五十九 一人と一匹暮らし
文字数 5,261文字
自分の顔に纏まとわり付くように、何かしらの、がさがさとした物が、触れた。それから、時折、小さな、鋭く尖った物も触れているようで、ちくりとした、痛みも、感じられる。
俺は、どうしたんだっけ? 門大は、ふっと、そんな事を考える。そうだ。ゼゴットが生き返らせるって言ってくれて、それで、頭を上げて、立ち上がって……。
「クラちゃん!」
門大は声を上げながら、目を開け、体を起こした。
「ミャンッ」
門大の声と動きに反応するように、子猫の驚いたような鳴き声がする。
「クラちゃん?」
門大は、鳴き声のした方に顔を向けた。
「ミャウ。ミャウー」
子猫が、大きな声で鳴きながら、大きく頷うなずく。
「クラちゃん。会えてよかった」
門大は言って、子猫に向かって手を伸ばす。
「ミャウゥゥ」
子猫が門大に飛び付いた。
「クラちゃん。クラちゃん」
門大は子猫をぎゅっと抱き締める。
「ミャウ。ミャウミャウ」
子猫が嬉しそうに鳴き、門大の顔をぺろぺろと舐めた。
「クラちゃん。くすぐったいよ。ちょっと、ほら。やめてってば」
門大は、そう言いながらも、顔の近くから、子猫を離さない。
「ミャミャミャン」
「やめないなら、俺も舐めちゃうぞー」
門大は、言って、子猫の、クラリスタの顔を舐めようとした。
「はわわっ。クラちゃん。これって」
両目をきゅっと瞑つぶった子猫の顔を見た門大は、急に冷静になって、子猫を自分の顔から遠ざける。
「ミャウー?」
子猫が目を開けて、首を傾かしげる。
「いや、だって、クラちゃん。顔を舐め合うって、ねえ?」
「ミャ!? ミュミュミュ。ミュユーン」
子猫が鳴き声を上げながら、首を激しく左右に振って、両前足で自分の顔を隠すような仕草をした。
「いやいやいや。クラちゃんが舐めるのは、しょうがないと思う。今は、子猫だし。分からないけど、条件反射みたいなので、舌が出ちゃう的な事があるのかも知れないし。でも、俺は、まずいかなって。相手がただの子猫だったら、かわいさ余って舐めちゃうかも知れないけど、けど、子猫の姿をしてるけど、クラちゃんだし。ま、まあ、クラちゃんがいいなら、あれだよ。クラちゃんも、猫も大好きだから。全然、舐められるけど。って。勝手にここまで喋っちゃったけど、そういう話で、いいんだよね?」
「ミューミュ。ミャミャ? ミュミャウ。ミュミュー」
子猫が両前足を下ろして頷き、何かを考えているかのような顔をしながら、鳴いて、それから、小さく首をゆっくりと、左右に振り、門大の自分を抱く手に、そっと片方の前足をのせた。
「舐めるのは、やめておいた方が、いいって、事、だよね?」
「ミャミャミュミュウ」
子猫が、門大の顔を見て、少しだけ、間を空けてから、鳴いて頷く。
門大は、分かった。舐めるのはやめよう。と言ってから、仕切り直すように、そうだ。クラちゃん。と言って、子猫を手の中から下ろそうと、周囲を見た。自分が、ソファの上に座っている事を知ると、門大は、子猫を、ソファの上にそっと下ろす。
「ミャン?」
子猫がお座りをして、門大の顔を見つめた。
「クラちゃんは、元の姿に、人の姿に」
門大はそこまで言って言葉を切った。
「ミャウミャウ?」
子猫が首を傾げる。
「ごめん。急に、黙ったりして。わけが、分からないよね。あのね、クラちゃん。元の姿に、人の姿に、戻りたい? って聞こうと思ったんだけど、えっと、なんか、ちょっと、考えちゃったっていうか、こんなふうに、いきなり言っていいかどうかって、急に、迷ちゃって。クラちゃん。改めて、聞くね。どうかな? 元の姿に、人の姿に、戻りたいって、思う?」
