバカよね。聞いててこっちも恥ずかしくってしょうがないわ」



「いや、だって、こうしろって」



「恥ずかしい事言ったのは、あんたが勝手にやったんじゃない。でも、まあ、出せたんだからなんでもいいわよ。次は雷神の剣を出してみて」



 門大は、炎龍の剣を左手に持ったまま、今度は右手を左手と同じように上に向けた。



「こうなったら、もう、やけくそだ。らいじぃぃぃぃーん!!!!」



「あんた、やるわね。また同じような大きさの剣が出たじゃない」



「お、おう。凄いな」



 門大は、色こそ、黄金色をしているが、炎龍の剣とまったく同じ形状をしている剣の柄を右手で握ると、今度は、余計な事を言わないようにと、細心の注意を払いながら言った。
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