四十七 勝敗の行方
文字数 5,927文字
ゼゴットとクラリスタが、目を合わせると、二人の周囲に漂う空気が張り詰めていき、最後の瞬間が訪れようとしているのが、剣術の事など、クラリスタに教えてもらった事以外には、何も知らない門大にも分かった。
クラちゃんか、ゼゴットが、死んでしまう。門大は、そう思うと、酷い喉の渇きを覚えて、喉を鳴らして唾を飲み込む。
「……」
ちょっと待ってくれ。とにかく一度やめないか? と門大は言おうとして口を開いたが、ゼゴットとクラリスタの間に漂う、必殺の空気の迫力に気圧けおされて、何も言葉を出す事ができなかった。
クラちゃんが死んだらどうするんだ? ゼゴットが死んだら? クラちゃんがゼゴットを殺してもいいのか? 言葉が出せないなら、体は? 体は動くか? 二人の間に俺が飛び込めば、止められるんじゃないか? と門大は、自分を鼓舞するように思うと、体を動かそうとしはじめる。
「門大。手出しは無用じゃ。門大が今動いたら、わしは、どんな手を使うか分からないのじゃ」
「門大。わたくしなら大丈夫ですわ。わたくしを信じて下さいまし」
ゼゴットとクラリスタが見つめ合ったまま言う。
「駄目だ。やめてくれ。二人とも戦わないでくれ」
門大の喉から声が出た。門大は、自分の声を合図のようにして、二人を止める為に動き出す。
「クラリスタ。行くのじゃ」
ゼゴットが言い、クラリスタとの間合いを一気に詰める。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
クラリスタが咆哮し、ニッケが動く。少し前にゼゴットに斬りかかった時のように、クラリスタが体を横に回転させながら、ゼゴットに向かって、二振りの剣を振るう。
門大の目前で、二人の体が、交差する。
「何やってんだよ。なんで止められないんだよ。クラちゃん? ゼゴット? 大丈夫、なのか?」
二人を止める事ができなかった門大は、交差し終えた後、お互いに背を向けたままの状態でいる、二人の姿を見つめて言った。
「どういう事じゃ?」
ゼゴットが言う。
「わたくしは、正々堂々とは、戦わないと言ったはずですわ」
クラリスタがゼゴットの方に振り向くと、ゼゴットもクラリスタの方に体の正面を向ける。
「盾が、狙いじゃったのか?」
「キャスリーカが機械の兵士達に攻撃させたのは、その盾を出させる為だったのですわ」
「そういう事じゃったのか。ならば、わしが剣を両手で持ったのも、そうするように仕向けたのじゃな?」
「そうですわ。少しでも、盾を壊しやすくする為ですわ」
ゼゴットが、何かを言おうと口を開こうとする。門大達の後方から、周囲のあらゆる音をかき消さんばかりの轟音が鳴り響く。
「本当に、申し訳ないと、思っていますわ」
両肩から下の体のあらゆる部位が、瞬く間に、血煙ちけむりと化してしまった、ゼゴットを見て、クラリスタが言った。
「今よ。クラリスタ」
キャスリーカが叫ぶ。
「ゼゴット。ごめんカミン。クラリスタ。せめて、苦しませないように、終わらせてあげて欲しいカミン」
クラリッサが悔しそうな声で言った。
ゼゴットの体が突然破壊された事にショックを受け、呆然としてしまい、何もできなくなって、その場に立ち尽くし、キャスリーカやクラリッサの言葉を、聞くともなしに聞いている門大の後方に、キャスリーカ達の乗った戦闘機が近付く。
「あんたには悪いけど、あんたが止めなくてよかった」
「キャスリーカが、撃ったのか?」
