四十三 戦い

文字数 5,196文字

 キャスリーカの乗る戦闘機が、機首を下に向け、アフターバーナーを使用して加速を始める。



「石元門大。ついて来て」



「お、おう」



 門大は、言葉を返し、すぐにキャスリーカの後を追った。



「逃げても無駄じゃ」



 ゼゴットの周りに、剣身部分が一メートルくらいの長さの無数の諸刃の剣が、華道で使う剣山のように切っ先の向きを、すべて門大達の方に向けた状態で出現し、巨大な剣の壁のようになったと思うと、その剣の壁が門大達に向かって凄まじい勢いで、一度に大量に放たれた矢のように飛んで来た。



「さて。どうしたもんかな」



 キャスリーカが飛んで来ている剣を見ながら言う。



「クラちゃん達はどうしてるんだ? 今こっちに向かってるのか? そうだとしたら危ないんじゃないか?」



「心配ないわ。何かあった時の為に、この戦闘機からリアルタイムで、こっちの音声や映像を機械の兵士達の所に送り続けてるの。クラリスタ達はそれでこっちの状況が分かってるはず。それに、ニッケも何が起きてるのかを気配で察知してるはずよ。でも、そうね。念の為に、私は今からコックピットの中に行って、連絡して来る」



 キャスリーカが機体の上を歩き始める。



「俺はどうすればいい?」



「この戦闘機の動きに合わせて一緒に逃げてればいいわ」



 門大は戦闘機に近付くと、機体の上に乗った。



「ちょっと何? 急に何してんの? なんで乗るのよ?」



 キャスリーカが驚いた顔をして足を止める。



「驚かせて、ごめん。でも、やってみたい事があって。雷千閃槍で、あの剣を撃ち落としてみてもいいか?」



「まさか、あんた、私の事、心配してくれてんの? 撃ち落とすのは構わないけど、同じ速度で飛んでるあの剣に追い付かれる事はないから、心配は無用よ」



「心配だってのも、あるけど、クラちゃん達が来た時の為と、後、いざという時に使えるように、雷千閃槍の練習をしておきたいんだ」



 キャノピーが開き、再び歩き出したキャスリーカが、コックピットの中に入って行く。



「クラリスタ達が来た時の事も、心配する必要はないけど、まあ、いいんじゃない。分かったわ。あんたに守ってもらう事にする。守ってもらうお返しに、剣を狙いやすいように戦闘機の動きを変えてあげるわ。思う存分やりなさい。それと、後、この戦闘機の上は、この戦闘機を作った世界の技術で、力場を変えてあるから、戦闘機の移動で起きる風を受けても、旋回で向きなんかが変わっても、落っこちる事はないから、その辺は意識しなくていいわ」



 キャノピーが閉じると、戦闘機がアフターバーナーを全開にして、急加速を始めた。



「おいおいおい。まだこんな速度が出んのかよ。どんだけ速いんだよ。これじゃ狙うどころじゃないって。って、本当に落ちたりしないんだな。風は感じてるのに」



 門大は、雷千閃槍を出す為に右腕を伸ばそうと思っていたが、あまりの急加速に驚き、キャスリーカの言っていた、落ちない云々の話に感心し、腕を動かそうとしていた事をすっかりと忘れてしまう。その間も、戦闘機は加速を続け、後方から追って来ていた剣の壁との距離が、開ひらいて行く。



 キャスリーカが言ってた、剣を狙いやすいように戦闘機の動きを変えるってのはこの事か? わざと追って来てる剣との距離を遠くして、壁のようになってる剣の全体を見やすいようにしてくれてるとかか? おっと。そうだった。雷千閃槍の事忘れてた。と加速の感覚に慣れて来た門大は思うと、右腕を動かして、真っ直ぐに伸ばし、何か棒のような物を掴んでいるような形を右手の指を動かして形作る。



「いかずちいぃぃぃぃぃ。せんせんそうぅぅぅぅぅぅ」



 右手の中に黄金色のいかにも雷というような感じの、両端が尖っていて、胴体部分がギザギザの形をした、長さが二メートルくらいで、厚さが二十センチくらいの、物体が出現する。



「おお。これは、なんか、格好いいな」



 戦闘機が突然ターンをすると、機首を追って来ていた剣の壁の方に向け、剣の壁に突っ込んで行くように進み始めた。



「キャスリーカ。おい。キャスリーカ。どうなってんだ? なんか、戦闘機がおかしいぞ」



 門大は声を上げるが、コックピットの中にいるキャスリーカには聞こえてはいないようで、キャスリーカはなんの反応も示さない。



「どうなってんだよこれ。このままじゃ突っ込むぞ」



 門大は叫ぶが、戦闘機の動きは変わらず、剣の壁との距離が縮まって行く。



 このままじゃ、俺もキャスリーカも剣にやられる。あれか? なんか、バリアみたいなのがあるとかか? いや。剣から逃げてたんだもんな。そんなもんないだろこれ。と思った門大は、どうすればいいのかを必死になって考え始める。すぐに門大の頭の中に、まさか、狙いやすいように戦闘機の動きを変えるって、さっきの加速の事じゃなくって、今の、これが、そうなのか? という考えが閃いた。