「ミャウン」
子猫が鳴いて、大きく頷く。
「よかった。これで、大丈夫だ。クラちゃんは、人の姿に戻れる」
門大は、言ってから、じっと子猫を見つめ、よかった。よかった。これで、もう、戻るんだよな? すぐに戻るのかな? いつ戻るんだろ? と、思った。
「ミャウミャン」
子猫が鳴いて、顔を動かし、自分の体を見るような仕草をする。
そのまま、子猫も鳴かず、門大も何も言わず、静かな時間が、門大と子猫の間に流れ始める。
「戻ら、ないね。すぐには、戻らないのかな?」
時間にして三分くらいが経過した頃に、門大は言葉を出した。
「ミャウン」
子猫が頷く。
「あれなのかな」
門大は、まだ、左腕の手首に巻いたままになっていた、腕時計を見た。
「ミャ?」
子猫が、門大の左腕の傍に来て、腕時計を見ようとする。
「これは、試練の残り時間を、見る時計でね」
「ミュウ?」
子猫が首を傾げる。
「うん? ああっ。クラちゃんは、試練の事とか、今の、この状況の事とか、何も知らない? 知らないんだったら、全部説明した方が、いいんだよな」
門大は、言いながら、子猫の姿を見つめた。
「ミャ?」
子猫が反対側に首を傾げ直す。
「か、かわいい」
門大は、子猫の仕草のあまりのかわいさに、思わずそう呟いてしまってから、今は、こんな、かわいいなんて思ってる場合じゃないのに。と思った。
「ミャッン」
子猫がぴょんっと小さく飛び上がる。
「今の、急に、かわいいって言ったから、驚いたの? そんで飛んじゃった?」
「ミュー。ンン」
子猫が小さな声で鳴いてから頷く。
うわー。駄目だ。また、こんな、かわいいのを。一度、かわいいって思っちゃったせいか、かわいいが加速してるような気がする。と門大は思った。
「ミャミャミャ。ウウゥゥ」
子猫がしゃしゃっと走って、門大の背中の後ろに回り込む。
「え? なんて?」
「ミャミャウ。ミュミュミュ」
「照れてるの?」
「ミャス」
「ミャスって。また、これは、なんか、かわいい、変な、鳴き方」
門大は思わず微笑んでしまう。
子猫が背中の後ろから出て来ると、門大の見える場所に戻って来た。
「ミャ、ミャンー」
子猫が、どこか、困ったような顔をして鳴いた。
「今のは、意味が、分かったかも。それに、クラちゃんの表情の変化も、なんとなく、分かるようになって来てるかも知れない。今のは、恥ずかしいから、クラちゃんの一挙一動を見て、あれこれ言うのはやめろって、いうような、事を、言ったんだよね?」
「ミャス」
子猫が頷く。
「ま、また、ミャスって。かわいい。ああ。ごめん。またこんな事言っちゃった。……。あれ? これって? クラちゃん。今、唐突に思い付いたんだけど、いろんな鳴き声出せるって事は、ひょっとして、それは、あれじゃないか? ちょっと頑張れば、人の言葉みたいなのを、喋れるんじゃないか?」
「ミャウー?」
子猫が首を傾げた。
「やってみてよ」
「ミャウ。ミャン。ミャス。ウゥゥゥ。フー。シャアアアア」
子猫が鳴き止むと、しょんぼりとした様子になって、小さく顔を左右に振った。
「ごめん。変な事、言って、本当に、ごめん。でも、クラちゃん。大丈夫だって。いつっていうのは、分からないけど、元に戻れるのは確実なんだから。ちゃんと、その辺の話は、ゼゴットから聞いてるんだ。だから、その時になったら、クラちゃんが人の姿に戻ったら、たくさん話をしよう」
「ミャン」
子猫が目を輝かせる。
門大は、クラちゃん。こんなに目を輝かせて。と思うと、子猫を抱っこしたくなり、子猫に向かって手を伸ばす。子猫が、門大の意図を理解したのか、門大の手に近付いた。
