六十八 愛情
文字数 4,115文字
いつもの、なんでもない、朝。けれど、門大は、この朝を知っている。覚えている。忘れろと言われたって、忘れられるはずがない、最後の朝の、心に焼き付いていて、離れない、この光景。
「なんだこれ? 夢、だよな?」
なんだか、こんな夢を見るのは、随分と、久し振りな気がする。前に見たのは、いつだったんだろう。門大は夢の中で、その登場人物として、行動しながら、頭の中で、そんな事を思いつつ、そう呟いた。
「あんた、クラちゃんの事、泣かすんじゃないよ。私達の事、どうして、俺をおいて二人だけで死んじゃったんだって、あんたいつも言ってるけど、あんただって、一度死んじゃったじゃない。私達は、自分の意志じゃなかったんだからしょうがないけど、あんたは自分の意志で死んだんだから。もう、そんなバカな事すんじゃないよ」
突然、母親が、門大の方に顔を向けて、言った。
「母さん、なんで、クラちゃんを」
「いつも、あんたの事を見てるんだから。あれから、ずっと、ずっとね」
母親が言って微笑み、その傍らにいた父親が、うんうん。と言いながら頷く。
「母さん。父さん。なんだよ。急に出て来て。言いたい事がたくさんあったんだ。でも、急だから、何を言えばいいのか、分からないだろ」
「俺達の事は、もういいだろ? お前には新しい世界があって、新しい家族がいる。クラちゃんはいい子じゃないか。あんなにかわいくって、若い子を嫁にもらうなんて、お前は、まったく。おっと、こういう愚痴みたいなのは、いかんな。それにな。あの子だけじゃない。クラなんちゃらさんや、キャスなんちゃらさん、ゼなんとかさんと、あと、あれだ。龍と雷様と悪魔だっけ?」
「あのな。親父おやじ。そういうとこはちゃんと言えよ。昔っから、そういうとこ、適当過ぎだぞ」
門大は思わず笑ってしまう。
「とにかく。あれだ。ちゃんと生きるんだぞ。あの子を、あの子達を、悲しませるような事は、もう、二度と、するんじゃないぞ」
「言われなくたって、もうしないよ。なんで、そんな事、わざわざ言うんだよ」
「あんたが、ちゃんと反省してないからよ。自分が死んで、あの子が、クラちゃんがどう思ったのか。あんたは、その気持ちが分かるんだから。大切な人がいなくなる悲しさが」
「母さん。確かにその通りだけど、自分で自分達の事を、大切な人って言う?」
門大は、そうそう。母さんってこういうとこあった。と思い、懐かしい気持ちになりながら、言った。
「何よ、あんた。私達の事、大切じゃないっていうの?」
「母さんの言う通りだ。門大。母さんに謝れ」
父親が言って、顔を綻ほころばせる。
「ちょっと。お父さん。もっと、上手じょうずな事を言ってフォローしなさいよ」
「うーん? そうだな。上手な事か。うーん。難しいな」
「二人とも、昔と変わらないな。なんだか、凄く懐かしい」
門大は、二人の姿を、もう、こんな形でしか、会えないんだな。と思いながら、じっと見つめた。母親が門大の視線に気が付くと、ほんの一瞬だけ、寂しそうな顔をした。
「母さん。どうした?」
「だって、お父さん。門大が、あんな顔をしてるから」
父親が、門大の顔を、見つめる。
「門大。お前は、いつまでたっても、子供のままだな」
父親が言って、嬉しそうな顔をした。
「しょうがないだろ。俺は、いつまでたっても、二人の子供なんだから」
門大は、切なさと、温かさが入り混じった気持ちを、伝えるように言った。
「そうだな。父さんと母さんは、いつまでたっても、お前の親だもんな」
父親が手を伸ばし、門大の頭を乱暴に撫でる。
「お、おい。親父。いきなりなんだよ」
門大は、照れつつ言う。
「じゃあ、私も」
母親が、門大の頬に、そっと手で触れる。
「母さんまで。ちょっと、何やってんの」
門大は、何も抵抗せずに言う。
「このまま、ずっと、こうしていたいな」
父親がしみじみと言った。
「そうできたらいいわね」
母親が言って頷く。
「じゃあ、ずっといればいい」
門大は、真っ直ぐに、自分の気持ちをぶつける。