「どうなっても知らないからな」



 門大は、どう頑張っても、今手に持ってるこの一発しか投げる時間がないじゃないか。と思いつつ、言いながら、雷の槍を剣の壁に向かって投げた。雷の槍が、剣の壁の中央部分に向かって、真っ直ぐに飛んで行くが、門大の投げた雷の槍は、たった一つで、自身の何百倍もの大きさの、巨大な剣の壁に相対していて、それは、あまりに、貧弱で、勝ち目など、まったくないように見えた。剣の壁を形作っている、一つの剣の切っ先と、雷の槍の切っ先が接触する。雷の槍から、黄金色の雷が周囲の剣に向かって放たれると、それが毛細血管のように、剣の群れの中を伝播でんぱしていき、雷撃を受けたすべての剣が、一斉に蒸発した。



「むむむう。やりおるのじゃ。門大がいると後が大変そうなのじゃ。悪いが、門大から殺すのじゃ」



 門大の眼前がんぜんに、突如として姿を現したゼゴットが言う。



「なんだ? どこから来た?」



「瞬間移動じゃ。凄いじゃろ?」



 ゼゴットが杖を、門大達を先ほどまで襲って来ていた剣と、同じ形状の剣に変えると、門大に斬りかかる。



「やめろって。危ないだろ」



 門大は、ゼゴットの振るう剣が、戦闘機に当たったら、戦闘機にどんな影響が出るか分からない。と思うと、戦闘機から離れる為に上に向かって飛ぶ。



「危ないのは当たり前じゃ。わしは門大を殺そうとしているのじゃからな」



 ゼゴットが戦闘機から離れた門大に肉迫し、再び剣を振るう。門大は咄嗟に身を捩よじって、その一撃をかわそうとする。



「いってえ。この鎧、体の一部だから、やっぱり痛みも感じるのか」



 右腕の肘の辺りに、剣の刃が軽く当たっただけだったが、門大は痛みに声を上げた。



「大丈夫か? どうしてちゃんと避けないのじゃ。もう。駄目駄目じゃな。早くわしに見せて」



 そこまで言って、ゼゴットが言葉を切り、顔を俯ける。



「今のは、間違いじゃ。ちょっとした勘違いじゃ。いいか門大。その雷神が変身している鎧はちゃんとした鎧じゃぞ。そう簡単には斬れないし、万が一にも傷付いたとしても、痛みなどは伝えないのじゃ。今のは、わしの剣が鎧を斬って、その中にある炎龍の体の方を直接傷付けたのじゃ。鎧に覆われているから大丈夫じゃと思ったか? そんじょそこらの鎧ではの、わしの剣を防ぐ事はできないのじゃ。わしはこう見えても剣技に長けているのじゃ。けれど、大丈夫じゃ。今のは痛いだけじゃ。ただ斬っただけじゃから。次からはもっとちゃんと避けないと駄目じゃぞ」



 しばしの間を空けてから、顔を上げてゼゴットが言った。



 門大の右腕の傷が、腕を覆っている鎧と共に、再生を始める。



 門大は、腕の再生をしている辺りを見ながら、この鎧は体の一部じゃなかったのか。鎧の中には炎龍の体があるだって? それなら脱げるって事なのか? それと。さっきのゼゴットの様子。ゼゴットは本当は戦いたくないんじゃないのか? と戦闘とは関係のない事を思ってしまう。



「どうしたのじゃ? 今攻撃したら、簡単に殺せそうじゃぞ?」



 門大は顔を動かし、ゼゴットの方に向けた。



「聞きたい事があるんだけど、聞いていいか?」



「何を言っているのじゃ? 駄目に決まっているのじゃ。わしらは敵同士なのじゃぞ」



 敵同士か。さっきだって、大量の剣に追いかけられて、今も、剣で斬られたりしたけど……。話をしたりしてると、ゼゴットの発言の所為か、雰囲気の所為か、敵だって思えなくなってしまうな。と門大は思うと、頭の中にあった、ゼゴットは戦いたくないのではないか? という考えや、雷神の鎧の事や、その中にあるという炎龍の体の事に対しての考えをかき消した。