「あっ。あれ? えっと、何か、やろうとしてた気がする。ええっと、これから、どうするつもりだったんだっけ? って、そうだった。説明の事だ。クラちゃん。クラちゃんは、今、どうしてこうなってるかとか、分かってる?」
門大は、子猫を抱き上げつつ、言いながら、子猫の目を、じっと見つめた。
「ミャア」
子猫の目が、門大の目と合い、束の間、見つめ合うと、子猫が、目を微かに伏せてから、鳴いて、顔を横に向ける。
「クラちゃん? あ、あれかな? こうやって、急に抱いたりするの、やめた方がいいのかな? クラちゃんの体に、思いっ切り、触っちゃってる事に、なるもんね」
「ミュー。ミュミュン」
子猫が横を向いたまま、何かを考えているかのように、少しだけ間を空けてから、門大の方に顔を向けて、鳴いた。
「ごめん。ちょっと、分からないな。一度、下ろすよ」
「ミュ、ミュフ」
子猫が鳴いて、門大の手に両方の前足でしがみ付いた。
「抱いても、いいって、事?」
子猫が両方の前足に、さらに、きゅっと力を込めて、頷く。
「よかった。それなら、いつでも抱っこできる」
あれ? でも、そうすると、クラちゃんは、なんで、さっき、あんな目を伏せるような仕草をしたんだ? 何か、他に気になる事があったのかな? 門大はそう思うと、何があるのかを聞こうと思い、子猫の姿を改めて見つめる。
「クラちゃん。さっき、俺が、抱っこをしていいかどうか聞いた時に、他に、何があったの? 抱っこの事じゃなくって、何か別の事が気になった?」
「ミュ? ミュミュミューン」
子猫が、一度、首を傾げてから、首を左右に振る。
「それは、ええっと」
「ミュミュミュ」
子猫が、何かを考えているような顔してから、鳴いて、両方の前足を門大の手から放すと、こくこくと頷きながら、片方の前足で門大の手をぽふぽふと優しく叩いた。
「ううん? それは、大丈夫、って事?」
「ミュス」
子猫が頷く。
うーん。クラちゃんの事だからな。何か、我慢してるのかも知れない。でも、今のままだと、どうしても、クラちゃんの言ってる事が、分からない時があるな。何か、クラちゃんの言いたい事が、分かるようになる方法があればいいんだけど。門大は、そんな事を思うと、何か使える物があったりはしないかと思い、周囲を見回す。
「ミュミュウー?」
子猫が鳴く。
「どうしたの?」
言って門大は子猫の方を見た。子猫が門大の顔を見て、傾げていた首を、反対の方向に向かって、また、傾げ直す。
「うわっー。ま、また。クラちゃん。それは、それは反則。反則級に、その仕草はかわいいんだから。ん? んん? クラちゃん。なんか、体が汚れて、ああ! そうだ。クラちゃん。体は、傷は、大丈夫? あのツルギアラシ、あの、変な、体中から剣の生えた奴と、戦ってできた傷」
「ミュ」
「平気なの? 痛い所とかない?」
門大は、子猫の鳴き声も聞こえないほどに必死になって、子猫の体のあちらこちらを見たが、血で汚れてはいるものの、傷らしき物は、どこにも見付ける事ができなかった。
「ミュン」
「ゼゴットが、治してくれたのかな」
「ミュミュミャミャミュウ」
門大は、言葉を出してから、いや。クラちゃんの事だから、怪我の事を、隠してるって事もあるかも知れない。念の為に、もっとちゃんと見てみよう。と思うと、今度は、子猫の体のあちらこちらの毛を、指でかき分けるようにして、子猫の地肌を見る。
「ミャ、ミャフス」
子猫が、ぷすっと、片方の前足の爪を、優しく門大の手に刺した。
「いたたたっ。え? なんで? ああー。ごめん。ついつい夢中になっちゃってた。今のは、さすがに、クラちゃんの言いたい事は、分かってると思う。体を、じろじろ、見過ぎだったね」
