二十一 神の力

文字数 3,892文字

 誰も口を開かず、沈黙だけが部屋の中を満たしていた。不意にクラリッサが立ち上がると、台所に行き、カルピスを三人分作って戻って来た。



「まあ、飲むカミン。向こうの世界にはないから今の内カミン」



 そう言ってコップに口を付ける。



「これは、なんですの?」



「飲んでみるカミン。おいしいカミンよ」



 クラリッサの言葉を聞いたクラリスタがカルピスをこくりと飲む。



「これは、おいしいですわ。こんな物飲んだ事はありませんわ」



 門大は、久し振りに飲むカルピスの甘さを味わい、そういえば、随分と飲んでなかった。なんだか懐かしい気がする。としみじみと思う。



「まあ、あれカミン。深刻になって思い悩んでも事態は何も変わらないカミン。こういう時は、その事はおいといて、今やれる事をやって、普通に過ごすに限るカミン」



「そんなふうに言われてもな。考えずにはいられない」



「大丈夫カミン。面倒な事は僕が全部やるカミン。お兄にゃふとクラリスタは僕の言う通りに行動してれば間違いないカミン」



「本当にそれで大丈夫ですの?」



 クラリッサがにこっと笑う。



「大丈夫カミン。これでも僕は常にちゃんと考えて行動してるカミンよ。そもそもカミン。ここにお兄にゃふが戻って来たのにもちゃんと意味があるカミン。おっと。これは重要カミンよ。ここにお兄にゃふが戻って来たのは僕がそうなるようにしたからカミンよ。僕には、時間と空間を移動できる神から得た力があるカミン。これが僕の得たもっとも凄い神の力カミン」



「タイムスリップできるのか?」



 クラリッサが得意気な顔になりつつ、大仰に頷く。



「できるカミン。しかも、今みたいに、自分以外の者も連れて来られるカミン。しかも、しかも、お兄にゃふは魂だけだったのにも関わらずカミン。超優秀カミン」



「だったら、その力で戦争にならないようになんとかできないのか?」



 門大は思わず大きな声を出した。



「できない、というか、やらないカミン。もちろん、色々試した事はあるカミン。けど、時間を遡ってキャスリーカと僕の関係を修復しようとすると、僕はこの力を得る事ができなくなってしまうカミン。そうなると、他の事で不都合が生じるカミン。だから、この力を使わずになんとかした方が、後々の事を考えるといいカミンよ」



「戦争よりもか?」



「戦争よりもカミン」



 クラリスタが、カルピスを一口飲む。



「その、たいむすりっぷ、という力ですけれど、門大だけをこちらに残す事はできますの?」



 カルピスの入ったコップをテーブルの上に置いたクラリスタが言った。



「本当は今回はお兄にゃふだけをこっちに連れて来るつもりだったカミン。クラリスタが来たのは予定外だったカミンよ。二人が別々の体になった後なら、お兄にゃふだけをこっちに連れて来る事もできると思うカミン。まあ、実際にやってみないと分からないけどカミン。後で試せばいいカミンよ。けど、向こうに戻ってすぐにはやらないカミン。戦いが終わったらやってあげてもいいカミン。というか、今回はその事を教える為にやったカミン。お兄にゃふ。僕に協力すれば、お兄ひゃふはこっちの世界に戻って来られるカミン。二人が望むならクラリスタも一緒に戻せると思うカミンよ」



 クラちゃん。俺は絶対に一人でなんて残らない。と言おうとした門大よりも先にクラリッサがそう言った。



「それは、門大は普通の人間として、こちらの世界でわたくしと二人で暮らせるという事ですの?」



「そうカミン。カルピスも飲み放題カミンよ。もちろん。一度向こうに行って、すべての事が終わってからだけどカミン」



 こっちでクラちゃんと暮らす? 向こうの、流刑地での、いや、全部終わって王都に戻ったとしても、向こうでの生活よりも、こっちで暮らす方がクラちゃんにとっては幸せなんじゃないか? クラちゃんはこっちの世界だったら、なんの重荷も背負ってない普通の少女になる事ができる。うん? 待てよ。何か忘れてる。そうだ。クラちゃんには家族がいる。クラちゃんを家族と離れ離れにしてしまうのは駄目だ。いや、その前に、クラちゃんの家族は今どうなってるんだ? 門大はそう思うと、口を開く。



「クラちゃんの家族はどうなってるんだ? あいつは、キャスリーカは、今も王都にいるんだよな? お前の言うような奴なら、今頃王都は」



 門大は、そこまで言って慌てて言葉を切った。失敗した。クラちゃんの前でこの話をするべきじゃなかった。と思う。



「クラリスタ。クラリスタもその事を聞きたかったんじゃないかカミン?」



「そんな事はないですわ。わたくしはもう王都の事は忘れましたわ。わたくしと門大にあんな仕打ちをした人間達のいる場所なんてどうなっても構いませんわ」



「クラちゃん」



「その言葉を聞いて安心したカミン。今はまだ時じゃないカミン。今王都に攻め込んでも負けるだけカミン」



 クラリッサがなんでもない事のように言う。



「クラリッサ。お前が何を言っても、俺は王都に行く。俺が絶対にクラちゃんの御両親やクラちゃんが助けたいと思ってる人達を王都から流刑地に連れて来る」



「門大。行かなくていいですわ。王都の人達が何をされていたとしても、自業自得としか思いませんわ。王都を守る力を持っているわたくし達を流刑にしたのはあの人達ですもの」



