五十一 嘘

文字数 6,255文字

 炎龍達がいなくなると、なんの前触れもなく、門大の周囲が真っ黒な闇に包まれ、 どこからともなくクラリッサの声が聞こえて来た。



「炎龍。久し振りカミン。また会えて凄く嬉しいカミンよ」

 

「余もこうして会う事ができてとても嬉しい。再びこのような形で会えるとは思ってもいなかった」



「僕もカミン。……でも、なんで、そんな、小さな女の子の格好をしてるカミン?」



「こ、これは、あれよ。特に意味などないぞ。なんというか、ええっと、ええと、余にも分からない何かが起きている的な?」



 門大は、今度はなんだ? 何が始まったんだ? と思いながら、聞こえて来ている会話に意識を集中した。



「炎龍。話し方もなんか変カミンな。そういえば、雷神もそんな格好をしてるカミンね。むむむカミン。炎龍。何か、変な、おかしな事をしようとしてないカミンか? なんか怪しいカミン」



「久方振りに会ったのに疑われるとは、なんたる悲しさよ。余は何かをしようなどとはしてはいない。雷神の格好も、なぜそうなっているのかは、分からん」



「炎龍。雷神。こうして会うのは初めてだけど、クラリッサからあんた達の話は色々聞いてるわ。雷神はともかく、炎龍。あんた、何かあるなら、正直に言った方がいいわよ。石元門大と雷神があんたと別々になって、あんたが自分自身の意思で行動できるって事は、あんたが自分の力を自由に使えるって事よね? あんたとは何度か会話をした事もあったけど、私は、正直、今のあんたをクラリッサほどは、信用してないわ」



「炎龍。僕は悲しいカミン。折角またこんなふうに会えたのにカミン。こんなふうに炎龍を疑う事から始めなくっちゃいけないなんてカミン。何か隠してるなら、早く言って欲しいカミン。僕と炎龍の仲カミン。僕にはなんとなーく分かっちゃうカミンよ。炎龍は何かしらの、おかしな事、もっとはっきりと言うなら、何かしらの悪さをしようとしてるってカミン。もう僕達は神になりかけてるカミンよ。あの頃とは、違うカミンよ。僕達が本気になったら、もう、炎龍は僕達には勝てないカミン。炎龍。あんまり、聞き分けが悪いと、僕は、あの時の仕返しを、しちゃうかも知れないカミン」



「余、余が勝てない? そ、そんな事はあるまいて。クラリッサ。そんな、悲しい、切ない事は言わないでおくれ。余は、汝の事が、かわいくて、愛おしくて、未だに、大好きなのだぞ。汝の為ならば、なんだってしてやろうと、あの頃と変わらずに、今も思っておる。そんな余が、悪さなどと。だが、こうしてそんな話をしていると思い出してしまうのう。出会ったばかりの頃は、本当に、すまんかったのう。あの時は、汝と出会ったばかりの頃の、あの時の余は荒んでおったからのう。汝には、本当に、悪い事を、かわいそうな事をしてしまった。余は、あの時の事を思い出すと、未だに、胸が痛く痛くてのう。余はのう。汝の、クラリッサの、お陰で変われたのだ。またこんなふうに会う事ができたのに、そんなふうに言われると、余は罪悪感で死にそうになる」



「炎龍。そんなふうに言ってくれて、僕はとても嬉しいカミン。昔みたいに、抱っこをして欲しいカミンよ。けど、その格好はカミン? 何があるカミンか? 僕がこんなに聞いても、話せない事があるカミン?」



「それは……」



 炎龍が言ってから、誰も何も言わなくなり、沈黙が辺りを支配する。



「分かった。言おう。実はのう。余は、子を生なしたいと思っておってのう。ほれ。あの雄がおるであろう? 余と雷神と一緒になっていたあの雄よ。あの雄が、手頃だと、思っておってのう。そうしたら、あの雄は、こういう女子おなごが好みのようだからのう。それで、このようは格好になったのだ」