「ミュス」
子猫が小さな声で鳴いて頷く。
「でも、クラちゃん。大丈夫なの? 痛い所とか、傷とかは、ない?」
「ミュス」
子猫が、もう一度、小さな声で鳴いてから頷いた。
「そうか。それはよかった。俺が見ても、傷とかはなかったみたいだし。よかった。本当によかった。でも、まだ、体が汚れて、そうだ。クラちゃん。あれだよ。お風呂だよ。この家にも、お風呂があると思うから、二人でお風呂に入ろう」
すぐにでも、お風呂に入って、体を洗ってあげた方がいい。そうだ。そうだよ。お風呂に入りながら、さっきの、説明の事も、どこまで知ってるのかとか、聞いたり、知らない事があるんだったら、その事を話せばいい。のんびりと、湯船にでも浸かってる時に、話せばいいんだ。と門大は言ってから思った。
「ミャミャ!? ミャミャミュ!!」
子猫が、門大の手の中で、何やら慌て出し、四肢をばたばたと動かす。
「あれ? えっと、なんだろ? ああ、あれかな。なんか、誤解、してるのかな? お風呂っていっても、なんていうか、変な意味じゃないよ。クラちゃん、体が、ほら。ツルギアラシの、クラちゃんが戦った、あの変な奴の血で、まだ、汚れてるから。傷は治ってるみたいだけど、体は洗わないと、駄目みたいだから」
「ミュミュミャミ。ミュミャミャン。ミャミュミャミュミュ」
子猫が、急に、元気のなくなった声で鳴き、顔を俯けてから、小さく頷いた。
「分かって、くれた?」
門大は、言いながら、クラちゃん、急に元気がなくなったけど、これは、あれ、だよな。やっぱり、クラちゃんが子猫になった事と、俺が死んだりした事で、傷付いてるから、だよな? 失敗した。もっと、血で汚れてる事とかを言う時に、気を使えばよかった。と思った。
「ミュウーウン」
子猫が、顔を俯けたまま、元気のない声で鳴いてから、もう一度小さく頷いた。
俺は、どうしたんだっけ? 門大は、ふっと、そんな事を考える。そうだ。ゼゴットが生き返らせるって言ってくれて、それで、頭を上げて、立ち上がって……。
「クラちゃん!」
門大は声を上げながら、目を開け、体を起こした。
「ミャンッ」
門大の声と動きに反応するように、子猫の驚いたような鳴き声がする。
「クラちゃん?」
門大は、鳴き声のした方に顔を向けた。
「ミャウ。ミャウー」
子猫が、大きな声で鳴きながら、大きく頷うなずく。
「クラちゃん。会えてよかった」
門大は言って、子猫に向かって手を伸ばす。
「ミャウゥゥ」
子猫が門大に飛び付いた。
「クラちゃん。クラちゃん」
門大は子猫をぎゅっと抱き締める。
「ミャウ。ミャウミャウ」
子猫が嬉しそうに鳴き、門大の顔をぺろぺろと舐めた。
「クラちゃん。くすぐったいよ。ちょっと、ほら。やめてってば」
門大は、そう言いながらも、顔の近くから、子猫を離さない。
「ミャミャミャン」
「やめないなら、俺も舐めちゃうぞー」
門大は、言って、子猫の、クラリスタの顔を舐めようとした。
「はわわっ。クラちゃん。これって」
両目をきゅっと瞑つぶった子猫の顔を見た門大は、急に冷静になって、子猫を自分の顔から遠ざける。
「ミャウー?」
子猫が目を開けて、首を傾かしげる。
「いや、だって、クラちゃん。顔を舐め合うって、ねえ?」
「ミャ!? ミュミュミュ。ミュユーン」
子猫が鳴き声を上げながら、首を激しく左右に振って、両前足で自分の顔を隠すような仕草をした。
