八 焚き火

文字数 4,169文字

 周囲がいよいよ暗くなり始め、炎龍の剣から吐き出される炎の明るさが、目に焼き付くように鮮やかさを増して行く。炎龍の剣から吐き出される炎に炙られていた木材が、次々に燃え出し、燃え出した木材から上がる炎が、高く激しくなると、焚き火の周囲の温度が上がり、その熱がクラリスタの体に伝わって来た。



「クラリスタ。もう、炎は止めた方がいいのか?」



 門大は焚き火の方に神の目と龍の目の両方を向けて言う。だが、クラリスタは何も言葉を返しては来ない。



「クラリスタ? 聞いてるか?」



 門大は再度そう言ってみる。確実に声は届いているはずなのだが、今度もクラリスタは何も言葉を返しては来なかった。門大は、どうしたんだろう? と思いながら、炎龍の剣から吐き出されていた炎を止めた。炎が止まっても、焚き火の勢いは衰える事はなく、門大は、とりあえずはこれで火の方は大丈夫だろう。と思う。



 焚き火の炎から伝わって来る熱で、温められたクラリスタの体の筋肉がゆっくりと弛緩して行く。門大は、そこで初めて、クラリスタの体が、雨や湖の水に濡れ、冷えて強張っていたのかも知れないと思い、体に気怠さを感じて、クラリスタの体が、疲れている事に気が付いた。



「クラリスタ、もしかして寝てるのか?」



 門大の言葉に反応するようにクラリスタのちぐはぐな顔が、クラリスタの意思で否と答えるように左右に振られる。



「起きてるんだな?」



 クラリスタが頷いた。うーん。これは。俺、何かまたやってクラリスタを怒らせてしまったか? と思いつつ、門大は、クラリスタの体を休ませようと、ベッドの方に顔を向ける。ベッドが焚き火から遠くもなく近くもないという絶妙な位置になるように、クラリスタが焚き火の位置を決めていたので、これなら体も温まったままだろうしな。さすがクラリスタだ。と思いながら、門大はクラリスタの体を動かしてベッドの傍に行き、ベッドの端にゆっくりと座った。



「よく考えたら、あの魚との戦いから動きっぱなしだ。それと、やっぱり、なんか心配だし、一度この変身も解いてさ。休んでゆっくりしないか?」



 門大は両手に持っている剣を、重ねるようにしてベッドに立てかけながら言った。



【お洋服がないと言ったはずですわ】



 クラリスタが、冷たく言い放つ。



「クラリスタ? どうした? あれか? 俺がまた何かしたか? それとも、疲れてイライラしているとかか?」



 クラリスタの体が、動き出し、立ち上がると、右手と左手で剣を取った。



【疲れてなどいませんし、イライラもしてなんていませんわ。門大。剣を振ってみて下さいまし】



 クラリスタの言い方には明らかに棘があり、門大は、これは、本当にどうしたんだ? 心当たりもないしな。でも、俺がまた何かしたか? って言った事に対しては、否定しなかったよな? やっぱり、俺の所為なのか? と思った。



「なあ、クラちゃん? 本当にどうした?」



【やっと言いましたわね】



 クラリスタが先ほどまでとは打って変わって嬉しそうに言い、表情にも喜んでいるらしい動きが表れた。



「まさか、呼び方で不機嫌になってたのか?」



【べ、別にそんな事はありませんわ。そんな事より、早く剣を振って下さいまし】



 門大はわざと大げさに神と龍の口から溜息を出す。



「でも、疲れてるだろ? さっき、クラリスタの体が疲れてるってのが伝わって来た。服の事はしょうがないけど、ベッドの上に寝そべってから変身を解いたりすればなんとかなるんじゃないか? ここなら俺の他に見る奴もいないだろうし、俺が見ないようにしておけば平気だろう? 後は、何かが襲って来るとかが心配かも知れないけど、そん時は無理に戦おうとしないで逃げればいい。だからさ、とりあえず休もう」



【門大がそこまで言うなら、分かりましたわ。けれど、交換条件ですわ。剣を振って下さいましな。それが終わったら休むとお約束しますわ】



 少し間を空けてからクラリスタが言う。



「剣を振るのは後でも良くないか? 別にいつでもできるんだしさ。いや。あれか? ひょっとして、俺の方が強かったら嫌だとか思ってたりして?」



 門大は、今の間はなんだったんだろう? と思いながら言い、クラリスタの両腕を動かし、クラリスタが魚と戦った時に見せたような、二振りの剣の切っ先を相手に向ける構えを取ってみた。



【門大がわたくしよりも強かったら、わたくしは素直に喜びますわ。今まで、誰もわたくしを守れる人はいなかったのですのよ。わたくしだって、女の子ですわ。誰かに守ってもらいと思ったりもしていますもの】