未いまだに呆然としつつも、無意識ながらに、ゼゴットに近付いて行く、クラリスタの姿を目で追い始めていた門大は、言葉をこぼすようにして言った。
「そうよ。あの盾をクラリスタが壊してくれたから、私が撃った。ゼゴットはおっとりしたところがあるから、盾を出す前、戦闘前なら、ちょっと前にあんたの前でやったみたいに、不意を突いて撃って、攻撃を当てる事もできるけど、あの子がその気になったら、あの盾とあの子自体が持つ能力があるから、こっちの攻撃なんて、どんな攻撃をしても、ほとんど当たらないの。だから、こんなふうに回りくどい事をやったのよ。今なら、盾もないし体もないから、盾や体を使った抵抗はできない。ただ、あの状態でも瞬間移動はできるから、いきなり体の大半を失って、意識が飛んで、正常な判断ができなくなってる今の状態から、ゼゴットが立ち直る前に殺さないと、まだどうなるかは分からないわ」
「クラちゃん。駄目だ」
キャスリーカの言葉を聞いていて、我に返った門大は、自分の意思で、しっかりとクラリスタの姿を見つめると、言葉を出した。
クラちゃんは、今、葛藤かっとうしてるはずだ。けど、葛藤していて、悩んでいて、苦しんでいても、そういう物を全部抑え込んで、クラちゃんは、あの、ゼゴットの体で、唯一残ってる、ゼゴットの首を斬り落とす。けど、そんな事をしたら、クラちゃんの事だから、ずっと、罪の意識に苛さいなまれ続けるようになる。でも、クラちゃんは、罪の意識に苛まれてる事を、俺には悟らせないようにして、ずっとずっと隠し続ける。クラちゃんは、そんなふうに、悲しいほどに、ちゃんとしてて、しっかりとしてる子だ。それに比べて、俺は本当に駄目だ。考えが簡単に変わってしまう。ゼゴットを殺す事に賛同したんだから、クラちゃんがそうなっても、傍にいて支え続ける覚悟をしてなきゃいけなかったはずなんだ。それなのに……。ゼゴットがもっと人間離れした化け物とかで、性格もあんなじゃなかったら、俺だって、こんなふうには思わなかったと思う。でもそうじゃなかった。そんな、理由なんだ。そんな理由で、俺は、簡単に考えを変えてしまうんだ。本当に自分が情けない。俺は本当にどうしようもない奴だ。でも、それでも、ごめん。クラちゃん。ゼゴットを殺しちゃ駄目だ。俺は、クラちゃんに、そんな事はさせたくないし、ゼゴットが、死ぬところを、見たくないんだ。門大は、そう思うと、クラリスタを止める為に、クラリスタの傍に行こうとする。
「行かせない」
戦闘機が門大の前に回り込み、キャスリーカが、門大の前に立ちはだかる。
「キャスリーカ」
キャスリーカの顔を見た門大は、その、悲しみと覚悟に満ちた表情を見て、束の間つかのま、体の動きを止めた。
「わたくし達の、未来の為ですわ」
クラリスタが言い、剣を振り上げ、振り上げた剣を振るう。剣の鋭く光る刃がゼゴットの首に向かって、吸い込まれるようにして進んでいく。
「皆。すまんかったの」
ゼゴットが言い、安らかな顔をしてから、ほんわかと微笑んだ。
ゼゴットの首に触れる寸前に、クラリスタが剣の動き止める。
「クラリスタ。終わりにして。お願い」
キャスリーカが叫ぶ。ゼゴットの体が再生を始める。
「もういいのじゃ。大丈夫じゃ。勝負は皆の勝ちじゃ。わしは、もう、抵抗はせんよ。体や盾が再生しても、ここでこのまま斬られるの待つのじゃ」
ゼゴットがゆっくりと目を閉じた。
「それなら、もういいって事だよな? 負けを認めるんだろ? だったら、転生させるのをやめてくれるって事だよな?」
「門大。それは、できないのじゃ。ここで殺さずに皆がわしを逃したら、わしはまた同じ事するのじゃ」
