五十三 涙

文字数 2,665文字

 キャスリーカが、炎龍は答えなくていいわ。石元門大に聞くから。と言ってから、門大の方に顔を向けた。



「石元門大。どういう事なのかしら?」



「お兄にゃふ。僕はお兄にゃふが浮気をするなんて絶対にないと思ってるカミン。けど、何かはあったとは思ってるカミン。お兄にゃふは何を隠してるカミン?」



 クラリッサが、キャスリーカの言葉に続けるようにして言い、クラリスタの方を見る。



「浮気は、してない。それは、信じて欲しい」



 門大は、クラリスタの目を見て言った。



「さ、さっきの話はのう。あれよ。余が抗う小さき者の雄に、この事は黙っておれと、言ってあった事があったのよ。それで、こう、あれよ。その事を、知られたくなくてのう。それで、話を合わせるようにと、言ったのだ」



 炎龍が大きな声で言う。



「あんた、さっき、全部話したって言ってたわよね?」



 キャスリーカが言い、対巨大幻獣用狙撃銃を出現させる。



「ぬ、ぬう。余、余にそんな物を向けるでない」



「炎龍。僕は悲しいカミン。僕に嘘を吐いてたカミンね」



 クラリッサが悲しそうな顔をした。



「違うのだ。クラリッサ。嘘を吐いてなんて、そんな事はない。これは、えっと、ええーっと、そうだ。とにかく、今から話す事にしようではないか。余が何を黙っているように言ったのかを、な。それなら、よかろう?」



「そうね。ぜひ聞きたいわ。炎龍の口からじゃなくって、石元門大の口からね」



「いや、そこは、余の口からでいいではないか。元々は余が言った事だしのう」



 クラリッサが、じとーっとした目で炎龍を見る。



「これ、クラリッサ。そんな目で見るでない」



 炎龍が言い、何かを諦めたような顔をすると、ゆっくりと目を閉じる。



「分かった。もう、これ以上、クラリッサに責められるのは、耐えられん。抗う小さき者の雄よ。すべて話すがよい。余が汝に言った、あの事、いや、もう、はっきりと言おう。余は汝を脅したが、あれは、もうなしだ。何を言ってもよい。クラリッサ。余は、血迷ちまよった事をしてしまったが、余の事を許して欲しい」



 しばしの間を空けてから、炎龍が、ゆっくりと、目を開き、そう言った。



「炎龍。脅してたカミンか。炎龍は、そういうとこがあるカミンな。まったく。なんだかんだと言ってても、そういうとこは、昔から変わってないカミンね」



 クラリッサが言って、溜息を吐く。



「最初から正直にそう言えばいいのよ。変に隠そうとするから、私だって、こんな物を出さなきゃいけなくなるんじゃない」



 キャスリーカが言い、対巨大幻獣用狙撃銃を消した。



「人の雄ぽにゅ。さあ、話すぽにゅよ」



「分かった。クラちゃん。さっきから、ずっと、隠してて、黙ってて、嘘まで吐いてて、ごめん」



 門大は言ってから、意識の中であった、出来事を、記憶の限り全部話した。



「炎龍。やっぱり炎龍は炎龍カミンな。僕はなんだか、逆に安心したカミンよ。炎龍。子供は無理だけど、僕はいい事を思い付いたカミン。僕とキャスリーカと雷神と炎龍と、皆で、家族になるカミン。転生してない時は、皆で一緒に暮らすカミンよ。子孫を残す事はできないけど、きっと楽しいカミンよ」



「家族。家族か。確かに、それは、魅力的だのう。汝達と、家族になる、か。あの頃と、今は違うからのう。外敵のいない、戦いのない日々を、平穏な気持ちで過ごせるのであろうのう」



 炎龍が言い終えると、キャスリーカとクラリッサと炎龍と雷神が、あれやこれやと、楽しそうに話をしはじめる。



「クラちゃん。本当にごめん」



 ニッケが、門大の体から足を放したので、門大は、言いながら、クラリスタの傍に行った。



「門大。全部話してくれて、ありがとうございます」



 そう言って、微笑んだクラリスタだったが、その表情は、いつものクラリスタの表情とは違っていて、なぜか、まだ、寂しそうだった。



「クラちゃん?」



「ごめんなさい。わたくし、ちょっと、変なのですわ。門大が、全部話してくれて、何もなかったと分かっていいますのに、どうしてか、心が晴れませんの。……。ごめんなさい。本当は、どうしてなのかは、分かってはいるのですわ。けれど、それは、今は、話したくは、ありませんわ」



 クラリスタが、自分の口の辺りを両手で覆うと、声を押し殺して、泣き始めた。



「クラちゃん? 大丈夫?」



「門大。門大。門大。わたくしは、わたくしは」



 クラリスタが泣きながら、声を絞り出すようにして言ったが、途中から声が泣き声に変わってしまい、言葉にならなくなった。



「クラちゃん。ごめん。俺のせいだ。俺のせいでクラちゃんを傷付けた。ごめん。本当にごめん」



 泣いているクラリスタの姿が、酷く儚く、今にも消えてしまいそうな、とても弱々しい物に感じられて、クラリタを抱き締めたい。と思った門大は、クラリスタを抱き締めようとして、手を伸ばし、クラリスタの肩にそっと触れたが、そこで手を止め、すぐに手を引いた。



「か、ど、ひろ?」



 クラリスタが、涙で濡れる瞳を大きくして、門大の目を見つめる。



「あ、あの、ごめん。抱き締めたくなって、そうしようと、思って、手を伸ばしたんだけど、こんな事、今まで、この、体で、俺、本来の姿で、クラちゃんに、した事なかったから。急にやったら、悪いかなって」



「どうして、いえ、しょがない、しょうがない、ですわよね。こんな、わたくし、ですから。ごめんなさい」



 クラリスタが、ごめんなさい。と言ったのと同時に、突然、門大から逃げるようにして、走り出した。



「クラちゃん」



 門大は、すぐに後を追おうとして走り出したが、草原の草に足を取られて、足をもつれさせ、頭からつんのめるようにして、派手に転んでしまう。



「なんか、騒がしいけど、って、ちょっと、あんた、それ、何してんの?」



「ク、クラちゃんを、泣かしちゃって」



 門大は言いながら、急いで立ち上がる。



「クラリスタはどこカミン?」



 クラリッサが言いながら、顔を巡らせて、クラリスタの姿を探す。



「とにかく、クラリスタを追いかけるカミン」



 クラリスタの走り去って行く姿を見て、クラリッサが言った。



「ニャーニャ」



「クロモが追いかける。クロモは、何があったのか知ってる。こういう時は、人間が行くよりも、クロモみたいなキュートな猫が行った方が、クラリスタも気持ちが和むと思う。とクロモは言ってるぽにゅ」



 ニッケが言うと、クロモが走り出す。



「クロモ。ごめん。頼む」



 門大は、クロモの背中に向かって、呟くように言った。



「何があったの?」



 門大は、キャスリーカに、クラリスタとの間にあった出来事を話した。
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