「そうしたいところだが、そうもいかないからな」
父親が言い、門大の頭を、撫でていた手を引く。
「そうね。あんまりいても、クラちゃんに悪いわ」
母親が言って、門大の頬に触れていた、手を下ろす。
「門大。さっき、母さんも言ってたけど、俺達は、ずっと、ずっと、ずーっと、お前を見守ってる。だから、変なジャンルのビデオとかは、あまり見るなよ。あれはいかんぞ。そういうとこも、見てるんだからな」
「もう。お父さんったら。門大が困ってるじゃない」
「いやいやいや。困ってねーし。それに、今時いまどきはビデオじゃねーし。って、そんな事より、もう、お別れ、みたいな、空気なんだけど。もう、行っちゃうのかよ」
「ごめんね。あんまりいると、別れるのが辛くなるから」
「そうだぞ。こういうのは、ちゃちゃっと済ますもんだ」
母親の言葉に、続けるようにして、父親が言う。
「ちゃちゃっとって。なんだよ、それ」
「門大。あんた、その年になって、泣きそうになってるんじゃないわよ。あんたはね。私達の事なんて考えないで、私達に縛られないで、あんたの思うように、好きに生きれば、それでいいんだから」
「母さんの言う通りだ。俺達の事なんて、早く忘れろ。それでいいんだ。それが、いいんだ」
父親が言い終えると、なんの前触れもなしに、父親と母親の体が、ゆっくりと、浮かび上がっていく。
「父さん。母さん」
門大は、二人に向かって手を伸ばした。まだ、手がとどくはずの距離なのに、なぜか、その手は、二人にはとどかない。
「またな。ずっとずっとずーっと、先に会おう」
「またね」
父親と、母親が、愛情に満ちた目で、門大を見つめながら言うと、二人の姿が、白い光に包まれて、消えた。
「父さん。母さん」
門大は、目を開けた。
「そうか。夢、だったんだもんな」
門大は言って、目から涙が流れ出ている事に気が付くと、片手でそれを拭う。
「ミャミャム?」
子猫が鳴いて、頭を上げて、門大の方を見た。
「クラちゃん。ごめん。起こしちゃったかな。ちょっと、変な夢を見てさ」
門大は、涙を見られないようにと、自身の目の部分を、片腕で、隠しながら言う。
「ミャーミャ?」
子猫が鳴いて、ごそごそと動き出す気配がした。
「うん? どうしたの?」
子猫が、門大の顔に近付いて来ると、ふすふすと、鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
「え? 何? ちょっと、クラちゃん?」
「ミャミュム? ミャミュミュフ?」
子猫が鳴いて、門大の額に片方の前足をぺたりと当て、それに続いて、今度は、鼻を、ちゅっちゅっと、額に押し付けるようにして、数回当てる。
「え? え? ちょっと、本当に何? 何が、起こってるの?」
「ミャーウー」
子猫が鳴き、門大の腕と目の間に、両方の前足をぐいぐいと入れて来る。
「ちょ、ちょっと、クラちゃん? な、何を、やってるの?」
「ミャーウー」
子猫が、今度は、顔を、門大の腕と目の間に、ぐいぐいと入れ始める。
「ま、ま、ま、ま、まさか、ク、ク、クラちゃん、そ、そんな。そんな。だ、だ、だ、駄目だよ。駄目だって。まだ、早いって。俺は、ともかく、君は、まだ、そのあれだ。その、若さだ。あ、あれだよ。せ、せめて、その、クラちゃんが、二十歳になってから」
「ミャフルス」
子猫が鳴いて門大の腕に噛み付いた。
「ぎゃあああ。ミャフルスって、今までのミャフスとは、なんか違うし。なっ、なんなのもう」
門大は、声を上げながら、目を隠していた腕をどけた。
「ミャミャン。ミュフミュフミャ。ミュフミャフム?」
子猫が鳴き、門大の目を覗き込むように見る。
「ええっと」
なんだろう? これって、やっぱり、迫られて、いや、待て待て待て。また、変な事を言うとミャフルスされるぞ。どうしよう? あー。そうだ。ここは、ペンとホワイトボードだ。門大は、そう思うと、子猫を両手で抱き、胸の上に持って来て、体を起こそうとした。