ゼゴットが目を閉じたまま言う。
「何言ってんだ? 負けたんだから、もう、いいだろ?」
「駄目じゃ。生きている限りは、わしは、転生させる事をやめないのじゃ。約束があるのじゃ」
ゼゴットが目を閉じたまま言ってから、目を閉じたままほんわかと微笑む。
「門大。ごめんなさい。わたくしが、剣を止めてしまったばかりに、門大に辛い思いをさせていますわ」
クラリスタが再び剣を振り上げようとする。
「そんな、俺の事なんてどうでもいい。クラちゃん。もうやめてくれ。クラちゃんが、一途いちずで真面目なクラちゃんが、剣を止めたんだ。クラちゃんだって、本当は、やりたくないんだろ? だから、剣を止めたんだろ? もういいじゃないか。キャスリーカもクラリッサも、勝負は終わった。それでいいだろ?」
「石元門大。いつか、私達に、感謝する日がきっと来る」
「だから、ごめんなさいカミン」
「門大。ありがとうございます。あなたは、本当に優しい人ですわ」
クラリスタが剣を振り上げる。
「クラちゃん」
叫んだのと、体が動いたのと、どちらが先かは、門大にも分からなかった。 気が付けば、門大は、キャスリーカの横をすり抜け、クラリスタとゼゴットの傍に向かって移動を始めていた。
「門大。危ないですわ」
クラリスタが剣を振るう前に、門大はゼゴットの元へと辿り着く。
「石元門大。そこから離れなさい」
「お兄にゃふ」
キャスリーカとクラリッサが言った。
「ごめん。皆」
門大は、ゼゴットの体を抱きかかえ、逃げるように、その場から離れる。
「何をやっているのじゃ。どうする気なのじゃ」
ゼゴットが目を開き、門大の人の目を見つめて言う。
「分からない。でも、このまま、クラちゃんを人殺しにはできない。それに、お前も殺させたくない」
「門大。どうする気ですの?」
ニッケの移動速度の方が門大よりも速いらしく、ニッケが門大に追い付いて来て、クラリスタが言った。
「分からない。でも、クラちゃんにゼゴットは殺させない」
「わたくしなら大丈夫ですわ。わたくしが決めた事ですわ。この子の、この神の死を、背負って生きて行く覚悟はできていますわ」
門大は、クラリスタの目を、見つめる。
「ごめん。クラちゃん。今更だけど、考えをころっと変えて、最低だって、自分でも思うけど、そういうクラちゃんの気持ちの事とかを、ひっくるめて全部の事が、もう、なんていうか、我慢できなくなったっていうか。俺のいた世界では、少なくとも、俺の周りでは、こんな事は、こんな、人と人が殺し合うみたいな事はなかったんだ。キャスリーカ達の話を聞いて、クラちゃんの気持ちを聞いて、俺も協力しよう。俺もやってやろうって思ってた。けど、考えが甘かった。ゼゴットと会って、その姿を見て、話をして、この現実と直面したら、やっぱり無理だった。こんなふうに考えを変えて、本当に、情けないって思う。だから、俺の事は、どう思われてもいい。けど、俺は、クラちゃんに残酷な事を、クラちゃんが、これからの人生の中で、後悔し続けるような事をさせたくないし、ゼゴットが目の前で死ぬところも見たくない。今は、このまま、何もしないでくれ。これは俺が勝手に思って勝手にやってる事だから。クラちゃんはなんの責任も感じてなくていいから。何か、今は分からないけど、何かしらの解決方法を俺が見付けるから」
「門大。どうして、ですの? また、そうやってあなたは、一人で勝手に決めて、行動してしまうのですの? 置いていかれるわたくしは、どうすればいいのですの?」
クラリスタの目が涙で潤む。
