四十二 微笑み

文字数 3,478文字

 二つの足だけという、二つの、骨と肉の塊だけという、姿と化してしまった、神だったが、キャスリーカの言う通り、殺す事はできてはいないようで、その二つの足が、ゆっくりと動き出すと、門大達の方に向かって進み始める。神の体が再生を始め、門大達の近くに来る頃には、体だけではなく、着ていた服や持っていた杖までもが再生し、神は、撃たれる前とまったく同じ姿になっていた。



「いきなり吹っ飛ばすとは、随分な挨拶じゃな」



 キャスリーカの方に顔を向け、その幼い容姿に見合った幼子おさなごのような声で、どこか、拗ねているような調子で、神が言った。



「もう一回やりましょうか?」



 キャスリーカが、酷く冷めた口調で言う。



「痛いから嫌じゃ。そんな事より、どういう事なのじゃ? わしを殺すつもりなのか?」



 神が言いながら、キャスリーカの傍に行こうとする。



「初対面で、こんな事言って悪いとは思うけど、そこで止まって、それ以上こっちには近付いないでくれ」



 神の無残になった姿を見て、思考が停止してしまい、門大は呆然として、ただ、その場に立ち尽くしていただけだったが、キャスリーカと神の会話を聞いて我に返ると、しっかりしないと。ここからが本番なんだ。と思い、そう言った。



「石元門大じゃな。初めましてじゃな。わしが、この世界を維持管理している神じゃ。そうじゃな。名は、本来は、付き合いが長い者にしか教えないのじゃが、石元門大とは、長く付き合うつもりじゃし、名乗っておくのじゃ。ゼゴットと呼ぶのじゃ。この名はわしが神になる前から使っている名じゃ。結構気に入っていてな。ちょっとかわいいじゃろ?」



 言って、神改め、ゼゴットが、ほんわかとした笑みを顔に浮かべる。門大はゼゴットの顔を見て、こんな状況で何を考えてんだ? と思う。



「ゼゴットちゃん、とかでもいいぞ。さんとか様とかは駄目じゃな。そういう呼ばれ方、わし、嫌いじゃから」



「俺達は、お前の事を殺しに来たんだ。話をしに来たんじゃない」



「お前じゃないのじゃ。ゼゴットなのじゃ。ゼ・ゴ・ッ・ト。名前でちゃんと呼ばないと、門大の事は無視しちゃうかも知れないのじゃ」



「あのな。無視しちゃうって、言われてもな」



 こんな子を殺すのか。これは、凄くやり難い。と思いつつ、門大は言葉を漏らす。



「話を元に戻すのじゃ。随分前から、キャスリーカがわしの事を嫌っているのは知っておったが、まさか、クラリッサまでも、それと、新しく家族にしようと思って呼んだ、門大と、その対なる者のクラリスタまでもが、わしの敵になるとは、思ってもいなかったのじゃ」



 先ほどの表情とは一転してゼゴットの表情が曇ると、ゼゴットの目が涙で潤んだ。



「クロモはクラリッサの事しか言ってないわよね? それなのに、クラリスタの事も知ってるんだ。そんな顔しておいて、私達の動きを盗み見てたって事よね? あんたって本当にいい性格してる」



「それは、違うのじゃ。皆の事が気になっていただけじゃ。わしの大切な者達なのじゃぞ」



 キャスリーカが蔑むような目でゼゴットを見る。



「あんたと話してると、本当に調子が狂う。大切な者達なんて、よくそんな事が言えるわね。あんたさ。どうして自分が殺されようとしてるか、分かってないでしょ?」



「転生の話の事、じゃろうか?」



「何よ。分かってるじゃない」



「あれは、できないと何度も言ったはずじゃ。わしらがやらなければいけないのじゃ。他の誰かが、辛い思いや苦労をするのなら、わしらがやればいい。二人に苦労をかけているのは分かっておる。じゃが、初めの頃は、喜んでおったじゃろ? わしとずっと一緒にいて、戦い続けると言っておったはずじゃ」



 キャスリーカがゼゴットを睨む。



「いつの話よ? あんたはそうやっていつも、話をはぐらかして黙殺しようとする。マルチバースに数多に存在する世界を救う仕事は、本来は、その世界の数だけいる、その世界を維持管理してる神々が持ち回りでやる仕事でしょ? どうしてあんたが、あんたと私達がずっとやるのよ。他の奴らにもやらせなさいよ」



「その話も前に何度もしたはずじゃ。もうずっと長い事、わしらがやっているのじゃ。他の者に任せたら失敗するかも知れないのじゃ。それにじゃ。わしらに変わる直前まで、この仕事をやっていた神も、ずっと長い事、自分とその身内だけでやっておったのじゃ。これは、いわば、その神から続く、伝統じゃみたいな物なのじゃ」