「はあ? 炎龍。あんたバカなの?」



 キャスリーカが冷たく罵倒した。



「炎龍。どうしてカミン? どうして、子供が欲しくなったカミンか?」



「クラリッサ。余はのう。余は、汝達の代わりに、異世界に行こうと思っておるのだ。あの雄が必死に、彼奴の事を、守ろうとしておったであろう? 汝達も、本当は殺したくなどないのに、それをあんなふうに無理をしておったのう。それで、雷神と話をしてのう。余と雷神が、それができないのならば、余だけでも、汝達の代わりになれればよいと思ってのう」



「それと、石元門大の子供を産むのと、なんの関係があるのよ?」



「一緒にいて、あの雄の事をよく知って、必死になって頑張っておる姿を見ていたからかのう。先にも言った通り、余が汝達の代わりなろうと思うほどに、あの雄に情が移ったという事なのかも知れんな」



「炎龍。炎龍は嘘がへたカミン。大きな戦いに臨む時、龍達は、戦いの前に必ず、自分の血を、強く濃く子孫に残す為に、雌となって子作りをしてたカミン。そういう事、カミンね。炎龍は、自分のすべてをかけて、僕達の代わりになろうとしてくれてるカミンね。だから、きっと、子供が欲しくなったカミンね」



「余計な事を言ってしまっていたようだのう。クラリッサの言う通りよ。余は嘘がへただ。分かってしまったか。クラリッサ。泣くでない。これはのう。余が望んでおる事よ。余は、汝達抗う小さき者達に、クラリッサに、随分と、たくさんの酷い事をしたからのう。その償いでもあるのだ。汝達を助ける事ができるのならば、本望よ。神よ。そういう事だ。余がこの者達に代わって転生する事に、異論はないな?」



「そんな方法は、まったく思い付かなかったのじゃ。じゃが、炎龍ならば、確かに、適任なのじゃ。炎龍が行ってくれるのならば、わしとしてはありがたいのじゃ。じゃが、じゃが、それで本当にいいのかの。炎龍はわしの事を嫌っておるじゃろ? 皆の気持ちの事だってあるのじゃ。わしだって、思わず、喜んでしまったが、このままでいいのか、と思ってしまっているのじゃ」



「何も気にする事はない。未来永劫、余が、その任を背負おう。どんな時でも決して諦めず、自分の夢や願いや理想の為に、抗い続ける小さき者達の為にのう」



「炎龍。ありがとうカミン」



「これ、クラリッサ。抱き付くでない」



「でも、炎龍。あんた、その話、子作りの話は、悪いけど、諦めた方がいいわ」



「それは――」



 キャスリーカの言葉に、炎龍が言葉を返そうとしている途中で、自分の中から、何かが、離れて行っているような、行ってはいないような、なんともいえない、不思議な感覚がして、聞こえていた声が急に途切れ、門大は、激しい眠気に襲われた。門大の意識は急速に遠退き始め、なんだ? また、俺は眠るのか? と思ったところで、門大の意識は完全に、眠りの中に落ちた。



「これは、何が起こっていますの? 門大。門大。寝ている場合ではないですわ。大変な事になっていますわ。門大。門大。早く起きて下さいまし」



「あ、ああ。ク、クラ、ちゃん?」



 クラリスタの声が聞こえて来て、今度は、意識がゆっくりと覚醒を始めたので、門大は、そう、呟くように言葉を返す。



「ニャーニャーニャニャーン」



 クロモが鳴いた。



「ぐへへへへへ。いい事を思い付いた。門大が寝ぼけてる今ならいたずらし放題だ。エロ同人誌に出て来るような、あんな事やこんな事を門大にしてやるのだ。とクロモは言ってるイヌン」