「うっわっ。だっる。何これ? あ、あれ? それに、俺、寝汗も、かいてる?」
門大は、自分の体に起きている異変に気が付くと、体を起こすのをやめ、子猫を抱いていた手を開いた。
「ミャミャミャ? ミュフミャフミュミャフ」
子猫が、慌てた様子で、きょろきょろと、何かを探すように、顔を動かしつつ、不安そうな声で鳴く。
「クラちゃん。そっか。さっきから、俺の、この、今の、体調がおかしい事に、気が付いてて。ありがとう。クラちゃん。でも、大丈夫。ええっと、たぶん、あれだ。ええっと、そうだ。そういえば、なんか、お風呂の時に、くしゃみとか出てたんだった。その後も、寒気とかがしてて。熱。熱だ。熱が、出てるんだと思う。すっかり忘れてた。気を付けようって思ったんだ」
「ミャンミャン。ミャフミュフ。ミュミュム」
子猫が鳴いて、ベッドから出て行こうとする。
「クラちゃん。平気。平気だから。寝てればすぐによくなるはずだから。だから、そんなに心配しないでいいから」
「ミャムミャ。ミャーウ。ミュフミャ」
子猫が、首を、嫌々をするように、左右に振りながら、鳴いた。
「クラちゃん。クラちゃん。本当に、大丈夫だから。落ち着いて」
門大は、言って、両手で子猫を包むようにして抱く。
「ミュムウ。ミャミュミュ。ミャスミャスミャフ?」
子猫が鳴き、門大の顔をじっと見つめる。
「大丈夫だから。平気だから」
突然、酷い眠気に襲われた、門大は、言葉を切る。
「ミュミュウ?」
「ごめん。なんか、急に、眠くなって来たみたいだから、悪いけど、このまま、もう、ちょっと、寝るね。そうすれば、体調もよくなると思う。だから、クラちゃんは、どこにも行かないで、ここにいて」
門大はそう言って、子猫を抱いていた手を開くと、クラちゃん。心配してくれて、本当に、ありがとう。と言い、今度は、片手で、子猫の頬の辺りを撫でる。
「ミュミュフス?」
子猫が心配そうな顔をする。
「大丈夫。本当に大丈夫だから。それに、俺は、もう、絶対に、君を、一人には、しないから」
「ミュミュ」
子猫が小さな声で鳴き、門大は、その鳴き声を聞きながら、眠りの中に落ちて行った。
「なんだこれ? 夢、だよな?」
なんだか、こんな夢を見るのは、随分と、久し振りな気がする。前に見たのは、いつだったんだろう。門大は夢の中で、その登場人物として、行動しながら、頭の中で、そんな事を思いつつ、そう呟いた。
「あんた、クラちゃんの事、泣かすんじゃないよ。私達の事、どうして、俺をおいて二人だけで死んじゃったんだって、あんたいつも言ってるけど、あんただって、一度死んじゃったじゃない。私達は、自分の意志じゃなかったんだからしょうがないけど、あんたは自分の意志で死んだんだから。もう、そんなバカな事すんじゃないよ」
突然、母親が、門大の方に顔を向けて、言った。
「母さん、なんで、クラちゃんを」
「いつも、あんたの事を見てるんだから。あれから、ずっと、ずっとね」
母親が言って微笑み、その傍らにいた父親が、うんうん。と言いながら頷く。
「母さん。父さん。なんだよ。急に出て来て。言いたい事がたくさんあったんだ。でも、急だから、何を言えばいいのか、分からないだろ」
「俺達の事は、もういいだろ? お前には新しい世界があって、新しい家族がいる。クラちゃんはいい子じゃないか。あんなにかわいくって、若い子を嫁にもらうなんて、お前は、まったく。おっと、こういう愚痴みたいなのは、いかんな。それにな。あの子だけじゃない。クラなんちゃらさんや、キャスなんちゃらさん、ゼなんとかさんと、あと、あれだ。龍と雷様と悪魔だっけ?」
「あのな。親父おやじ。そういうとこはちゃんと言えよ。昔っから、そういうとこ、適当過ぎだぞ」
門大は思わず笑ってしまう。
「とにかく。あれだ。ちゃんと生きるんだぞ。あの子を、あの子達を、悲しませるような事は、もう、二度と、するんじゃないぞ」
「言われなくたって、もうしないよ。なんで、そんな事、わざわざ言うんだよ」
