三十四 神を殺す理由

文字数 4,310文字

 キャスリーカの拳銃を握っている手が動き出し、クラリッサの胸に触れた。



「ちょっと、駄目カミン。これ以上は、今は、駄目カミンよ」



 クラリッサが顔を横に動かし、キャスリーカの唇から自分の唇を離して言う。



「ごめんなさい」



 キャスリーカが、目を伏せた。



「違うカミン。今は、皆が見てるから駄目カミン。全部終わって二人きりになれたら、思い切りやるカミンよ」



「うん。早く、そうなるといいね」



 伏せていた目を上げたキャスリーカが言いながら、嬉しそうに微笑む。



「あれ? 誰も、見てないカミン?」



 周囲の微妙な空気に気が付いたクラリッサが言う。



「何? 何か、あったの?」



 キャスリーカがきょろきょろと周囲を見るように顔を動かした。



「何も、何もなかったですわ。そんな事よりも、さっきの話と、い、今の、キ、キ、キスは、どういう事ですの?」



「そうだ。どういう事だ? 俺達を今まで騙してたって事なんだよな?」



 何もなかったですわなんて言って、気まずそうにしてるお母さんの事を気遣って。クラちゃんは偉いな。と思った門大はすぐに言葉を出して、クラリスタを援護してから、いや、それも、クラちゃんの親子関係も大事だけど、クラリッサ達の話の方も重要だ。気を引き締めていかないと。と思った。



「話を中断してしまって申し訳なかったカミン。すぐに続きを話すカミン。ええっと、その前に、今のキスは、僕とキャスリーカは愛し合ってて、今までずっと我慢してて、それが、ついに、我慢ができなくなって、それで」



「私が話す」



 クラリッサの言葉を遮るようにキャスリーカが言った。



「キャスリーカ?」



「クラリッサ。私はもう大丈夫。もう切り替えた。クラリスタ。悪いけど、ここからはキスとかは抜き。真面目に話すわ。クラリッサ。この事は私が話した方がいい。この二人に酷い事をしたのは私だから」



「でも、それだったら、僕だって酷い事をしてるカミン」



「私はクラリスタを撃ってるわ。それより酷い事なんてないでしょ?」



「それは、でも、でも、そんな事ないカミン。僕だって、ずっと騙し続けてたカミン」



「二人ともそれじゃ話が進まないイヌン。相変わらず仲がいいイヌン。もう。妬けるイヌンね」



 ハガネが言って後足で立ち上がり、クラリッサの膝の辺りに前足をちょこんとのせた。クラリッサが腰を折ると、ハガネの頭を優しく撫でる。



「まずは、撃った事を二人に謝るわ。あの時は本当にごめんなさい」



 キャスリーカが深く頭を下げた。



「死ぬかも知れなかったんだ。謝って済む話じゃない」 



 門大は、キャスリーカの言葉を聞き、冷静にそう言葉を返した自分の冷静さに静かに驚き、どうして俺はこんなに冷静にしてられるんだ? 前だったら、あんなふうに謝られても、絶対に大きな声を出してた。と思う。



「門大。わたくしの事を思ってそう言ってくれて、ありがとうございます。凄く嬉しいですわ。けれど、今は、話を進めましょう。キャスリーカ。クラリッサ。今まで、わたくし達を騙していたという事なのでしたら、その、わたくし達を、撃つ、という行為にも、何か別の意味があったという事ですの?」



 クラリスタの言葉を聞いて、クラリスタの顔を見た門大は、クラちゃんと出会って、ここに至るまでに、二人で一緒にいくつかの出来事を経験して、いい方に変わって来てた俺の内面の何かが、クラちゃんと結婚した事で芽生えた責任感のような物と、一緒くたになって、また変化して、俺の心を、俺自身気が付いてない間に成長させてたんだな。と思った。



「あんた達を撃ったのは、断罪の為でもなく、流刑地の場所を知る為でもないわ。神龍人を復活させる為に、問答無用であんた達を、王都から追い出す為。それと、私を敵だと思わせて、私と戦うように仕向ける為」



 キャスリーカが頭を上げて言った。



「王都でたくさんの人を殺したのも、何かの為だったというのですの?」



「それは、龍を呼び出す為。龍はこの世界を守る為の免疫みたいな物なの。ほとんどの場合は、龍の前に転生者がこの世界の敵となった者と戦うんだけど、今回はその役だったクラリッサがこっち側、この世界の敵となってる私の方に寝返ってて、その事をクロモがこの世界を司ってる神に告げて来たから、もう龍が出て来てるの。神や龍に匹敵する力を持った、この世界の敵となる何者かが現れた時、まずは転生者がその者と戦い、その転生者に何かがあった時は、龍が神の先兵として対象となる者を抹殺する為に戦うようになってるの」



「確か、さっき言っていましたわよね? その龍を殺すと、この世界を司ってる神が降りて来るとか。それは、たくさんの人を殺してまでも、そうしないといけない事でしたの?」



「そうよ。こっちの、地上界でその神と戦う方が、私達にとって有利だから」



 クラリッサがキャスリーカを見る。キャスリーカもクラリッサの方に視線を移す。



「キャスリーカは確かに王都で酷い事をしたカミン。その事実は何をしても、どう償っても、もう変わらないカミン。でも、王都は知っての通り、元に戻るようにしてあるカミン。前にお兄にゃふ達に言った事は嘘だったカミンよ。本当はキャスリーカの為にループするようにしてあって、キャスリーカがループするようになってると分かるように、パラメーターを付けておいたカミン」