「クロモ? どうして、同人誌、なんて、知ってるんだ?」



 門大は、また、呟くように言ってから、クラちゃんの声が聞こえて、目が覚めていってるような気がしてたけど、これはまだ、夢の続きか? クロモが同人誌なんて言ってる。あれ? 夢? 俺、なんの夢を見てたんだっけ? そうだ。そうだった。あれは、あれは、夢じゃなかったような? あの事、あの交換条件。俺は、どうすればいいんだ? 目が覚めて、炎龍がまた迫って来たら。ゼゴットの事も、クラちゃんの事もあるのに。あ。ああ。あの、会話か。さっきの、あの聞こえて来てた、炎龍とクラリッサ達の会話。あの会話は、あれは、夢、なのか? あれが、夢じゃなくって、本当にあった物なら、俺は、あの事を、交換条件の事を、もう、誰かに、話しても、いいんだよな? あれ? あれれ? そもそも、あの交換条件って、やっぱり、夢、だったのか? あれは、あれは、夢じゃ、ないんだよな? 意識の中での会話や、意識だけの覚醒と入眠を繰り返したせいで、夢と現うつつの区別がつかなくなってしまっていた門大は、必死にあれやこれやと考えた。



「そうか。分からないんだったら、起きれば、目を開ければいいんだ。炎龍と雷神がいれば、炎龍に直接聞けばいい」



 門大は閃いた考えを、自分にいいか聞かせるようにして、言葉に出しながら、目を開けた。



「門大? 炎龍と雷神が、どうかしましたの?」



 クラリスタの声がして、門大の視界の中にクラリスタの姿が入って来ると、クラリスタが門大の目をじっと見つめる。



「い、いや。それは、な、なんていうか、あ、あれだ。な、なんでもない。そんな事より、クラちゃん。何が、起きてるんだ?」



 門大は、咄嗟とっさに、ごまかしちゃったけど、しょうがないよな。今はまだ、何も分からないんだ。余計な事は言わない方がいい。ごめんクラちゃん。と思いながら、横になっていた体を起こす。



「そうでしたわ。その事なのですけれど、わたくしが目を覚ましたら、門大が、人の姿に戻っていて、炎龍と雷神、らしき者達が、幼い女の子の姿になって、姿を現していて、炎龍らしき者とキャスリーカとクラリッサとゼゴットが、話の内容は、わたくしのいる所までは、聞こえては、来てはいないのですけれども、何か、話をしていますの」



「ちょっと待ってクラちゃん。人の姿に、戻ってる?」



 門大は、顔を動かして、自分の体を見る。まず目に入って来たのは、板金鎧ではなく、白い布でできた、着物のような服を着ている生身の人の体で、その体は、神龍人になっていた時よりも、明らかに小さくなっていて、どこかで見た事があるような、懐かしい気持ちを覚えるような物だった。体から目を転じて、手や足に目を向けると、手や足も、神龍人の時のように、板金鎧に包まれている物などではなく、間違いなく、人の、やはり、見た事があるような感じのする物に変わっていた。



「まったく予想外じゃった。炎龍の力を見くびっておったようじゃ。わしの力に逆らって門大を起こして、更には、意識の中で門大と会話をしていたとはの」



 ゼゴットが、顔を門大のいる方向とは、別の方向に向けたまま、誰に言うともなく言いつつ、門大の傍に歩いて来る。



「ゼゴット。お前に、話が、いや、まだ、言わない方がいいのか? でも、意識の中で俺と炎龍が話してたのを知ってるって事は、もう聞いてるのか? じゃあ、さっき聞こえてたのは、というか、炎龍と雷神がいるみたいだし、交換、っと、危ない。今までの事は、全部、やっぱり、現実に起きてた事、なんだよな?」



「なんじゃ? どうしたのじゃ? わしに何か言いたい事があるのか? 本当に、すまなかったのじゃ。無理矢理に眠らせたり、他にもたくさん迷惑をかけたのじゃ。とにかく、謝っておきたくての。クラリスタや、他の者も、起きるように、もう、起きているのか。クラリスタ。ニッケ。クロモ。ハガネ。色々、すまなかったのじゃ」



 門大は、交換条件の事、言いそうになっちゃったけど、さっきの、クラちゃんに、何も言わなかった時と同じだ。状況がまだはっきりとは、分からないから、炎龍とは、まだ話せてないから、何も、言わない方がいいよな。と頭を下げるゼゴットの姿を見つめながら思った。



