七十三 答え ~ずっとずっと一緒~

文字数 3,758文字

 門大は、この場にいる皆の顔を、一人ずつ、顔を巡らせて、見て行く。



 こっちに来てからは、なんだか、色々あった気がするな。……。いや。ちょっと待った……。あれ? あれれ? 確かに、色々あったけど。あったけど、なんか、苦労したとか、大変だったとか、そういう感じは、あんまり、というか、全然、しないかも知れない。門大は、そんな事を思いつつ、皆の顔を見終えてから、寝室の出入り口の方を見た。



「何よ? そんなに悩む事なんてあるの?」



 キャスリーカが、冗談めかして、言った。門大は、キャスリーカの目を見る。



 別に、悩んでなんてない。と言葉を返したが 、悩む、か。それにしても、なんで、ゼゴットは、こんな事を聞いたんだろう。俺が、死ぬ直前、向こうの世界で、どんな生活をしてたか、知らないんだろうな。向こうに帰ったって、何もないんだ。ただ、何もせずに、何もやりたくなくなってて、ただただ、うじうじと、あれこれと考えて、いや、考える事すら放棄ほうきして、だらだらと、生きてただけなんだ。という思いが、頭の中に浮かび、門大は、ゆっくりと顔を俯けて行く。



「お兄にゃふ? どうしたカミン? 遠慮はいらないカミン。何かあるなら、思ってる事を言うカミンよ」



 クラリッサが、言ったので、門大は、クラリッサの顔を見た。クラリッサが優しい笑みを顔に浮かべた。



「こっちの世界に来てからの事を、色々と、思い出してたんだ。自分の世界に入っちゃってた」



「僕達の、僕達のせいで、お兄にゃふには、苦労させたもんカミンな。でも、これからは、そんな事はないカミンよ」 



 クラリッサが優しい声音になって言う。



「そう。そうだった。そう、言われると、二人に会うまでは、凄く、平和だった気がして来た」



「ごめんなさいカミン。あの頃は、僕達も、必死だったカミンよ」



「そうね。本当に、ごめんなさい」



 クラリッサの言葉に、続けるようにして、キャスリーカが、溜息を吐つきながら言った。



「二人とも、そんなに自分を責めては駄目なのじゃ。悪いのはわしじゃ。全部、わしのせいなのじゃ」



「ごめん。変な事言った。今のは、ちょっと、意地悪いじわるしてみただけだ。本当は、全然そんな事思ってなかった。そんでもって、実は、なんていうか、こんな会話の後だと、言い難にくいんだけど」



 門大は、そこまで言って、口を閉じると、もう一度、クラリッサ、キャスリーカ、ゼゴット、炎龍、雷神、ハガネ、クロモ、ニッケ、という順番で、皆の顔を見て行った。



「何よ?」



「何カミン?」



「どうしたのじゃ?」



「何を見ている?」



「……」



「イヌン?」



「ナーオ?」



「何ぽにゅ?」



 門大に顔を見られた、雷神以外の、皆が、一言ずつ、何かしらの言葉を発する。



「いや。なんか、こういう流れだと、やっぱり、言い難いんだけどさ。俺、こっちの世界に来てから、自分の好きに、なんでもかんでもやってたって思う。だから、なんていうか、苦労なんて全然してないっていうか。クラちゃんにも会えたし。俺、こっちの世界に来る事できてよかったって、今、思ってる」



 キャスリーカとクラリッサとゼゴットが顔を見合わせる。



「ちょっと、何よそれ」



 キャスリーカが、門大を、優しく、睨む。



「なんというか、それは、凄く、お兄にゃふらしいと、思うカミン」



 クラリッサが、泣きそうな顔をした。



「よかったのじゃ」



 ゼゴットが言ってから、本当に嬉しそうな笑顔を見せる。



「さすが、余の見込んだ雄よのう」



 炎龍が言い、雷神が無言のまま、門大の顔を見る。



「ニャニャニャン」



「好きに生きるっていうのは、とっても幸せ事なのだ。とクロモが言っているイヌン。ハガネもそう思うイヌンよ」



「そうぽにゅな。何事にも縛られないで、生きる事が、一番ぽにゅ。やっぱり自由がいいぽにゅ」



 三つの悪魔達が、口々に、言う。



「我ながら、こんなふうにだけ、思うってのは、なんだかなって、バカっぽいなって、思う。もう少し、なんか、別の、事とかも、思えよ俺、なんて」



「ゼゴットがね。私達みたいに、あんたの事をしたくないって、心配してたのよ。だから、あんな事を聞いたの。ゼゴットは、あんた自身に選んで欲しいのよ。こっちにいたいのか、いたくないのか。こっちの世界の何かを理由にさせてしまったり、こっちの理屈で、こっちの世界にいるように、強制するような事はしたくないって、言っててね」



「キャスリーカ。それは、言っちゃ駄目なのじゃ」



 ゼゴットが、恥ずかしそうにしながら言う。



「けど、こうも言ってたカミンね。もしも、門大が、向こうの世界に帰りたいって言い出したら、わしの言う事を聞くっていう約束があるから、その約束を守らせて、絶対に帰らせないってカミン」