「石元門大。止まりなさい。そのまま逃げるつもりなら、あんたを撃つ。撃って動きを止めて、ゼゴットを捕まえる。クラリスタ。石元門大から離れて」
「キャスリーカやめるカミン。ゼゴットは、さっき、もう抵抗はしないと言ったカミン。しばらく待ってみてもいいカミンよ。僕達は勝ったカミン」
キャスリーとクラリッサの声がし、二人の乗る戦闘機が、門大とクラリスタの後方に迫る。
「キャスリーカ。時間をくれ。俺がなんとかする。約束する」
「その子を殺すのが、最善の方法なのよ。他に方法なんてないの。今まで、私達だって、散々色々やったんだから」
「キャスリーカ」
悲痛な声で言ったキャスリーカの、狙撃銃を持っていない方の手を、クラリッサが両手でそっと優しく包むように握る。
「ごめん。本当にごめん」
「謝るなら止まりなさいよ。本当に撃つわよ」
キャスリーカが片手で持っていた狙撃銃を、そのまま片手で構え、銃口を門大に向ける。
「駄目ですわ。キャスリーカ。ニッケ。わたくしを門大の盾にして下さいまし」
「神龍人。クラリスタを受け取るぽにゅ」
ニッケが門大に近付き、クラリスタを門大に渡そうとする。
「ニッケ。何をしているのですの?」
「ニッケ。狙われてるのは俺だ。クラちゃんを連れて俺から離れてくれ」
「ニッケが盾になるぽにゅ。神龍人。このままどこかに逃げるにしても、クラリスタを置いて行くつもりぽにゅか? 早くクラリスタを受け取るぽにゅ」
すぐにはどうすればいいのか、判断する事ができず、門大はニッケの複眼を見つめた。
「クラリスタの気持ちも考えろぽにゅ。このバカ神龍人」
ニッケが大きな声を出す。門大は、クラリスタの目を見た。クラリスタが、門大の人の目を見て、二人の目が合った。
「ニッケ。ありがとう。クラちゃん。置いて行こうとしてごめん。俺の首に掴まって」
門大は片腕を動かすと、クラリスタの腰に回して言う。
「門大。でも、このままでは、ニッケが」
「クラリスタ。神龍人がゼゴットと二人だけでどこかに行ってしまってもいいぽにゅか?」
「そんな、そんな言い方、卑怯ですわ」
「クラリスタ。心配してくれてありがとうぽにゅ。けど、何も心配はいらないぽにゅ。ニッケ達悪魔は何があっても死なないぽにゅ。だから平気ぽにゅ。早く行くぽにゅよ」
「ニッケ。でも」
「クラちゃん。頼む。俺と一緒に来てくれ」
「門大」
クラリスタが言ってから、小さく頷き、それから、ニッケの顔を見た。
「ニッケ。ありがとうございます。くれぐれも、無理だけはしないで下さいましね」
クラリスタが言い、剣を持ったままの両手で、門大の首に抱き付く。ニッケが、門大達から離れると、門大達を庇うように、キャスリーカの構える狙撃銃の射線上に移動する。
「ニャーン。ニャニャニャニャ。ニャニャニャーン」
クロモが不意に鳴いた。
「クラリッサ。キャスリーカ。ごめん。情が移った。クロモは、この二人を撃って欲しくない。だから、このままこの二人と一緒にいる。とクロモは言ってるイヌン。ハガネは、本当は、すぐにでも、ここから離れたいイヌン。でも、ここで離れるのは気が引けるイヌンよ。だから、ハガネも、門大とクラリスタと一緒にいるイヌン」
「キャスリーカ。クラリッサ。ニッケ達に、どんな事があっても、クラリスタを守るようにと言ったのは、二人ぽにゅよ。クラリスタは、今、神龍人と一緒にいるぽにゅ。ここで、キャスリーカが撃ったらクラリスタにも弾が当たるぽにゅ。だから、神龍人を撃たせる訳にはいかないぽにゅ」
「そう。分かったわ。あんた達らしいわね。けど、ニッケ。クロモ。ハガネ。どかないなら、あんた達ごと撃って、ゼゴットを捕まえる」