「ちょっと。ゼゴット、あんた、何やってるのよ。まだ話の途中でしょ。こっちに、って、二人も、ニッケ達も、起きてるのね。ちょうどいいわ。皆こっちに来て」



 キャスリーカの声が聞こえて来た。



「ニャーニャーニャー」



 クロモがキャスリーカの声がした方に向かって、歩き出しながら鳴く。



「エロ同人誌がー。とクロモは言ってるイヌン」



「まだ続いてたのか、それ。って事は、そこも、夢じゃないんだな」



 あれ? クロモが同人誌とか言い出したのは、さっきの、炎龍とクラリッサ達の話を聞いた後だったような? ん? ん? そうなると、この事は、夢でも現実にあった事でも、どっちでもいいって事だよな? そうだよな。と門大は思う。



「何を言ってるイヌン?」



「あっ、いや、なんでもない。あ、あれだよ。クロモはなんで同人誌なんて言葉を知ってるんだ?」



 門大は立ち上がりながら言った。



「ニャニャニャ」



「キャスリーカが遊びで作ってくれた事がある。クロモはBLモノとか百合モノとかが好き。とクロモは言っているイヌン。ちなみに、ハガネはケモミミモノが好きイヌン」



「そうか。そうなんだ」



 とにかく、あれだ。もう、余計な事を考えるのはやよう。そのせいで、もっと、頭の中がこんがらがっちゃいそうだ。今は、とにかく、一刻も早く炎龍と話をしよう。と門大は、ハガネの話を上の空で聞きながら思いつつ、言葉を返し、クロモの後を追うようにして歩き出した。



「門大。何か、様子が変ですわよ。何かあったのですの? ゼゴットが、炎龍と門大が、意識の中で会話をしていた、と、さっき言っていましたし」



 歩き出して、すぐに、クラリスタが言った。



「え? へ? 何か、おかしいかな?」



 門大は、クラリスタの方に顔を向けずに、口だけを動かして、言葉を返す。



「わたくしは、何か、おかしい、と、門大を見ていて、そう、感じるのですけれど」



 クラリスタが、門大の肩に、指先でそっと触れながら言った。門大は、反射的に顔を動かし、クラリスタの顔を、目を、見た。



「い、いや、何も、ないよ」



 言いながら、門大は視線をそらすと、クラちゃんに、嘘を、吐ついてしまった。でも、今は、ゼゴットの命が懸かってるんだもんな。何も言えないしな。しょうがないよな? と思い、なんともいえない、やり切れない、悲しい気持ちになった。



「明らかに何かを隠しているリアクションぽにゅな。しかも、これは、浮気っぽいぽにゅ。ニッケも、恋人に何度か浮気をされた事があるぽにゅよ。確か、こんな感じだったぽにゅ」



 背後からニッケの声がして、門大はニッケの方に顔を向ける。



「う、う、浮気? 浮気なんて、俺がするはずない。そんな事より、そんな事より、そんな、根も葉もない話より、んんー、おま、お前、恋人って」



 門大は、浮気という言葉を言われ、クラリスタに嘘を吐いた事や、炎龍達との間にあった会話などの事が、急に、酷く、後ろめたく感じられて来て、慌てて、そう言葉を捻り出した。



「恋人くらいいるぽにゅよ。でも、今はいないから、いたぽにょって、言った方がいいぽにゅかね。一番最近まで付き合ってた彼女は、蟷螂虫かまきりむしだったぽにゅ」



「ニッケ。ニッケはさ、蝶々、なんだよな? 蟷螂が相手って、それは、大丈夫なのか?」



 門大は、浮気という言葉の呪縛から逃れたいと思い、必死に会話を繋ごうとして、そう言った。



「何か駄目ぽにゅか? 意味が分からないぽにゅ。うまくいってたぽにゅよ。毎日ラブラブだったぽにゅ。ただ、エッチした後に、二、三度、ニッケを食べようとして来た事があったぽにゅな。あれはちょっと、ひいたぽにゅよ。あの頃、二度目に、触角を少しだけ食べられた頃、くらいからだったぽにゅかな。段々、気持ちが冷めていったぽにゅ。あの子の愛は、ちょっと、ニッケには重かったぽにゅかね」



 そう言ってニッケが、どこか、寂しそうに、遠くを見るような仕草をした。
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