「あんなふうに、ちょっと剣が当たっただけで、鎧の下まで剣が通ったっていうのか? それに、ただ斬っただけだってどういう事だ? ただ斬っただけでじゅぶんだろ? って、こんな感じなら、敵同士っぽいか?」



 敵だって思おうとしても、なんか、前よりも、更に、凄くやり難くなってる。と思いつつ門大は言う。



「確かに、斬っただけでも、じゅうぶんじゃけど、わしは、ほら、神を殺す事ができるじゃろ? わしは使い分けができての。神を殺す攻撃とそうでない攻撃とをな。神を殺す攻撃で攻撃すれば、流刑地に作用している魔法の力は発動しなくなって、再生はしなくなるのじゃ。そうなったら、門大は死んでしまうかも知れないのじゃぞ。そうじゃ。こんな感じでいいのじゃ。油断していると、すぐにでも殺しちゃうから気を付けるのじゃぞ」



「じゃあ、さっきは殺すって言ってたけど、今は殺す気がない攻撃をしてるって事か? どうしてだ? お前、やっぱり、本当は戦いたくないんじゃないのか? なあ、本当に戦わないと駄目なのか?」



 ゼゴットが両腕を門大に向かって伸ばすと、門大の首に両腕を回すようにして抱き付いた。



「門大は緊張感がないのじゃ。しょうがないのじゃ。わしは今から非情になるのじゃ。そんな話はどうでもいいのじゃ。そんな事より隙だらけじゃ。さっきは、厄介だと思ったが、門大は弱いの。強いのはその今の体だけじゃな。雷神と炎龍の持つ力だけじゃ」



 言って、ゼゴットが、門大の顔の前に自分の顔を持って行くと、じっと、六つの目の中にある、一対の人間の目を射るように見る。



「何をする気だ?」



 門大はゼゴットから離れようと体を動かし、ゼゴットの体を自分から引き離そうと、ゼゴットの体を両手で掴もうとしたが、ゼゴットの華奢な体に手で触れると、壊してしまいそうだ。と思ってしまい、手と体の動きを止めた。



「こういう攻め方もあるのじゃ。わしは魅力的な女子おなごじゃからな。こういうちょっとえっちいのも得意なのじゃ。門大は優しいからの。こんなにかわいい美少女には手は出せないじゃろ?」



 ゼゴットが言葉を切ると、ゼゴットの瞳が涙で揺れる。



「わしは、門大が優しいと思ったから、この世界に呼んだのじゃ」



 ゼゴットが言ってほんわかと微笑み、門大の両肩に両手をのせると、自分の体を上に向かって動かし、門大の両肩の上に、両足の太腿の辺りをのせ、両足を門大の首に絡ませる。



「何をして」



 ゼゴットが片手に持っていた剣の切っ先を、門大の喉元に突き立てるようにして構えたので、門大はそこまでしか言葉を出す事ができなくなった。



「門大を初めて見たのは、門大が死ぬ時じゃった。あっちの世界の神とは懇意にしておっての。遊びに行っていた時に、たまたま地上の様子を見ていたら、門大が猫を避けて死んだのを見たのじゃ。わしをそれを見て、門大の事を優しい者じゃと思った。門大は知らなかったと思うが、あの猫は、実は、子を孕んでおっての。あのまま轢ひいていたら、あの母猫とお腹の中にいた三匹の子猫達はどうっていたか分からないのじゃ。なあ。死ぬ前に聞かせて欲しいのじゃ。あの時、猫が飛び出して来た瞬間、門大は、何を考えておったのじゃ? 猫を助けようと思ったのか?」



 ゼゴットが門大の喉元に剣の切っ先を当てる。剣の切っ先の冷たい感触を門大は感じ、恐怖を覚えた。



「分からない。というか、覚えてない。突然の事だったし、ただ、反射的に避けただけだと思う」



「そうか。反射的にか。あのまま猫を避けないでいたら、門大は、死ななかったのじゃぞ」



 ゼゴットが、空いている方の手を、逆手にして、剣の柄の余っている部分を握ると、今まで剣の柄を握っていた方の手も、逆手にして剣の柄を握り直した。



「そう、なのか?」



 門大は言って、喉を鳴らして唾を飲み込む。



「嘘じゃよ。そんな事、わしらにも分からん」



「なんだよ、それ」



 門大は、俺は、殺されるのか? どうする? どうすればいい? 俺が死んだら、クラちゃんも死ぬんだぞ。今更だけど、失敗した。まさか、こんな事になるなんて。完全に油断してた。と思いながら、言葉を漏らす。



「神っての。万能じゃけど、そこまでは、万能じゃないのじゃ」



 ゼゴットが言って、儚げな笑みを顔に浮かべた。

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