ゼゴットの事を睨むように見た、キャスリーカの瞳の奥で強い意志の炎が揺らめいた。
クラちゃんか、ゼゴットが、死んでしまう。門大は、そう思うと、酷い喉の渇きを覚えて、喉を鳴らして唾を飲み込む。
「……」
ちょっと待ってくれ。とにかく一度やめないか? と門大は言おうとして口を開いたが、ゼゴットとクラリスタの間に漂う、必殺の空気の迫力に気圧けおされて、何も言葉を出す事ができなかった。
クラちゃんが死んだらどうするんだ? ゼゴットが死んだら? クラちゃんがゼゴットを殺してもいいのか? 言葉が出せないなら、体は? 体は動くか? 二人の間に俺が飛び込めば、止められるんじゃないか? と門大は、自分を鼓舞するように思うと、体を動かそうとしはじめる。
「門大。手出しは無用じゃ。門大が今動いたら、わしは、どんな手を使うか分からないのじゃ」
「門大。わたくしなら大丈夫ですわ。わたくしを信じて下さいまし」
ゼゴットとクラリスタが見つめ合ったまま言う。
「駄目だ。やめてくれ。二人とも戦わないでくれ」
門大の喉から声が出た。門大は、自分の声を合図のようにして、二人を止める為に動き出す。
「クラリスタ。行くのじゃ」
ゼゴットが言い、クラリスタとの間合いを一気に詰める。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
クラリスタが咆哮し、ニッケが動く。少し前にゼゴットに斬りかかった時のように、クラリスタが体を横に回転させながら、ゼゴットに向かって、二振りの剣を振るう。
門大の目前で、二人の体が、交差する。
「何やってんだよ。なんで止められないんだよ。クラちゃん? ゼゴット? 大丈夫、なのか?」
二人を止める事ができなかった門大は、交差し終えた後、お互いに背を向けたままの状態でいる、二人の姿を見つめて言った。
「どういう事じゃ?」
ゼゴットが言う。
「わたくしは、正々堂々とは、戦わないと言ったはずですわ」
クラリスタがゼゴットの方に振り向くと、ゼゴットもクラリスタの方に体の正面を向ける。
「盾が、狙いじゃったのか?」
「キャスリーカが機械の兵士達に攻撃させたのは、その盾を出させる為だったのですわ」
「そういう事じゃったのか。ならば、わしが剣を両手で持ったのも、そうするように仕向けたのじゃな?」
「そうですわ。少しでも、盾を壊しやすくする為ですわ」
ゼゴットが、何かを言おうと口を開こうとする。門大達の後方から、周囲のあらゆる音をかき消さんばかりの轟音が鳴り響く。
「本当に、申し訳ないと、思っていますわ」
両肩から下の体のあらゆる部位が、瞬く間に、血煙ちけむりと化してしまった、ゼゴットを見て、クラリスタが言った。
「今よ。クラリスタ」
キャスリーカが叫ぶ。
「ゼゴット。ごめんカミン。クラリスタ。せめて、苦しませないように、終わらせてあげて欲しいカミン」
クラリッサが悔しそうな声で言った。
ゼゴットの体が突然破壊された事にショックを受け、呆然としてしまい、何もできなくなって、その場に立ち尽くし、キャスリーカやクラリッサの言葉を、聞くともなしに聞いている門大の後方に、キャスリーカ達の乗った戦闘機が近付く。
「あんたには悪いけど、あんたが止めなくてよかった」
「キャスリーカが、撃ったのか?」
未いまだに呆然としつつも、無意識ながらに、ゼゴットに近付いて行く、クラリスタの姿を目で追い始めていた門大は、言葉をこぼすようにして言った。