 ゼゴットが言い終えると、ほんわかとした笑みを顔に浮かべた。



「その神の前までは、ちゃんと持ち回りでやってたってあんた言ってたじゃない。自分で言った事覚えてないの? またそうしなさいよ」



「キャスリーカ。こんな事はやめて、皆で楽しくおしゃべりでもするのじゃ」



 ゼゴットが寂しそうな顔になって、最後まで言ってから、また、ほんわかと微笑む。



「あんたバカなんじゃないの? もうあんたとはやっていけないの。いい加減に理解しなさいよ」



 キャスリーカが突き放すように言った。



「そうか。それじゃ、仕方がないのじゃ。わしを殺すがいいのじゃ。人間の娘、クラリスタ、あの者なら、あの者と、二人が用意した剣があれば、わしを殺せるじゃろ。わしは抵抗はせんよ。わしは、皆とは戦いたくはない」



「どういう事よ? こんな事、今までなかったじゃない」



「何を言っているのじゃ?」



 ゼゴットが言って、少しの間を空けてから、何かに気が付いたような顔をする。



「クラリッサの力じゃな。二人は、何度繰り返したのじゃ?」



「そんな事、あんたには関係ないでしょ?」



「関係ないか。寂しい事を言うのじゃな。じゃが、わしが悪いのじゃ。わしは、頑固じゃからな。人の言う事を聞かんしな。じゃが、死んでくれと言われれば、二人が、今のように、わしを殺せるように準備をして来たのならば、わしは喜んで死ぬつもりじゃ」



 キャスリーカが、鼻で笑う。



「バカにしてるわ。殺されるのは構わないけど、私達を転生させるのは、やめる気はないって言うんだから。あんたってやっぱ頭がおかしい」



「わしは神じゃからな。自分と、自分の身内の利益になる事は基本的には後回しなのじゃ。いつも世界の事や他人の事を優先にするのじゃ。じゃが、それを、相手の心持によっては、変えなければいけないと思う時もある。二人は本気じゃからな。じゃから、わしは死んでもいいと思ったのじゃ」



「転生の話だって本気なんだけど?」



 キャスリーカが狙撃銃の銃口をゼゴットに向けた。



「それをわしがやめるという事は、わしにとって、わしが神をやめるという事と、死ぬという事と、同義なのじゃ。今まで、二人が、言葉で言っているだけでは、本気さや必死は、正直、伝わって来てはいなかった。じゃが、ここまで二人がやって、初めて、わしの心に、二人の必死さや本気さが伝わって来たのじゃ」



「なるほどね。そういう事。分かったわ。今までは、クラリスタっていうあんたを殺す為の条件がそろってなかった。今回はそれが今までとは違う。今回が最後なのね。今回であんたは死ぬんだわ」



「分かったなら、もういいじゃろ? 撃つ気もないのにそんな物を向けるのはやめるのじゃ」



「何言ってんの? 撃つ気あるんだけど」



 キャスリーカの指が引き金にかかる。ゼゴットのキャスリーカを見ている目に優しい光が宿る。



「嘘じゃな。キャスリーカはそんな事はしないはずじゃ。わしを殺すなら殺すで、無駄に傷付ける事などはしない。さっきわしを撃ったのじゃって、何か理由があったのじゃろ?」



「分かったような事言わないでよ。的外れもいいとこだわ」



 キャスリーカの引き金にかかる指が動き出し、ゆっくりと引き金を引いて行く。門大は、思わず目を閉じる。銃声はなかなか響かず、沈黙が辺り(あたり)を支配し、永遠とも思える無音の時間が流れ始めた。



「やっぱり撃てないのじゃ」



 ゼゴットが言う。その言葉を聞いた門大は閉じていた目を開けた。



「あんたって本当に嫌な奴。大っ嫌い」



 キャスリーカが狙撃銃を下ろす。



「キャスリーカもクラリッサもいい子じゃ。わしの大切な家族じゃ。わしは、愚か者じゃな。自分ではうまくやっているつもりじゃった」



 ゼゴットが言い終えると、手に持っている杖を頭上高く掲げ、ほんわかと微笑む。



「気が変わったのじゃ。わしはわしに逆らおうとする者達を消滅させる事にした。わしは甘過ぎたようじゃ。皆を消滅させて、また、一からやり直すのじゃ」



 ゼゴットが微笑みを顔から消して言い、杖を持っている手を動かし、杖の頭の丸い部分を、キャスリーカに突き付けるように向けた。
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