 ゼゴットが、目を涙で潤ませ、更に恥ずかしそうにし、小さな顔を小さな両手で、隠すようにして覆った。



「そうか。ゼゴット、そんなふうに、思ってくれてたんだな。それじゃ、あんまり待たせてもなんだし。俺の答えを」



「クラリスタが戻って来たぽにゅよ」



 ニッケが門大の言葉を遮って言う。



「なら、ちょうどいい。クラちゃんにも、聞いてもらおう。いいだろ、ゼゴット?」



「そうじゃな。じゃけど、クラリスタを、この部屋から追い出した事を話すのは、ちょっと、恥ずかしいというか、気まずいというか」



「内緒話なんてするもんじゃないわね」



 キャスリーカが微笑む。



「ゼゴット。着替えて来たのですけれど」



 クラリスタの声が、寝室の外から聞こえて来る。



「クラリスタ。どうしたのじゃ?」



「これしかなかったので、これを着て来たのですけれども」



 寝室の出入り口に姿を現した、クラリスタは、白銀色の板金鎧を身に付けていた。



「クラちゃん?」



 門大は素っ頓狂すっとんきょうな声を出してしまう。



「ええ? どういう事なの?」



 キャスリーカがゼゴットの方に顔を向ける。



「なぜに、鎧カミン?」



 クラリッサが不思議そうな顔になる。



「よく似合ってるのう」



 炎龍がうんうんと頷き、その横にいる雷神がこくこくと頷く。



「ニャニャニャニャンニャー」



「その鎧は、これから、伝説の最強の勇者の鎧となる! とクロモは言っているイヌン」



 クロモが鳴いて、そのすぐ後に、ハガネが言った。



「クラリスタ。前に着ていたハガネの鎧よりも、こっちの方が、よく似合ってて、かっこいいぽにゅよ」



 ニッケが言う。



「クラちゃん。その、なんていうか、その、鎧を着ちゃったのはともかく、その、ヘルメットは、かぶらなくっても、よかったんじゃない?」



 門大は、クラリスタの頭部全体を覆う、板金鎧のヘルメットの、視界を確保する為の隙間すきまから見えている、クラリスタの目を見つめて言った。



「クラリスタは、律儀カミンな。それにしても、ゼゴット。このセンスは酷いと思うカミン」



「クラリスタに一番似合う物を、と思って出したのじゃが、まさか、鎧を出してしまうとはの。急いでいたので、ぱっと思ってぱっと出してしまったのじゃが、それが、悪かったのじゃろうな。たまにやってしまうのじゃ。よく考えないで出すと、こういう事が起こってしまうのじゃ。すぐに、別の物を出すのじゃ」



「これでいいですわ。鎧は着慣れていますし、自分で言うのもなんですけれど、なんだか、この格好だと落ち着きますの」



 クラリスタが、ヘルメットを脱いで言う。



「鎧を着てると、落ち着くか。なんか、クラちゃんらしい」



 門大は、笑顔になりつつ、言った。



「ニャニャニャニャ」



「門大。それで、話の続き。答えは? とクロモは言っているイヌン」



「なんの話ですの?」



 クラリスタが不思議そうな顔をする。



「ゼゴットに、これからの事を、どうしたいのかって聞かれたんだ。俺は、ほら、元々は、こっちの世界の人間じゃないから」



「なんですの、それは」



 クラリスタが、今までに見た事もないような、悲しそうな顔をする。



「ごめん。クラちゃん。言い方が悪かった。大丈夫だから。何も、心配しなくっていいから」



 門大は、そこまで言って、言葉を切ると、顔をゼゴットの方に向けた。



「ゼゴット。今から、さっきの質問の答えを言う。俺は、クラちゃんと、皆とも、一緒にいたい。ここにいる皆からは、色々な事を、学ぶ事ができたって思うから。それにさ。ちょっと、言うのが、恥ずかしんだけど。俺、向こうに戻っても、何もないんだ。こっちにいる方が、楽しいし、幸せだから。きっと、きっとさ。ここにいる皆と一緒にいたら、これからも、たくさん、おかしな事が起こると思うし、迷惑をかけたり、かけられたりすると思うけど、それでも、そう思う」



「門大。それは、それは、そう言ってもらえて、とても嬉しいのじゃ。早速じゃが、門大とクラリスタにプレゼントがあるのじゃ。もちろん、よかったらなのじゃが、この家をもらって欲しいのじゃ。今、この家は、流刑地に置いてあるのじゃ。じゃから、ここに住んでいれば、永遠に生きて行く事ができるのじゃ。二人が、ここに住んでいる限りは、わしらは、ずっと、ずっと、一緒にいられるのじゃ」



 ゼゴットが、無邪気な子供のように、はしゃぎながら言い、その言葉を聞いた、門大とクラリスタは、見つめ合うと、お互いの両手を、ぎゅっと強く、けれど、壊れ物でも扱うように、そっと優しく、握り合ったのだった。





 おしまい。

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