「そうよ。あの盾をクラリスタが壊してくれたから、私が撃った。ゼゴットはおっとりしたところがあるから、盾を出す前、戦闘前なら、ちょっと前にあんたの前でやったみたいに、不意を突いて撃って、攻撃を当てる事もできるけど、あの子がその気になったら、あの盾とあの子自体が持つ能力があるから、こっちの攻撃なんて、どんな攻撃をしても、ほとんど当たらないの。だから、こんなふうに回りくどい事をやったのよ。今なら、盾もないし体もないから、盾や体を使った抵抗はできない。ただ、あの状態でも瞬間移動はできるから、いきなり体の大半を失って、意識が飛んで、正常な判断ができなくなってる今の状態から、ゼゴットが立ち直る前に殺さないと、まだどうなるかは分からないわ」
「クラちゃん。駄目だ」
キャスリーカの言葉を聞いていて、我に返った門大は、自分の意思で、しっかりとクラリスタの姿を見つめると、言葉を出した。
クラちゃんは、今、葛藤かっとうしてるはずだ。けど、葛藤していて、悩んでいて、苦しんでいても、そういう物を全部抑え込んで、クラちゃんは、あの、ゼゴットの体で、唯一残ってる、ゼゴットの首を斬り落とす。けど、そんな事をしたら、クラちゃんの事だから、ずっと、罪の意識に苛さいなまれ続けるようになる。でも、クラちゃんは、罪の意識に苛まれてる事を、俺には悟らせないようにして、ずっとずっと隠し続ける。クラちゃんは、そんなふうに、悲しいほどに、ちゃんとしてて、しっかりとしてる子だ。それに比べて、俺は本当に駄目だ。考えが簡単に変わってしまう。ゼゴットを殺す事に賛同したんだから、クラちゃんがそうなっても、傍にいて支え続ける覚悟をしてなきゃいけなかったはずなんだ。それなのに……。ゼゴットがもっと人間離れした化け物とかで、性格もあんなじゃなかったら、俺だって、こんなふうには思わなかったと思う。でもそうじゃなかった。そんな、理由なんだ。そんな理由で、俺は、簡単に考えを変えてしまうんだ。本当に自分が情けない。俺は本当にどうしようもない奴だ。でも、それでも、ごめん。クラちゃん。ゼゴットを殺しちゃ駄目だ。俺は、クラちゃんに、そんな事はさせたくないし、ゼゴットが、死ぬところを、見たくないんだ。門大は、そう思うと、クラリスタを止める為に、クラリスタの傍に行こうとする。
「行かせない」
戦闘機が門大の前に回り込み、キャスリーカが、門大の前に立ちはだかる。
「キャスリーカ」
キャスリーカの顔を見た門大は、その、悲しみと覚悟に満ちた表情を見て、束の間つかのま、体の動きを止めた。
「わたくし達の、未来の為ですわ」
クラリスタが言い、剣を振り上げ、振り上げた剣を振るう。剣の鋭く光る刃がゼゴットの首に向かって、吸い込まれるようにして進んでいく。
「皆。すまんかったの」
ゼゴットが言い、安らかな顔をしてから、ほんわかと微笑んだ。
ゼゴットの首に触れる寸前に、クラリスタが剣の動き止める。
「クラリスタ。終わりにして。お願い」
キャスリーカが叫ぶ。ゼゴットの体が再生を始める。
「もういいのじゃ。大丈夫じゃ。勝負は皆の勝ちじゃ。わしは、もう、抵抗はせんよ。体や盾が再生しても、ここでこのまま斬られるの待つのじゃ」
ゼゴットがゆっくりと目を閉じた。
「それなら、もういいって事だよな? 負けを認めるんだろ? だったら、転生させるのをやめてくれるって事だよな?」
「門大。それは、できないのじゃ。ここで殺さずに皆がわしを逃したら、わしはまた同じ事するのじゃ」
ゼゴットが目を閉じたまま言う。
「何言ってんだ? 負けたんだから、もう、いいだろ?」