「いやいやいや。クラちゃんが舐めるのは、しょうがないと思う。今は、子猫だし。分からないけど、条件反射みたいなので、舌が出ちゃう的な事があるのかも知れないし。でも、俺は、まずいかなって。相手がただの子猫だったら、かわいさ余って舐めちゃうかも知れないけど、けど、子猫の姿をしてるけど、クラちゃんだし。ま、まあ、クラちゃんがいいなら、あれだよ。クラちゃんも、猫も大好きだから。全然、舐められるけど。って。勝手にここまで喋っちゃったけど、そういう話で、いいんだよね?」
「ミューミュ。ミャミャ? ミュミャウ。ミュミュー」
子猫が両前足を下ろして頷き、何かを考えているかのような顔をしながら、鳴いて、それから、小さく首をゆっくりと、左右に振り、門大の自分を抱く手に、そっと片方の前足をのせた。
「舐めるのは、やめておいた方が、いいって、事、だよね?」
「ミャミャミュミュウ」
子猫が、門大の顔を見て、少しだけ、間を空けてから、鳴いて頷く。
門大は、分かった。舐めるのはやめよう。と言ってから、仕切り直すように、そうだ。クラちゃん。と言って、子猫を手の中から下ろそうと、周囲を見た。自分が、ソファの上に座っている事を知ると、門大は、子猫を、ソファの上にそっと下ろす。
「ミャン?」
子猫がお座りをして、門大の顔を見つめた。
「クラちゃんは、元の姿に、人の姿に」
門大はそこまで言って言葉を切った。
「ミャウミャウ?」
子猫が首を傾げる。
「ごめん。急に、黙ったりして。わけが、分からないよね。あのね、クラちゃん。元の姿に、人の姿に、戻りたい? って聞こうと思ったんだけど、えっと、なんか、ちょっと、考えちゃったっていうか、こんなふうに、いきなり言っていいかどうかって、急に、迷ちゃって。クラちゃん。改めて、聞くね。どうかな? 元の姿に、人の姿に、戻りたいって、思う?」
「ミャウン」
子猫が鳴いて、大きく頷く。
「よかった。これで、大丈夫だ。クラちゃんは、人の姿に戻れる」
門大は、言ってから、じっと子猫を見つめ、よかった。よかった。これで、もう、戻るんだよな? すぐに戻るのかな? いつ戻るんだろ? と、思った。
「ミャウミャン」
子猫が鳴いて、顔を動かし、自分の体を見るような仕草をする。
そのまま、子猫も鳴かず、門大も何も言わず、静かな時間が、門大と子猫の間に流れ始める。
「戻ら、ないね。すぐには、戻らないのかな?」
時間にして三分くらいが経過した頃に、門大は言葉を出した。
「ミャウン」
子猫が頷く。
「あれなのかな」
門大は、まだ、左腕の手首に巻いたままになっていた、腕時計を見た。
「ミャ?」
子猫が、門大の左腕の傍に来て、腕時計を見ようとする。
「これは、試練の残り時間を、見る時計でね」
「ミュウ?」
子猫が首を傾げる。
「うん? ああっ。クラちゃんは、試練の事とか、今の、この状況の事とか、何も知らない? 知らないんだったら、全部説明した方が、いいんだよな」
門大は、言いながら、子猫の姿を見つめた。
「ミャ?」
子猫が反対側に首を傾げ直す。
「か、かわいい」
門大は、子猫の仕草のあまりのかわいさに、思わずそう呟いてしまってから、今は、こんな、かわいいなんて思ってる場合じゃないのに。と思った。
「ミャッン」
子猫がぴょんっと小さく飛び上がる。
「今の、急に、かわいいって言ったから、驚いたの? そんで飛んじゃった?」
「ミュー。ンン」
子猫が小さな声で鳴いてから頷く。
うわー。駄目だ。また、こんな、かわいいのを。一度、かわいいって思っちゃったせいか、かわいいが加速してるような気がする。と門大は思った。
「ミャミャミャ。ウウゥゥ」
子猫がしゃしゃっと走って、門大の背中の後ろに回り込む。
「え? なんて?」
「ミャミャウ。ミュミュミュ」