 クラリスタがそこまで言って一度言葉を切ると、いい構えですわね。わたくしの構えとほとんど変わらないように思えますわ。と言った。



「じゃあ、クラリスタを守れるかどうかやってみよう。もしも俺の方が強そうだったらちゃんとそう言ってくれよ。そうしたら、今後の戦闘は全部俺がやる」



 門大は、口を閉じ、意識を集中し、両手に持つ剣を、縦に横に斜めにと、好き勝手に振った。



「剣の振り方はいいですわね。けれど、体の動きが今一つですわ。もっとこう、立ち方なども」



 クラリスタが言って、足を肩幅よりも少し大きくなるくらいに開き、門大が知らないうちに力ませていた肩の力を抜く。



【左右の足の位置は揃えない方がいいですわ。どちらかを少し前に出すなり、後ろに引くなりして、間隔を空けておくと、体が安定しますわ】



 クラリスタが言い終えると、剣を振る。門大が振った時とは、剣が振られた時に発する音が違っていて、体の動きもとても滑らかで安定していた。



「体か。全然気にしてなかった。やってみる」



 門大はクラリスタの動きに感心しつつ言ってから、肩の力を抜く事と、足の位置、それとクラリスタが剣を振っている時に、感覚的に感じた体の動きを意識して、再び剣を振る。



【いいですわ。見違えましたわ。後は、そうですわね。剣の振り方を教えておきますわ】



「剣の振り方? 振り方はいいってさっき言ってなかったか?」



 門大は剣を振るのをやめ、二振りの剣の切っ先を地面に当てるようにして立てながら、体を休める。



【言い方が難しいですわね。我が家に伝わる剣技、剣術の類の事と言えばいいのでしょうか。今の門大はただ闇雲に剣を振っているだけですけれども、何事にもやり方や技という物がありますわ。そういう物の事ですわ】



「必殺技みたいな物か?」



【門大は本当に面白いですわね。必殺技なんてありませんわよ。そういう物ではなくて、剣の振り方一つ一つにそれが生まれた理由と、使うべきタイミングなどがあるのですの。そういう事を教えておきたいのですわ】



 クラリスタが楽しそうに笑いながら言う。



「それは聞きたいけど、たくさんありそうで、大変そうだ」



 門大の言葉を聞いたクラリスタが、今度は短く、くすりと笑った。



【全部は話しませんわ。大事な所だけを話しますわよ。全部を話し出したら、一日や二日では終わりませんもの】



「そう言われると、全部聞きたくなってしまうのが、人の悲しい性だな」



【それでは、いずれ、もっと落ち着いてゆっくりできる時が来たら、お話しますわ】



 クラリスタがそこまで言って、一旦言葉を切ってから、クラリスタの家に伝わっている剣技、剣術について語り始める。時折、剣を実際に振り、その動きの説明などをしながら、話は続き、話が終わる頃には、辺りは完全に夜の帳に包まれていた。



「縦と横と斜めの振り方と突きと、この剣の横幅の広いのを利用した防御か。それに、雷や炎を合わせて使うと。なんか強くなった気がして来た」



 門大は両手に持っていた剣を、軽く振ってみる。数回振った所で、右手の剣と左手の剣を握っている両手の力が突然抜け、柄から手が離れてしまい、二振りの剣があらぬ方向に飛んで行ってしまった。



「うおっ。やっちゃった。ごめんクラちゃん。こんなふうに剣を扱ったら、まずいよな。でも、わざとじゃないんだ」



 門大は慌てて剣を拾いに行こうとする。



【門大。違いますわ。これは門大の所為ではないですわ。体が、変身している体が、勝手に元に戻って行き始めたのですわ】



 クラリスタが何かに怯えてでもいるかのように、声を震わせながら言った。



「どういう事だ? 大丈夫なのか?」



 クラリスタが体を動かし、剣を放置したままベッドの傍に行って、ベッドの端に腰を下ろす。



「分かりませんわ。こんな事、初めてですの」



 クラリスタが小さな震える声で言っている途中で、右腕が湿った嫌な音をたてて、地面の上に落下した。



「これは、まずいんじゃないのか?」



 門大は声を上げる。



「今回みたいに勝手に変身が解ける事は初めてですけれど、変身が解ける時はいつもこうなのですわ。雷神と炎龍の体が溶けて、剥がれ落ちて行くのですの。その中から、わたくしの人としての体が出て来るのですわ」



「そうか。それなら、とりあえずは良かった。けど、痛みとかないのか? 俺の方は今回は、平気だけど、我慢とかしてないか? 苦しいとかそんな事はないのか?」



 門大が言い終えるのと、ほとんど同時に、今度は、左腕が肩の辺りから崩れ落ちて行く。



「痛みなどはありませんわ。それよりも、お願いです門大。わたくしの体を見ないようにして下さいまし。この瞬間のわたくしは、恐ろしいほどに醜いのですわ。わたくしのこの姿を見て、嘔吐してしまったり、気を失ったりしてしまう人もいますもの」



「クラリ、いや、クラちゃん。俺なら大丈夫だ。そんな事気にするな。そんな事より、今は、君の体の事だ。何かおかしな事があったらすぐに言ってくれ」



【門大。ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえてとても嬉しいですわ。門大は本当にわたくしの事を受け入れてくれていますのね】



 クラリスタが、まだ剥がれずに残っている顔にある、神の目と龍の目から、涙を流しながら弱々しい声で言った。



「泣かなくていい。大丈夫だから。何かあったら俺が助けるから」



 門大は、この子は本当にどうしてこんなに辛い運命を背負ってるんだろう。俺は何も知らないで、変身を解いて休もうなんて言ってた。この子は、俺が変身を解いて休もうって言ってた時、その言葉をどんな気持ちで聞いてたんだろう。本当にこの子はどうしてこんなふうなんだ? なんとかしてあげられないのか? と思った。
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