「駄目じゃ。生きている限りは、わしは、転生させる事をやめないのじゃ。約束があるのじゃ」
ゼゴットが目を閉じたまま言ってから、目を閉じたままほんわかと微笑む。
「門大。ごめんなさい。わたくしが、剣を止めてしまったばかりに、門大に辛い思いをさせていますわ」
クラリスタが再び剣を振り上げようとする。
「そんな、俺の事なんてどうでもいい。クラちゃん。もうやめてくれ。クラちゃんが、一途いちずで真面目なクラちゃんが、剣を止めたんだ。クラちゃんだって、本当は、やりたくないんだろ? だから、剣を止めたんだろ? もういいじゃないか。キャスリーカもクラリッサも、勝負は終わった。それでいいだろ?」
「石元門大。いつか、私達に、感謝する日がきっと来る」
「だから、ごめんなさいカミン」
「門大。ありがとうございます。あなたは、本当に優しい人ですわ」
クラリスタが剣を振り上げる。
「クラちゃん」
叫んだのと、体が動いたのと、どちらが先かは、門大にも分からなかった。 気が付けば、門大は、キャスリーカの横をすり抜け、クラリスタとゼゴットの傍に向かって移動を始めていた。
「門大。危ないですわ」
クラリスタが剣を振るう前に、門大はゼゴットの元へと辿り着く。
「石元門大。そこから離れなさい」
「お兄にゃふ」
キャスリーカとクラリッサが言った。
「ごめん。皆」
門大は、ゼゴットの体を抱きかかえ、逃げるように、その場から離れる。
「何をやっているのじゃ。どうする気なのじゃ」
ゼゴットが目を開き、門大の人の目を見つめて言う。
「分からない。でも、このまま、クラちゃんを人殺しにはできない。それに、お前も殺させたくない」
「門大。どうする気ですの?」
ニッケの移動速度の方が門大よりも速いらしく、ニッケが門大に追い付いて来て、クラリスタが言った。
「分からない。でも、クラちゃんにゼゴットは殺させない」
「わたくしなら大丈夫ですわ。わたくしが決めた事ですわ。この子の、この神の死を、背負って生きて行く覚悟はできていますわ」
門大は、クラリスタの目を、見つめる。
「ごめん。クラちゃん。今更だけど、考えをころっと変えて、最低だって、自分でも思うけど、そういうクラちゃんの気持ちの事とかを、ひっくるめて全部の事が、もう、なんていうか、我慢できなくなったっていうか。俺のいた世界では、少なくとも、俺の周りでは、こんな事は、こんな、人と人が殺し合うみたいな事はなかったんだ。キャスリーカ達の話を聞いて、クラちゃんの気持ちを聞いて、俺も協力しよう。俺もやってやろうって思ってた。けど、考えが甘かった。ゼゴットと会って、その姿を見て、話をして、この現実と直面したら、やっぱり無理だった。こんなふうに考えを変えて、本当に、情けないって思う。だから、俺の事は、どう思われてもいい。けど、俺は、クラちゃんに残酷な事を、クラちゃんが、これからの人生の中で、後悔し続けるような事をさせたくないし、ゼゴットが目の前で死ぬところも見たくない。今は、このまま、何もしないでくれ。これは俺が勝手に思って勝手にやってる事だから。クラちゃんはなんの責任も感じてなくていいから。何か、今は分からないけど、何かしらの解決方法を俺が見付けるから」
「門大。どうして、ですの? また、そうやってあなたは、一人で勝手に決めて、行動してしまうのですの? 置いていかれるわたくしは、どうすればいいのですの?」
クラリスタの目が涙で潤む。
「石元門大。止まりなさい。そのまま逃げるつもりなら、あんたを撃つ。撃って動きを止めて、ゼゴットを捕まえる。クラリスタ。石元門大から離れて」