「照れてるの?」
「ミャス」
「ミャスって。また、これは、なんか、かわいい、変な、鳴き方」
門大は思わず微笑んでしまう。
子猫が背中の後ろから出て来ると、門大の見える場所に戻って来た。
「ミャ、ミャンー」
子猫が、どこか、困ったような顔をして鳴いた。
「今のは、意味が、分かったかも。それに、クラちゃんの表情の変化も、なんとなく、分かるようになって来てるかも知れない。今のは、恥ずかしいから、クラちゃんの一挙一動を見て、あれこれ言うのはやめろって、いうような、事を、言ったんだよね?」
「ミャス」
子猫が頷く。
「ま、また、ミャスって。かわいい。ああ。ごめん。またこんな事言っちゃった。……。あれ? これって? クラちゃん。今、唐突に思い付いたんだけど、いろんな鳴き声出せるって事は、ひょっとして、それは、あれじゃないか? ちょっと頑張れば、人の言葉みたいなのを、喋れるんじゃないか?」
「ミャウー?」
子猫が首を傾げた。
「やってみてよ」
「ミャウ。ミャン。ミャス。ウゥゥゥ。フー。シャアアアア」
子猫が鳴き止むと、しょんぼりとした様子になって、小さく顔を左右に振った。
「ごめん。変な事、言って、本当に、ごめん。でも、クラちゃん。大丈夫だって。いつっていうのは、分からないけど、元に戻れるのは確実なんだから。ちゃんと、その辺の話は、ゼゴットから聞いてるんだ。だから、その時になったら、クラちゃんが人の姿に戻ったら、たくさん話をしよう」
「ミャン」
子猫が目を輝かせる。
門大は、クラちゃん。こんなに目を輝かせて。と思うと、子猫を抱っこしたくなり、子猫に向かって手を伸ばす。子猫が、門大の意図を理解したのか、門大の手に近付いた。
「あっ。あれ? えっと、何か、やろうとしてた気がする。ええっと、これから、どうするつもりだったんだっけ? って、そうだった。説明の事だ。クラちゃん。クラちゃんは、今、どうしてこうなってるかとか、分かってる?」
門大は、子猫を抱き上げつつ、言いながら、子猫の目を、じっと見つめた。
「ミャア」
子猫の目が、門大の目と合い、束の間、見つめ合うと、子猫が、目を微かに伏せてから、鳴いて、顔を横に向ける。
「クラちゃん? あ、あれかな? こうやって、急に抱いたりするの、やめた方がいいのかな? クラちゃんの体に、思いっ切り、触っちゃってる事に、なるもんね」
「ミュー。ミュミュン」
子猫が横を向いたまま、何かを考えているかのように、少しだけ間を空けてから、門大の方に顔を向けて、鳴いた。
「ごめん。ちょっと、分からないな。一度、下ろすよ」
「ミュ、ミュフ」
子猫が鳴いて、門大の手に両方の前足でしがみ付いた。
「抱いても、いいって、事?」
子猫が両方の前足に、さらに、きゅっと力を込めて、頷く。
「よかった。それなら、いつでも抱っこできる」
あれ? でも、そうすると、クラちゃんは、なんで、さっき、あんな目を伏せるような仕草をしたんだ? 何か、他に気になる事があったのかな? 門大はそう思うと、何があるのかを聞こうと思い、子猫の姿を改めて見つめる。
「クラちゃん。さっき、俺が、抱っこをしていいかどうか聞いた時に、他に、何があったの? 抱っこの事じゃなくって、何か別の事が気になった?」
「ミュ? ミュミュミューン」
子猫が、一度、首を傾げてから、首を左右に振る。
「それは、ええっと」
「ミュミュミュ」
子猫が、何かを考えているような顔してから、鳴いて、両方の前足を門大の手から放すと、こくこくと頷きながら、片方の前足で門大の手をぽふぽふと優しく叩いた。
「ううん? それは、大丈夫、って事?」
「ミュス」
子猫が頷く。