 言ってから、一息入れるようにクラリスタがカルピスを飲む。



「でも、クラちゃん。御両親だけでも連れて来た方がいい」



 クラリッサがはふうぅっと大きな溜息をつく。



「行くのは駄目カミン。今は大事な時カミン。勝手な事をされると被害がもっと大きくなるカミン。お兄にゃふ。さっきも言ったけど、僕は常にちゃんと考えて行動してるカミン。僕はちゃんとこういう事態も見越して、あらかじめ王都にちょっとした仕掛けをしてあるカミン。だから、今、王都に何があっても、王都の人達は大丈夫カミンよ。まあ、一時は、辛い思いをするけれどもカミン」



「どういう事ですの?」



 クラリッサが持っているコップを口に付け、カルピスを飲み干すと、門大の前に置いてある、まだ誰も口を付けていないコップを手に取った。



「お兄にゃふ。王都での生活はどうだったカミン? 何かおかしな事があったはずカミン。流刑地では起こらなかった事が王都では起こっていたはずカミン」



 クラリッサが言って、カルピスを一口飲む。



「なんの事だ?」



「もう。勘が悪いカミンね。お兄にゃふは一定期間を経ると起こるループを体験してたはずカミン。それに、パラメーターも見てたはずカミン」



 門大は、じっと、クラリッサの目を見つめる。



「そうカミンよ。あれは僕があの世界の神の一人に頼んで神の力でやってもらった事カミン。転生者が来た時に、その者がいる間だけは、王都のありとあらゆる物が一定期間の後にループするカミン」



「なんの意味がある?」



「キャスリーカとの戦いの為の備えカミン。やっておいて正解だったカミン。キャスリーカが王都を滅ぼしても、王都はまた何事もなかったかのように、元に戻る事ができるカミン。パラメーターの方に関しては、他の転生者は関係ないカミン。キャスリーカに対する合図カミン。この世界がゲームの中の世界だという話はあの子が僕に教えてくれた事カミン。あの当時、その話を詳しく聞いてたのは僕と三つの悪魔だけカミン。その中で、王都のありとあらゆる物がループするような大きな力をなんとかできるのは僕だけカミン。だから、あのパラメーター、あの悪戯を見れば、誰が、ループするようにしたのかすぐに分かるカミン。きっと、キャスリーカは今頃悔しがってるはずカミン」



「どうしてクラリッサが王都に転生すると分かったんだ? 未来を見に行って、ループするようにしたのか?」



 クラリッサが頭を左右に振る。



「見に行ってないカミン。そんな事をしても意味がないカミンよ。未来は分岐するカミン。並行世界という物カミンね。未来は一定ではないカミン。変わるカミンよ。キャスリーカがあの世界のどの場所に転生しても構わなかったカミン。あの世界に転生したら、あの子は絶対に王都に行くと思っていたカミン。王都は一番人口が多い場所カミン。あそこを放っておくはずはないカミン」



「じゃあ、王都は、大丈夫なんだな? 放っておいても平気なんだな?」



 クラリッサの表情が曇る。



「大丈夫とは言えないかも知れないカミン。もう既に王族と一部の貴族以外は皆殺しにされてしまってるカミン。まあ、ループのサイクルが戻れば、何事もなかったかのように死んだ人々も壊された物も元に戻るけれどカミン」



「サイクルって、確か、一年だったよな?」



 クラちゃんの御両親は無事なのか? と聞く事ができず、門大は別の言葉を投げた。



「そうカミン。キャスリーカからゲームの話を聞いた時に一年という期間の間に恋愛するゲームだと聞いたカミン。だから、それと同じにしてみたカミン」



「王都の事は放っておけばいいですわ」



「クラリスタは強い子に育ったカミンな。僕は先祖として嬉しいカミンよ。これを言ったらクラリスタの心が揺らぐかも知れないカミン。けど、とっておきの情報を教えてあげるカミン。僕がこっちに来る前に見た時は、クラリスタの両親は無事だったカミン。恐らく、キャスリーカは僕達との戦闘を有利に進める為にクラリスタの両親を利用するはずカミン。だから、簡単に殺したりはしないと思うカミン」



「クラちゃん。向こうに行ったら俺がすぐに助けに行く」



「門大に何かあったら困りますわ。ですから、助けには行かなくていいですわ」



 クラリスタがそう言った後、門大の視界が門大の意思とは関係なしに微かに涙で滲んだ。
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