「キャスリーカやめるカミン。ゼゴットは、さっき、もう抵抗はしないと言ったカミン。しばらく待ってみてもいいカミンよ。僕達は勝ったカミン」
キャスリーとクラリッサの声がし、二人の乗る戦闘機が、門大とクラリスタの後方に迫る。
「キャスリーカ。時間をくれ。俺がなんとかする。約束する」
「その子を殺すのが、最善の方法なのよ。他に方法なんてないの。今まで、私達だって、散々色々やったんだから」
「キャスリーカ」
悲痛な声で言ったキャスリーカの、狙撃銃を持っていない方の手を、クラリッサが両手でそっと優しく包むように握る。
「ごめん。本当にごめん」
「謝るなら止まりなさいよ。本当に撃つわよ」
キャスリーカが片手で持っていた狙撃銃を、そのまま片手で構え、銃口を門大に向ける。
「駄目ですわ。キャスリーカ。ニッケ。わたくしを門大の盾にして下さいまし」
「神龍人。クラリスタを受け取るぽにゅ」
ニッケが門大に近付き、クラリスタを門大に渡そうとする。
「ニッケ。何をしているのですの?」
「ニッケ。狙われてるのは俺だ。クラちゃんを連れて俺から離れてくれ」
「ニッケが盾になるぽにゅ。神龍人。このままどこかに逃げるにしても、クラリスタを置いて行くつもりぽにゅか? 早くクラリスタを受け取るぽにゅ」
すぐにはどうすればいいのか、判断する事ができず、門大はニッケの複眼を見つめた。
「クラリスタの気持ちも考えろぽにゅ。このバカ神龍人」
ニッケが大きな声を出す。門大は、クラリスタの目を見た。クラリスタが、門大の人の目を見て、二人の目が合った。
「ニッケ。ありがとう。クラちゃん。置いて行こうとしてごめん。俺の首に掴まって」
門大は片腕を動かすと、クラリスタの腰に回して言う。
「門大。でも、このままでは、ニッケが」
「クラリスタ。神龍人がゼゴットと二人だけでどこかに行ってしまってもいいぽにゅか?」
「そんな、そんな言い方、卑怯ですわ」
「クラリスタ。心配してくれてありがとうぽにゅ。けど、何も心配はいらないぽにゅ。ニッケ達悪魔は何があっても死なないぽにゅ。だから平気ぽにゅ。早く行くぽにゅよ」
「ニッケ。でも」
「クラちゃん。頼む。俺と一緒に来てくれ」
「門大」
クラリスタが言ってから、小さく頷き、それから、ニッケの顔を見た。
「ニッケ。ありがとうございます。くれぐれも、無理だけはしないで下さいましね」
クラリスタが言い、剣を持ったままの両手で、門大の首に抱き付く。ニッケが、門大達から離れると、門大達を庇うように、キャスリーカの構える狙撃銃の射線上に移動する。
「ニャーン。ニャニャニャニャ。ニャニャニャーン」
クロモが不意に鳴いた。
「クラリッサ。キャスリーカ。ごめん。情が移った。クロモは、この二人を撃って欲しくない。だから、このままこの二人と一緒にいる。とクロモは言ってるイヌン。ハガネは、本当は、すぐにでも、ここから離れたいイヌン。でも、ここで離れるのは気が引けるイヌンよ。だから、ハガネも、門大とクラリスタと一緒にいるイヌン」
「キャスリーカ。クラリッサ。ニッケ達に、どんな事があっても、クラリスタを守るようにと言ったのは、二人ぽにゅよ。クラリスタは、今、神龍人と一緒にいるぽにゅ。ここで、キャスリーカが撃ったらクラリスタにも弾が当たるぽにゅ。だから、神龍人を撃たせる訳にはいかないぽにゅ」
「そう。分かったわ。あんた達らしいわね。けど、ニッケ。クロモ。ハガネ。どかないなら、あんた達ごと撃って、ゼゴットを捕まえる」
ゼゴットの事を睨むように見た、キャスリーカの瞳の奥で強い意志の炎が揺らめいた。