「あんたが、ちゃんと反省してないからよ。自分が死んで、あの子が、クラちゃんがどう思ったのか。あんたは、その気持ちが分かるんだから。大切な人がいなくなる悲しさが」
「母さん。確かにその通りだけど、自分で自分達の事を、大切な人って言う?」
門大は、そうそう。母さんってこういうとこあった。と思い、懐かしい気持ちになりながら、言った。
「何よ、あんた。私達の事、大切じゃないっていうの?」
「母さんの言う通りだ。門大。母さんに謝れ」
父親が言って、顔を綻ほころばせる。
「ちょっと。お父さん。もっと、上手じょうずな事を言ってフォローしなさいよ」
「うーん? そうだな。上手な事か。うーん。難しいな」
「二人とも、昔と変わらないな。なんだか、凄く懐かしい」
門大は、二人の姿を、もう、こんな形でしか、会えないんだな。と思いながら、じっと見つめた。母親が門大の視線に気が付くと、ほんの一瞬だけ、寂しそうな顔をした。
「母さん。どうした?」
「だって、お父さん。門大が、あんな顔をしてるから」
父親が、門大の顔を、見つめる。
「門大。お前は、いつまでたっても、子供のままだな」
父親が言って、嬉しそうな顔をした。
「しょうがないだろ。俺は、いつまでたっても、二人の子供なんだから」
門大は、切なさと、温かさが入り混じった気持ちを、伝えるように言った。
「そうだな。父さんと母さんは、いつまでたっても、お前の親だもんな」
父親が手を伸ばし、門大の頭を乱暴に撫でる。
「お、おい。親父。いきなりなんだよ」
門大は、照れつつ言う。
「じゃあ、私も」
母親が、門大の頬に、そっと手で触れる。
「母さんまで。ちょっと、何やってんの」
門大は、何も抵抗せずに言う。
「このまま、ずっと、こうしていたいな」
父親がしみじみと言った。
「そうできたらいいわね」
母親が言って頷く。
「じゃあ、ずっといればいい」
門大は、真っ直ぐに、自分の気持ちをぶつける。
「そうしたいところだが、そうもいかないからな」
父親が言い、門大の頭を、撫でていた手を引く。
「そうね。あんまりいても、クラちゃんに悪いわ」
母親が言って、門大の頬に触れていた、手を下ろす。
「門大。さっき、母さんも言ってたけど、俺達は、ずっと、ずっと、ずーっと、お前を見守ってる。だから、変なジャンルのビデオとかは、あまり見るなよ。あれはいかんぞ。そういうとこも、見てるんだからな」
「もう。お父さんったら。門大が困ってるじゃない」
「いやいやいや。困ってねーし。それに、今時いまどきはビデオじゃねーし。って、そんな事より、もう、お別れ、みたいな、空気なんだけど。もう、行っちゃうのかよ」
「ごめんね。あんまりいると、別れるのが辛くなるから」
「そうだぞ。こういうのは、ちゃちゃっと済ますもんだ」
母親の言葉に、続けるようにして、父親が言う。
「ちゃちゃっとって。なんだよ、それ」
「門大。あんた、その年になって、泣きそうになってるんじゃないわよ。あんたはね。私達の事なんて考えないで、私達に縛られないで、あんたの思うように、好きに生きれば、それでいいんだから」
「母さんの言う通りだ。俺達の事なんて、早く忘れろ。それでいいんだ。それが、いいんだ」
父親が言い終えると、なんの前触れもなしに、父親と母親の体が、ゆっくりと、浮かび上がっていく。
「父さん。母さん」
門大は、二人に向かって手を伸ばした。まだ、手がとどくはずの距離なのに、なぜか、その手は、二人にはとどかない。
「またな。ずっとずっとずーっと、先に会おう」
「またね」
父親と、母親が、愛情に満ちた目で、門大を見つめながら言うと、二人の姿が、白い光に包まれて、消えた。
「父さん。母さん」
門大は、目を開けた。
「そうか。夢、だったんだもんな」
門大は言って、目から涙が流れ出ている事に気が付くと、片手でそれを拭う。
「ミャミャム?」
子猫が鳴いて、頭を上げて、門大の方を見た。
「クラちゃん。ごめん。起こしちゃったかな。ちょっと、変な夢を見てさ」
門大は、涙を見られないようにと、自身の目の部分を、片腕で、隠しながら言う。