うーん。クラちゃんの事だからな。何か、我慢してるのかも知れない。でも、今のままだと、どうしても、クラちゃんの言ってる事が、分からない時があるな。何か、クラちゃんの言いたい事が、分かるようになる方法があればいいんだけど。門大は、そんな事を思うと、何か使える物があったりはしないかと思い、周囲を見回す。
「ミュミュウー?」
子猫が鳴く。
「どうしたの?」
言って門大は子猫の方を見た。子猫が門大の顔を見て、傾げていた首を、反対の方向に向かって、また、傾げ直す。
「うわっー。ま、また。クラちゃん。それは、それは反則。反則級に、その仕草はかわいいんだから。ん? んん? クラちゃん。なんか、体が汚れて、ああ! そうだ。クラちゃん。体は、傷は、大丈夫? あのツルギアラシ、あの、変な、体中から剣の生えた奴と、戦ってできた傷」
「ミュ」
「平気なの? 痛い所とかない?」
門大は、子猫の鳴き声も聞こえないほどに必死になって、子猫の体のあちらこちらを見たが、血で汚れてはいるものの、傷らしき物は、どこにも見付ける事ができなかった。
「ミュン」
「ゼゴットが、治してくれたのかな」
「ミュミュミャミャミュウ」
門大は、言葉を出してから、いや。クラちゃんの事だから、怪我の事を、隠してるって事もあるかも知れない。念の為に、もっとちゃんと見てみよう。と思うと、今度は、子猫の体のあちらこちらの毛を、指でかき分けるようにして、子猫の地肌を見る。
「ミャ、ミャフス」
子猫が、ぷすっと、片方の前足の爪を、優しく門大の手に刺した。
「いたたたっ。え? なんで? ああー。ごめん。ついつい夢中になっちゃってた。今のは、さすがに、クラちゃんの言いたい事は、分かってると思う。体を、じろじろ、見過ぎだったね」
「ミュス」
子猫が小さな声で鳴いて頷く。
「でも、クラちゃん。大丈夫なの? 痛い所とか、傷とかは、ない?」
「ミュス」
子猫が、もう一度、小さな声で鳴いてから頷いた。
「そうか。それはよかった。俺が見ても、傷とかはなかったみたいだし。よかった。本当によかった。でも、まだ、体が汚れて、そうだ。クラちゃん。あれだよ。お風呂だよ。この家にも、お風呂があると思うから、二人でお風呂に入ろう」
すぐにでも、お風呂に入って、体を洗ってあげた方がいい。そうだ。そうだよ。お風呂に入りながら、さっきの、説明の事も、どこまで知ってるのかとか、聞いたり、知らない事があるんだったら、その事を話せばいい。のんびりと、湯船にでも浸かってる時に、話せばいいんだ。と門大は言ってから思った。
「ミャミャ!? ミャミャミュ!!」
子猫が、門大の手の中で、何やら慌て出し、四肢をばたばたと動かす。
「あれ? えっと、なんだろ? ああ、あれかな。なんか、誤解、してるのかな? お風呂っていっても、なんていうか、変な意味じゃないよ。クラちゃん、体が、ほら。ツルギアラシの、クラちゃんが戦った、あの変な奴の血で、まだ、汚れてるから。傷は治ってるみたいだけど、体は洗わないと、駄目みたいだから」
「ミュミュミャミ。ミュミャミャン。ミャミュミャミュミュ」
子猫が、急に、元気のなくなった声で鳴き、顔を俯けてから、小さく頷いた。
「分かって、くれた?」
門大は、言いながら、クラちゃん、急に元気がなくなったけど、これは、あれ、だよな。やっぱり、クラちゃんが子猫になった事と、俺が死んだりした事で、傷付いてるから、だよな? 失敗した。もっと、血で汚れてる事とかを言う時に、気を使えばよかった。と思った。
「ミュウーウン」
子猫が、顔を俯けたまま、元気のない声で鳴いてから、もう一度小さく頷いた。