「どうして、こんな回りくどい、手の込んだ事をしてるかというと、この世界のこの世界を司ってる神を騙す為なの。その神はこの世界では絶大な力を持ってる神で、そう簡単には殺す事ができない。ただ殺そうとしてもすぐにその事を見抜かれて阻まれてしまう。それで私達はその神を欺いて、疑いを持たせないようにしながら、その神を追い詰めていく事にした。私がクラリッサやその神を、憎み、忌み嫌ってて、その思いに乗っ取って行動してるようにする事で、その神の注意を引いてる間に、クラリッサがその神に取り入って、自由に動き回り、その神を殺す為の様々な工作をする。そういう役割分担をして、お互いを憎み合い殺し合う芝居をしながら、私達は、何度も転生を繰り返した」



「ちょっと待ってくれ。どうして、その神を殺す必要がある?」



「まだ、説明をしてなかったのね。もう話したつもりでいたわ。私達は、転生を繰り返すうちに、転生をさせられるのが辛くなって、どうすれば転生させられる事がなくなるのかを、調べ始めた。そして、転生する時、必ずこの世界のこの世界を司っている神の元へと、一度戻って来る事に気が付いて、その事に疑問を抱いたの。それで、それがどうしてかをその神に聞いたわ。私達を他の世界やこの世界に転生させ続けているのは、自分だとその神は教えてくれた」



「それで、この転生を終わらせるには、どうすればいいのかを、その神に聞いたカミン。そうしたら、その神は、自分が転生させるのをやめるか、もしくは、自分が死ぬ以外には、転生を止める方法はないと言ったカミン。それと。永遠に、転生させるのを、終わらせる気はないとも言ったカミン」



「もちろん、いきなり殺そうなんて思ったりはしてなかったわ。私達はその神を説得する為にその神と話をした。けど、その神は私達の話など聞いてはくれなかったの」



「僕達はそれからも何度も転生して、酷い経験を何度もしたカミン」



「その神とは、何度も話をしたわ」



「それでも、僕達の言葉は聞き入れられず、転生は続いたカミン」



「そして、私達は、転生を終わらせる為に、その神を殺そうと決めた」



 クラリッサとキャスリーカが門大達の方に顔を向けた。



「神を殺そうとする理由は分かった。だけど、その話と俺達とどういう関係がある? 神龍人の力か?」



 クラリッサがクラリスタと門大の顔を交互に見る。



「転生者は前世の記憶を持ったまま、次の世界に転生するカミン。その知識や経験は、次の世界で活躍する為の糧となるカミン。そういう物を持ってる事で、転生者はその世界の運命を左右するような重要な立場に立たされてしまう事になるカミン。そういう物を隠そうとしても駄目カミン。神々がそれを許さないカミン。君達は、僕達と同じように、この世界を司ってる神によって選ばれた者達カミン。僕達と同じ運命を辿る事になるカミン。僕達とも戦う事にもなるカミン。最初は勇者だの救世主だのともてはやされて楽しいかも知れないカミン。使命感を持って戦えるかも知れないカミン。けど永遠に続く戦いのこの連鎖は、転生を繰り返す者の心に癒える事のない傷をいくつもいくつもいくつも刻み付け続けるカミン」



「転生先の立場や状況によっては、もうクラリッサから聞いてると思うけど、お互いが敵になる事も何度もあったわ。想像してみて。あんた達二人が、殺し合いをする事になるのよ」



 門大はクラリスタの顔を見る。クラリスタも同じタイミングで門大の方に顔を向けた。門大とクラリスタの目が合った。



「それは、そんな、お互いに殺し合うなんていう事は、絶対にしたくはありませんわ」



 クラリスタが言う。



「だから、俺達の為でもあるから、俺達も一緒に戦えって事か? 今までの事から考えて、たぶん、お前達の言ってる事は全部本当なんだと思う。お前達が凄く苦労してて、敵が強大で、なりふり構ってなんていられないっていうのは、今までの話を聞いてて凄く伝わって来てる。けど、他にもやり方があったんじゃないか? クラちゃんの体に、消えない傷を付けるような方法じゃなくてもよかっただろ?」



「クラリスタ。傷のあった場所を見てみるカミン。傷はもう消えてるカミンよ。もちろん、それでも許されない事をしたと思ってるカミン。お兄にゃふ。クラリスタ。僕達の事はいくら憎んでもいいカミン。事が終わったら、僕達の事を好きにしていいカミン」



 クラリッサが言葉を切ると、クラリスタが、傷のあった所を見て、本当ですわ。門大。傷が消えていますわ。と言った。



「さっき、私との戦いで受けた傷を癒した時にクラリッサがやったの。本当は、いつでも消せたのよ。でも、一応残しておいたの。私を憎み続けてもらう為に」



「クラリスタには、キャスリーカと本気で戦って欲しかったカミン。クラリスタの強さがどれくらいかを僕達は知りたかったカミン。クラリスタ。お兄にゃふ。改めてお願いするカミン。僕達に力を貸して欲しいカミン。僕達と一緒に、この世界のこの世界を司ってる神と戦って欲しいカミン。クラリスタがいないと駄目なんだカミン。人間と龍しか、神を殺す事ができないカミン。神に近くなってしまった、僕達じゃ、もう、完全な神を殺す事ができないんだカミン」



 クラリッサが言うと、クラリッサとキャスリーカが頭を深く深く下げた。
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