「ミャーミャ?」
子猫が鳴いて、ごそごそと動き出す気配がした。
「うん? どうしたの?」
子猫が、門大の顔に近付いて来ると、ふすふすと、鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
「え? 何? ちょっと、クラちゃん?」
「ミャミュム? ミャミュミュフ?」
子猫が鳴いて、門大の額に片方の前足をぺたりと当て、それに続いて、今度は、鼻を、ちゅっちゅっと、額に押し付けるようにして、数回当てる。
「え? え? ちょっと、本当に何? 何が、起こってるの?」
「ミャーウー」
子猫が鳴き、門大の腕と目の間に、両方の前足をぐいぐいと入れて来る。
「ちょ、ちょっと、クラちゃん? な、何を、やってるの?」
「ミャーウー」
子猫が、今度は、顔を、門大の腕と目の間に、ぐいぐいと入れ始める。
「ま、ま、ま、ま、まさか、ク、ク、クラちゃん、そ、そんな。そんな。だ、だ、だ、駄目だよ。駄目だって。まだ、早いって。俺は、ともかく、君は、まだ、そのあれだ。その、若さだ。あ、あれだよ。せ、せめて、その、クラちゃんが、二十歳になってから」
「ミャフルス」
子猫が鳴いて門大の腕に噛み付いた。
「ぎゃあああ。ミャフルスって、今までのミャフスとは、なんか違うし。なっ、なんなのもう」
門大は、声を上げながら、目を隠していた腕をどけた。
「ミャミャン。ミュフミュフミャ。ミュフミャフム?」
子猫が鳴き、門大の目を覗き込むように見る。
「ええっと」
なんだろう? これって、やっぱり、迫られて、いや、待て待て待て。また、変な事を言うとミャフルスされるぞ。どうしよう? あー。そうだ。ここは、ペンとホワイトボードだ。門大は、そう思うと、子猫を両手で抱き、胸の上に持って来て、体を起こそうとした。
「うっわっ。だっる。何これ? あ、あれ? それに、俺、寝汗も、かいてる?」
門大は、自分の体に起きている異変に気が付くと、体を起こすのをやめ、子猫を抱いていた手を開いた。
「ミャミャミャ? ミュフミャフミュミャフ」
子猫が、慌てた様子で、きょろきょろと、何かを探すように、顔を動かしつつ、不安そうな声で鳴く。
「クラちゃん。そっか。さっきから、俺の、この、今の、体調がおかしい事に、気が付いてて。ありがとう。クラちゃん。でも、大丈夫。ええっと、たぶん、あれだ。ええっと、そうだ。そういえば、なんか、お風呂の時に、くしゃみとか出てたんだった。その後も、寒気とかがしてて。熱。熱だ。熱が、出てるんだと思う。すっかり忘れてた。気を付けようって思ったんだ」
「ミャンミャン。ミャフミュフ。ミュミュム」
子猫が鳴いて、ベッドから出て行こうとする。
「クラちゃん。平気。平気だから。寝てればすぐによくなるはずだから。だから、そんなに心配しないでいいから」
「ミャムミャ。ミャーウ。ミュフミャ」
子猫が、首を、嫌々をするように、左右に振りながら、鳴いた。
「クラちゃん。クラちゃん。本当に、大丈夫だから。落ち着いて」
門大は、言って、両手で子猫を包むようにして抱く。
「ミュムウ。ミャミュミュ。ミャスミャスミャフ?」
子猫が鳴き、門大の顔をじっと見つめる。
「大丈夫だから。平気だから」
突然、酷い眠気に襲われた、門大は、言葉を切る。
「ミュミュウ?」
「ごめん。なんか、急に、眠くなって来たみたいだから、悪いけど、このまま、もう、ちょっと、寝るね。そうすれば、体調もよくなると思う。だから、クラちゃんは、どこにも行かないで、ここにいて」
門大はそう言って、子猫を抱いていた手を開くと、クラちゃん。心配してくれて、本当に、ありがとう。と言い、今度は、片手で、子猫の頬の辺りを撫でる。
「ミュミュフス?」
子猫が心配そうな顔をする。
「大丈夫。本当に大丈夫だから。それに、俺は、もう、絶対に、君を、一人には、しないから」
「ミュミュ」
子猫が小さな声で鳴き、門大は、その鳴き声を聞きながら、眠りの中に落ちて行った。